不穏な時代の空気を突き抜けてゆくポップネス。赤い月が浮かぶ禍々しい夜空から群青色の新しい朝へ聴き手を運んでゆく躍動的なグルーヴ。前作
『ファンクラブ』から2年ぶりとなるASIAN KUNG-FU GENERATIONのニュー・アルバム『ワールド ワールド ワールド』は、そうした要素が聴き手に圧倒的な解放感をもたらす会心の一枚だ。
「今回は一時、曲作りが停滞してた時期があって、今思えば、その頃、バンドの見られ方だったり、セールスだったり、そういう余計なことを考え過ぎていたんです」(喜多建介)
それに伴い、一時はプログレッシヴな作風に傾倒していたという彼らだが、バンドは一丸となって、状況の打破へ向かっていった。
「『ファンクラブ』で伝わりきらなかったもどかしさが全員にあって。あのアンサンブルはもっと面白く形に出来るし、足りなかったのはユーモアとかポップネスだったんじゃないかって。今回は最初からそれをやろうって話してたんですよ。で、一旦はプログレッシヴな方向に向かったんですけど、“もっと楽しんでやろうぜ”って仕切り直して、長い期間をかけて、音楽をやり始めた頃の気分に立ち返ることができたんです」(後藤正文)
時間をかけたレコーディングにおいて、曲を量産しながら、フラットな状態で曲と対峙した本作では、持ち前のポップ感を取り戻し、同時にプレイヤビリティの高さを感じさせる仕掛けをちりばめた作風へ。
「今回は3、4曲ずつ、大まかに3回のセッションがあったんですけど、1曲作ろうと思っても、副産物があって、そこから何曲か出来ていった感じ。今回、細かいアレンジの引き出しを、潔が担う瞬間、引っ張ってもらうことが多かったですね」(山田貴洋)
「面白いリズム・アプローチは以前からやっていたんですけど、今まで採用されなかったものが今回採用されることが多かったし、振り切れたものになっていると思います」(伊地知 潔)
そして、ポップネスを強めたバンド・サウンドは、ソングライターである後藤正文の奥底に眠っていた思いを刺激し、一歩も二歩も踏み込んだ歌詞世界を眼前に広げてゆく。不況ゆえに就職もままならなかったロスト・ジェネレーションのくすぶり続ける思いやグローバリズムに絡め取られる日常、あるいはヴァーチャル世界のコミュニケーション不全や 世界のどこかで流されている血や涙……そういったものをあぶり出しては想像力で塗り替えようという強い意志がここにはある。
「歌詞に関しては、音と付き合っていくうえで、“ここの箇所はこの母音を歌いたい”とか、そういう、どうしても逃れられない制約があって、そういう部分では、以前の作品だと感覚とか音楽的なことを優先しながら作ってきたんですけど、だんだん、言葉の重要性が増してきて。で、まぁ、その一方で思ったり、感じたものをどこまで言うのかっていう匙加減があったり、実際、前作の『ファンクラブ』はその加減を試行錯誤していたし、いかに照れずに言い切るかっていう気持ちの葛藤があったんです。僕は速度ってことをよく考えるんですけど、言葉より音楽とか感覚の方がスピードは速いと思っていて、その点に関して言えば、今回はメロディが強かったり、曲の持ってるポップさや気持ち良さが先だっていたし、セッションやみんなのアレンジが良かったこともあって、そうした要素に引き出される形で強い言葉を書くことができたと思います」(後藤)
セッション最初期に出来た皮肉混じりの「ネオテニー」から、レコーディング終盤に誕生し、言葉とバンド・サウンドが一体となった「No.9」や「惑星」、「転がる岩、君に朝が降る」へ。そうしたバンドの変化が楽曲に色濃く反映された本作は、聴き手にすらエフェクトを及ぼすことだろう。多くの場合、キャッチーさのみを表すことが多い“ポップ”の概念を、発想の転換のためのトリガーという本来的な意味へと引き戻した本作には、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのすべてが凝縮されている。
取材・文/小野田 雄(2008年2月)
【ASIAN KUNG-FU GENERATIONライヴ情報】
4月29日の東京・新木場STUDIO COASTを皮切りに、全国30ヵ所を廻るライヴ・ハウス・ツアー『ASIAN KUNG-FU GENERATION Tour 2008「ワールド ワールド ワールド」』、そして7月20日、21日、横浜アリーナにて『NANO-MUGEN FES.2008』の開催が決定。詳しくは公式サイト
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