畠山美由紀が6枚目となるアルバム
『rain falls』をリリースした。この作品はタイトルからも明らかなように、“雨”をテーマにした作品だ。瑞々しい潤いを持ちつつ、ときに愁いを帯びた表情を見せる彼女の歌声は、言われてみれば確かに、まっさらな青空よりも、少し物憂げな曇天や雨の日が似合うような気がする。そういえば、
ジェシー・ハリスをプロデューサーに迎え2007年に発表したアルバムのタイトルも
『Summer Clouds,Summer Rain』だった。取材に先駆け、そのことを本人に伝えたところ、「そういえばそうですね(笑)!」と満面の笑みが返ってきた。思慮深さと、天真爛漫さが同居している、この人柄も畠山美由紀というシンガーの大きな魅力に繋がっているのだと思う。
――雨をテーマにしたアルバムは前から作ろうと思っていたんですか?
「20代の頃から、作ってみたいなと思っていたんですよ。
スー・レイニーというシンガーに『雨の日のジャズ』というアルバムがあって、すごく素敵なジャケットで。雨をテーマにしたアルバムというアイディアはその作品から来ているんです」
――雨には昔から親しみがあったんですか?
「そうですね。子供の頃、朝起きて、屋根に雨が落ちる音が聞こえて、その雨音がすごく気持ち良くて、“あぁ、今日雨なんだな”なんて思いながら起きたりとか。あと、雨が降ってると静かだし、すごく集中できるじゃないですか」
――本読んだりとか。
「そう。雨音を聞きながら、いろいろ考え事をしたり。昔から雨は好きでしたね」
――ピーカンの晴れ渡った日より。
「むしろ、あまり晴れてるとうんざりしちゃうんです(笑)。生まれつきそういう性質みたいで。雨の日は、ホッとするというか、そんなに頑張らなくてもいいって思えるんですよね。雨の日にまつわる過ごし方とか、そういうのが好きなんです。今回のアルバムで
オフコースの〈雨降る日に〉という曲をカヴァーしていて、歌詞の中で“雨の降る日は いつでも 時はさかのぼる”という一節があるんですけど、本当にそうだよなって。雨の日になると、ふいに昔のことを思い出したり。この曲はプロデューサーの
中島ノブユキさんがお勧めしてくれたんですけど」
――今回、中島さんにプロデュースをお願いしたのは?
「出会ってから15年ぐらい経ってるし、本当に改めてって感じなんですけど、前からアルバム1枚通して中島さんにお願いしたいと思っていたんですね。彼のソロ作品がすごく好きで。すごく研ぎ澄まされていて、メランコリックで。中島さんのあの世界観と、自分が思い描いてる雨のイメージって絶対に合うだろうなと思ったんです」
――作業はどんな感じで進めていったんですか?
「“雨をテーマにしたアルバムを作りたいんです”ということを最初に話して……でも、あまりテーマについて細かく話したりはしなかったですね。感覚的に通じ合えるものがあると思っていたので。ただ、一口に“雨”といっても、いろいろあるので、そこは楽曲ごとに、その都度、考えていきました。たとえば1曲目の〈風の栞〉は、雨上がりの爽やかな雰囲気を感じさせる楽曲だし、おおはた雄一君が作詞してくれた〈光をあつめて〉は、どしゃぶりの中、傘をさしてるんだけど、あまりにも雨が激しすぎて“もう、いいや”って濡れながら歩いてる感じというか」
――こういうざっくりとした荒々しいロックって畠山さんにとっては新機軸ですよね。
「そうなんですよ。こういうアレンジのアイディアも中島さんが出してくれて」
――中島さんってアレンジに関しては、割と詰めて考えられる方なんですか?
