メンバー全員が1990年生まれ。実に人懐っこくて、チャーミングなポップ・ソングを鳴らす3ピース・バンドである。淀みないグッドメロディと楽曲ごとに多面的なアレンジが施されるサウンドによって、シティポップと呼ぶには、いささか不器用な青年の何気ない日常が輝き出す。メジャー・デビュー盤となる
『アルドレアe.p.』を完成させた
nicotenに“ポップを志す理由”を訊いた。
――すごくチャーミングなポップ・ソングを鳴らすバンドだなと思いました。
宮田航輔(vo、g / 以下、宮田) 「僕もそう思います(笑)。このバンドで初めて曲を作って、音を合わせたときから、“こんなにポップでいいのかな?”って思うくらいポップだったんですよね」
岡田一成(ds / 以下、岡田) 「ライヴハウスでずっと活動してきて、ハコにもよりますけど、やっぱりゴリゴリな雰囲気を持ったバンドも結構いて。もちろん、それはそれでカッコイイんですけど、単純に自分がプレイするうえではゴリゴリしたロックは合わない感じがあって。なら、ポップな音楽を突き詰めたいと思ったんです。それはメンバーみんな共通しているところだし、nicotenはポップなバンドになるべくしてなったと思うんですよね」
広瀬成仁(b / 以下、広瀬) 「うん。この3人なら何をやってもポップになるという確信があって。4つ打ちの曲でも、パワーコードの曲でも、みんなで曲を書いて宮田くんが歌ったら、ポップになるんです。同世代でもこういうバンドはなかなかいないし、それがこのバンドのオイシイところだと思ってます」
――そのあたりは結成当初から意識的だったんですか?
宮田 「とにかく面白いことをやりたいと思って。メンバーそれぞれ前のバンドではバンマスだったんですけど、音楽的にはバラバラなことをやっていて。僕は髪の毛を垂らしてカッコいいことを歌うみたいなバンドをやっていたんですね(笑)。でも、正直、全然、性に合ってなくて。このバンドでポップな方向に振り切って、歌詞も曲によっては女の子目線の歌詞を書いたりすることがすごく面白かったんです。そのときに“自分に合うのはこっちだったんだ”って思って」
――それまでは自分がやりたい音楽性と向き合うことはなかったんですか?
宮田 「そもそも自分が何をやりたいのかよくわかってなくて。ずっと流されるようにバンドをやってきたんですよね。小さい頃から両親が車で聴いていた
大滝詠一さんや
山下達郎さん、ナイアガラ系の音楽に触れていて。それが自分のルーツになってるんですけど」
――自分のルーツであるポップ・ソングの系譜をバンドで追求しようとは思わなかったと。
宮田 「そうなんですよ。nicotenを組んでやっとルーツと向き合っている感じで」
――岡田さんと広瀬さんのルーツは?
岡田 「僕は、前のバンドではUKロックかぶれみたいなことをやっていたんですけど、もともとはブラック・ミュージックが好きで。そこから日本のポップスに興味を覚えていった感じですね」
広瀬 「小学生のときからBeing系が大好きで。中学になってバンドをやるようになって、ベースを弾き始めてから邦楽のロックとかを聴き始めたんですけど、18歳のときにあらためて
FIELD OF VIEWを聴いたときに“やっぱりこれじゃん!”と思ったんです。自分のルーツにある、言葉では表せないポップ感が蘇ってきて。そこからどうしようもなくポップな音楽がやりたくなって。だから、自分の音楽的なルーツは90年代のJ-POPなんですよね」
――1990年生まれだけど(笑)。
広瀬 「そう(笑)。90年代のJ-POPをいま聴くと一周していまどきっぽく聴こえるのも面白いなと思って」
――確かにnicotenのポップ・ソングをひも解く裏づけとして、ナイアガラとBeing系がバンド内でクロスしてると思うと、合点がいくところもありますね。それをナチュラルにやれてるところが90年代生まれの世代感であり、このバンドのチャーミングさなのかなと。
宮田 「あとは、岡田は結構音楽を深く掘ってるんですけど、僕と広瀬はもともとリスナーとしてはライトユーザーだから、そこに対するアプローチはすごく考えてますね。音楽を好んで聴かない人の耳にどう曲を残すかという」
広瀬 「そこで肝になってくるnicotenらしさって、メロディのフックだと思っていて。そこはメンバーみんなが曲を作りながら無意識に考えてるところだと思います」
――今回、リード曲に据えられてる「アルドレア‥」はインディーズ時代からあった曲を新録していて。原曲を聴くと歌詞をかなり書き直していて。アレンジもバンド感が増して、さらにプロデューサーの
川口大輔さんの手腕によって格段にスケールと奥行きが増してますね。
宮田 「そうですね。〈アルドレア‥〉はライブで毎回盛り上がる定番曲で。最初はサウンドの幅を広げたいという思いで作った曲なんです。それで原曲は打ち込みの要素が強かったんですけど、新録はもっとバンドサウンドを活かしたいと思って」
広瀬 「川口さんとのリアレンジするやり取りのなかで“この曲は、いまはライヴハウスで鳴ってるイメージだけど、曲が持ってるポテンシャル的にはホールとかもっと大きな会場で鳴るべきだ”って言ってくれたんですよ。リアレンジ作業もそこを目指していって」
――川口さんはJ-POPのフィールドでは百戦錬磨の人だから、制作をともにするのはかなり刺激的だったでしょう?
宮田 「刺激的でしたね。それこそレコーディングの最中に言うひとことでもハッとするものが結構あって。僕らがニュアンスで伝えようとしていることを全員がすぐに理解できるように言語化してくれたり」
広瀬 「作曲に関して最初にやり取りしたときに川口さんに言われて“なるほど!”と思ったことがあって。“とにかく作曲のハードルを上げなさい”と。“作った直後はよくても風呂に入って出てきてピンとこなかったら、それはいい曲ではないんだよ”って言われて」
――重みがありますね。
広瀬 「“作った曲はリリース後にどこに行くのかわからない。OLさんが電車のなかで聴くかもしれないいし、おばあちゃんが家のなかで聴くことだってあるかもしれない。そうやって、いろんな人にいろんな環境で聴かれたときにいい曲だと思われて、はじめていい曲なんだよ。だから、そういうデモをください”と。もう、その通りだなと思って」
宮田 「ホントに。ポップであればあるほど誰かの何かを担うんですよね。ある曲は夏のときに聴きたいものになるだろうし、ある曲は失恋したときに聴きたいと思うものになるだろうし。この『アルドレアe.p.』に収録した5曲はそういうことをかなり意識しました」
――この盤でnicotenがどういうバンドが十分伝わると思います。でも、このバンドにとって最高の曲はまだ生まれてないはずだとも思う。それがこのバンドの可能性であり。
宮田 「気づいちゃいましたか」
岡田 「確かにそれはあるね」
広瀬 「『アルドレアe.p.』はメジャー一発目としてすごく自信のある作品になったんですけど、確かにこれができたからこそ、こんなもんじゃないぞと思いますね。そのハードルをこれからどんどん越えていこうと思ってます」
取材・文/三宅正一(2013年7月)