中谷美紀・荒川良々出演の「ハウスメイト」のCMで流れている「開け放つ窓 〜piano version」。いまこの曲で注目を集めているのがシンガー・ソングライターの阿部芙蓉美(アベフユミ)だ。CMで使われたピアノ・ヴァージョンだけでなくバンド・ヴァージョンも収録された両A面シングル「開け放つ窓/なみだは乾かない」が3月5日にリリースされる彼女。美しい声の裏に潜む、孤独感のただよう情感が印象的な本作について語ってもらった。 中谷美紀と荒川良々が夫婦を演じる「ハウスメイト」のテレビCMで流れてくる歌声と言えば、“ああ、あの!”と思いあたる人も多いだろう。ほんのり幸せで、ちょっぴり儚げな映像に合わせて“あなたのやさしさを守るから/連れ出して”……とアンニュイに歌いかけるウィスパー・ヴォイスの持ち主、それが阿部芙蓉美だ。彼女は北海道出身、25歳のシンガー・ソングライター。言葉を喋りだした幼い頃から、歌うことが好きな女の子だったという。
「住んでいたところが田舎で娯楽がカラオケしかなかったので(笑)、ヒマさえあれば行ってました。ただ歌は確かに好きだったんですけど、うまく歌えないなという意識があって。たぶん声の出し方が独特で、バランスの取り方が未開発だったんだと思います。気張って歌ってもヘンな声になっちゃうし、これじゃおもしろくないって、ずっと思ってました」
そんなジレンマを抱いていた彼女が本格的に音楽活動を始めたのは高校卒業後。上京して音楽の専門学校に入学し、現在のプロデューサーである谷本新と出会ってからだ。
「谷本さんは最初に私の声をほめてくれた人。もう単純にうれしくて、コードもよくわからないまま、手探りで曲を作り始めました」
話しているときの彼女は、よく考え、ゆっくりと言葉を手繰る。おっとりしているようで、こうと決めたら揺らがないだろうと思わせる芯の強さも垣間見せる。彼女の落ち着いた佇まいを、そっけない、と感じる人もいるかもしれない。しかし、そのそっけなさをやさしくて心地いいと感じる人もいるだろう。その印象はどこか彼女の歌とリンクする。
「子供の頃、母親に勧められて読んだ吉本ばななさんの『TSUGUMI』の世界観に憧れました。何気ない言葉にいろんな意味が込められていたから。私は歌も小説も、感情がドバーッと流れ出すような表現がけっこう苦手で。そこからちょっと視点をずらして、その根本に何があるかということに興味がある。それが曲の作り方にも影響してるのかな」
私が思うには、彼女の新曲「開け放つ窓/なみだは乾かない」は、女性のさりげない心象風景が描かれたダブルA面シングル。「開け放つ窓」は、ヒロインが何もない部屋でひとり、ぽっかりとした孤独を抱えて風を待っている(シングルには「ハウスメイト」のCMで流れたピアノ・ヴァージョンのほか、バンド・ヴァージョンも収録)。続くロッカ・バラード「なみだは乾かない」では夜の散歩に出かけたヒロインが、なみだは乾かないまま“それでいいんだとおもうよ”と呟く。彼女の歌の中では主人公は立ち止まったまま、まわりの景色が動き、ゆっくりと時間が流れていく。共通しているのは“みんなひとりぼっち(でも、それも悪くない)”という感覚だ。
「自分でも、その時々によって曲の意味合いが変わるんです。いい意味であやふやというか、数年後に聴くと、また新しい発見があったりする。聴く人にとって、“ここに置いておくけど、食べても食べなくてもどっちでもいいよ”っていうお菓子みたいな感じも悪くないかなぁ。さらに聴く人の環境や、そのときの人間関係によって違う世界が広がっていく、そんな音楽を作れたらすてきだなと思うんです」
取材・文/廿楽玲子(2008年2月)