「そうですね。ちゃんと作りこんだデモ・テープを作ってきてくれて。“弦はこういうラインにします”みたいな。かなり明確に、音をイメージさせてくれるデモなので、こちらも意見を言いやすいんですよ。歌入れに関しても、安心して臨めるし」
――今回のアルバムでは、これまで以上に歌のニュアンスを大切にしている印象を受けました。
「そうですね。力を抜きつつ、いかにニュアンスを込められるか。ここ何年かは、ずっとそれがテーマだったんですけど」
――ジェシー・ハリスをプロデューサーに迎えたアルバム『Summer Clouds,Summer Rain』での経験も大きかったんじゃないかと思うんです。あのレコーディングでは、ひたすらジェシーに「力を抜いて歌ってほしい」ってアドバイスされたんですよね。
「とにかく“囁くように歌ってほしい”って言われて。当時は、“ここまで力を抜いていいの?”って思ったんだけど、ここにきて力を抜くことの大事さがだんだん分ってきましたね。もちろん、力を入れて歌うことが悪いとは思わないんですけど、それによって伝わるものと伝わらないものがあると思うから。特に今回みたいな作品は、絶対に力を抜いて歌ったほうがいいと思ったんです。そうすることによって微妙なニュアンスも伝わるだろうし。それこそ1stアルバムに入ってる〈雨は憶えているでしょう〉を歌い直して、今回、改めてそのことに気づいたりして」
――セルフ・カヴァーすることで再認識することができたわけですね。今回、カヴァーの選曲は?
「
フランソワーズ・アルディの〈Meme Sous La Pluie〉と
カーペンターズの〈Rainy Days and Monday〉は、こういう作品を作るんだったら絶対に歌いたいと思っていたんです。」それこそ10代の頃から雨の日に聴いてきた曲だし。でも、〈Meme Sous La Pluie〉は、今回のカヴァーに入れるまで雨の歌だということを知らなかったんですよ」
――そうだったんですか。
「はい。さすがに、雨と関係ない曲を入れるのも変だなと思ったんで、歌詞の意味を調べてみたら、いきなり歌いだしが“雨に濡れても”というフレーズで。原曲のギターのフレーズが雨だれを思わせるものがあって、たぶんそういうところで雨のイメージと繋がっていたんでしょうね。直前まで意味を知らなかったっていうのが、ちょっとバカっぽいんですけど(笑)」
――そこは美しい話にしときましょう(笑)。“偶然が呼んだ必然”みたいな(笑)。
「ははは。でも、私の中では本当に雨のイメージがある曲なんですよ」
――カーペンターズの「Rainy Days and Monday」は?
「この曲も大好きなんですけど、自分が歌うんだったら、こういうアレンジにしたいなというイメージがずっとあったんです」
――冒頭でも話題に挙がったオフコースの「雨の降る日に」は中島ノブユキさんの推薦だったわけですね。
「オフコースって、それこそヒットした曲ぐらいしか知らなかったんだけど、中島さんにこの曲を勧められて聴いてみたら、どこかヨーロッパっぽい香りがして。それで、素敵だなと思って歌わせてもらいました」
――そして、これはカヴァーではないんだけど、敬愛する詩人エミリー・ディキンスンの詩「Wild Nights」に曲を付けた楽曲も収録されています。彼女の詩に曲を付けるのはPort of Notesの「If you were coming in the fall」に続いて2曲目ですね。 「エドガー・アラン・ポーとかホイットマンとか、最初は違う作家の詩に曲を付けてみようと思ったんですけど難しくて。そこでもう1回、エミリー・ディキンスンの作品を読み直していたら、この詩を見つけて。この曲は2分ぐらいで書きました。するするっとイメージが引き出されて。彼女の詩って、言葉がメロディを欲してるような感じがするんですよね」
――歌詞に関していうと、「夜と雨のワルツ」の“あなたが思うよりも人生は短く あなたが思うよりもはてしもない”というフレーズがすごく印象的で。女性に年齢の話をするのは失礼ですけど、40歳を迎えた畠山さんの人生観みたいなものが、この一節に集約されているような気がしたんです。
「震災のことも影響してるんですけど、やっぱり人生について考えることは多くなりましたよね。歌詞の最後のほうに出てくる“荒野”という言葉は、震災による津波であらゆるものが失われてしまった故郷(気仙沼)の風景でもあるし。自分もこれから年をとって死んでいくわけだけど、でもそんなに簡単に人って死ねるわけでもなくて。人生って儚く短いものだけど、その一方で、果てしないものでもあると思うんです。この世界って相反するものが、表裏一体になっていたりするじゃないですか。絶望もあれば情熱もあって。悲しみだけじゃなくて、心高ぶるものを表現したいなと思って」
――だからこそ心の深い部分に響いてくるような力強さを感じるのかもしれませんね。
