バリトンサックス奏者・
吉田隆一が、“SF+フリージャズ”をコンセプトに、ピアノの
スガダイロー、トロンボーンの
後藤 篤とともに結成した変則トリオ
blacksheepの3rdアルバム『
∞ -メビウス-』がvelvetsun productsより発売された。本作はバンド史上初めて全曲をSFに捧げた作品であり、アートワークは前作に引き続き漫画家・
西島大介が担当、帯には日本が誇るSF作家・
神林長平が推薦文を寄せるという、まさにSF尽くしの一枚。なぜこんなにもSFなのか。リーダーの吉田に話を聞いた。
――『∞ -メビウス-』は初めて全曲をSFに捧げた作品ですが、これは“SF+フリージャズ”を標榜するblacksheepの音楽が、ひとつの完成形を見たと捉えてよいのでしょうか?
「もともとコンセプトとしてあったSFっていうのは、楽曲の裏側に隠すというか、音楽のバックボーンとしてSFがあるみたいな、そういう構造を意識してたんですよね。それを、2ndアルバム『
2』ではもう少し前に出してみようと。ジャケットイラストを西島大介さんにお願いしたのも、blacksheepのSF性をわかりやすく表明できると思ったからです」
「そういう『2』で掴んだ手応えを踏まえて、今回は徹底的にやろう。“音楽はSFだ!”って、私が何回言っても誰にも理解してもらえなかったことを。わかってもらえるかどうかはともかく、というよりわかってもらうための方法を考えればできるはずだと。これは、2012年に放送されたアニメ『モーレツ宇宙海賊(モーレツパイレーツ)』の影響も大きいんですよ。あのアニメの何が凄いかって、どちらかといえば取っ付きにくいハードSF的な世界観を、エンタテインメントとして成立させているところなんです。しかも、ハードSFのエッセンスを一切損なうことなく、ちゃんと前面に押し立てたまま。私はそれに本気で感動したし、心強く思いました」
――フリージャズもエンタメにできると。事実、『∞-メビウス-』はしつこいくらいにSF推しですが、だからといってSFに馴染みのない人は楽しめない音楽かというと、まったくそんなことはない。
「SFファンしか買ってくれないようなものをつくりたかったわけがないし、もちろんSF抜きに楽曲だけで完結してもらっても構いません。ただ、これは願望ですけど、このアルバムをきっかけにSFに興味を持ってくれる人がひとりでもいてくれたらいいな、とは思っていますが」
――blacksheepの音楽がSFオタクの内輪ウケに陥らないのは、メンバー3人のうち、吉田さん以外は特にSF好きではないというのがわりと肝ですよね。
「そう。たとえばダイロー君は熱心な映画ファンで、たまたま彼の好きな映画のジャンルにSFが含まれている感じ。後藤君にいたってはそもそも興味がない。これは“音楽でSFをやる”と宣言しているバンドとしては絶望的に見えるかもしれないけど、必ずしもそうではない」
――自分とは異なるSF観の持ち主の視点が加わることで、ものの見方が変わるみたいな。
「バンドをやるうえで100%同じアイデアや価値観を共有する必要はないというか、むしろそれだと発展性がないんじゃないかな。現に、今回もアートワークを担当してもらった西島さんとアルバムタイトルをどうしようかって話をしたとき、ふたりとも単なるSFオタクだから、好きなSF作品の羅列になっちゃってどうにもならないんですよ。そこへダイロー君が、ちょうど『ヱヴァンゲリオン新劇場版:Q』のDVDが発売されたころだったんだけど、そのQのイメージから“数字の9にしようぜ”って言い出した」
――『2』の次が『9』。あいだはどこいっちゃったんだ? っていう。
「大混乱をきたしました。でも、そこで私は“ちょっと待て、9だろ……わかった! じゃあ9の前の8にしよう! その8を横向きにすれば無限大のマークだろ。それで『メビウス』って読ませよう!”。一瞬のやりとりで9→8→∞って、いま考えたらそんなの絶対おかしいよ!」
――「数字の8を横にすれば無限大(∞)」って、『キン肉マン』のロジックですよ。
「そういう発想の瞬発力あるいは跳躍力っていうのは、今回のアルバム全体に横溢している気がしていて、それってたぶんSFのセンス・オブ・ワンダーだと思うんですよね。つまりいろんなアイデアを積み重ねて、最後にそれをひっくり返して、大きなヴィジョンを見せる、もしくはそれによって世界が変わってしまう。楽曲にしても、ライブで練り上げてきたものを覆したりして、結果としてあらゆる試行錯誤や偶然、思いつきがすべてよい方向に転がったと思います」
――では最後に一言。
「ん〜メビウス!」
取材・文 / 須藤 輝(2013年8月)
撮影 / 弥生