「ありがとうございます。そういうものになっているといいんですけど。(10曲目の〈Daily Life〉がインタビュー・ルームに流れる)あ、この曲もすごく気に入ってるんですよ。この曲は、作詞作曲は中島ノブユキさんです。15年くらい前に
リトル・クリーチャーズの
鈴木正人くんと中島ノブユキさんと3人でこの曲のデモ・テープを作ったんですけど、歌詞も中島さんが書いていて。
石井マサユキさんと森俊二さん(ギャビー&ロペス)の演奏も素晴らしくて。この質感ってなかなか出せないと思うんです。お二人もこのテイクが気に入ってくれたみたいで、レコーディングが終った後も、森さんなんてずっとスタジオに残ってくれて。あれは嬉しかったですね」
――ミュージシャンでいうと今回は屋敷豪太さんが「風の栞」「叶えられた願い」「光をあつめて」の3曲でドラムを叩いています。 「豪太さんとは震災後にチャリティ・ソング(〈一汁三菜〉)でご一緒させていただいて、それがご縁でお願いさせていただきました。ベースの鹿島達也さんが“本当にすごいドラムって、ロールスロイスに乗っているような心地よさがある”とおっしゃってたんですけど、まさにそんな感じで。上手くいえないんだけど、自分の脈拍みたいなんですよ。誰かが叩いてるような感じがしなくて、そのスムーズ感たるや。本当に感動しました」
――できあがったアルバムを1枚通して聴いてみて、いかがですか。
「自画自賛みたいになっちゃいますけど、すごく気に入った作品が作れたかなって。こうやって雨の雰囲気にもぴったり合ってるし」
――本当に。(※取材時は、まさに雨が降っていた)
「今回は録り音とか、仕上がった音に関してもすごく満足してるんですよ。エンジニアも中島さんのソロをやってる方にお願いして、ピアノの調律なんかもお好みの感じにしていただいて。マスタリングは
U2とか
SADEをやってるイギリスのジョン・ディヴィスさんという方にお願いしたんですけど、最初に上がってきたものがトータル・トリートメントみたいな感じの仕上がりで、ちょっと印象と違ったんです」
――なめらかに整えられて返ってきたわけですね。
「そうなんです。マスタリングって本来そういうものでもあるので、決して間違いではないんですけど、“ざわめき”のようなものが消えてしまったような気がして。それを一生懸命お伝えしたら“分った”って、素晴らしいものに仕上げてくれて。そういえば、わざわざイギリスから電話をくれたんですよね?」
スタッフ 「そうなんです。“日本人のアーティストと仕事をしたのは初めてだけど、すごく感銘を受けた。ギャラが安くてもいいから次もやらせてほしい(笑)”って」
「嬉しいですよね。音のニュアンスにすごくこだわったので。今回のアルバムは自分でもすごく気に入っていて、何度も聴き直しちゃってるんですよ(笑)。“なんて、ふくよかな音なんだろう”って」
――では最後に、また年齢の話で恐縮なんですけど(笑)、シンガーとして40代をどんなふうに過ごしていきたいですか?
「以前、ギタリストの
笹子重治さんに“歌手は40代から”と言われたことがあって、その言葉をいつも覚えているんですけど、自分でも最近、なんとなくその感じが分ってきたんです。40代に突入することに対して、結構、恐怖感があったんですけど、でもなんか、以前よりも楽しいんですよね。少なくとも仕事に関しては。自分が思っていることとか考えてることを理解してくれる人が増えてきたということもあるんだけど、自分がやっていきたいこともクリアに見えてきて」
――自分がやっていきたいこと、というと。
「一言で言えば歌い続けることですよね。やっぱり音楽って人を救うし、自分も音楽によって救われるし。手で触れることができない、形のないものではあるけれど、確実に信じられるものではあるんですよね。震災後、被災地を回って歌ったことで、さらに音楽の力を信じられるようになって。歌を歌い続けることで、ひとりでも多くの人たちに音楽の力を届けられればいいなと思っています」
【配信情報】
「ハレルヤ」
NHK BS プレミアムドラマ「神様のボート」のエンディングテーマ曲 リテイクバーション
iTunes Music Store にて独占配信!
「夜と雨のワルツ」
ニュー・アルバム『rain falls』から先行配信
シングル価格(2曲 / 400円)、各曲価格は200円です。
【ツアー情報】
畠山美由紀“rain falls”TOUR
バンド: 中島ノブユキ(Piano) / 真城めぐみ(Chorus) / 藤本一馬(Guitar) / 中村 潤(Cello)
7月21日(日)東京 草月ホール
8月4日(日)山形 山形県郷土館「文翔館」議場ホール
8月18日(日)福岡 イムズホール
8月25日(日)仙台 戦災復興記念館
9月12日(木)大阪 umeda AKASO