CAPSULE
“CAPS LOCK”
Perfumeや
きゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースで
中田ヤスタカを知った人は、“
CAPSULE”というクレジットが中田の名前の後に付いていることに気づくことだろう。そう、中田が高校時代にヴォーカルのこしじまとしこと結成したCAPSULEは、彼にとって自由な創造の場であり、つねに立ち返るべきホームグラウンドであり続けてきた。そして、ワーナーに移籍し、ユニット名が大文字表記となった彼らの14作目
『CAPS LOCK』は、これまでになくシンプルかつストイックなサウンドが印象的だ。ダンス・ミュージック色は大きく後退し、ヴィンテージな質感のインドアな世界が展開されており、作風の変化に驚いたリスナーも少なくないだろう。この変化の背景に中田の音楽シーンへのさまざまな提起や提案が含まれていることが、インタビューからはダイレクトに伝わってくるはずだ。
――CAPSULEはこれまで、1年にほぼ1枚のペースでアルバムをリリースしてきましたが、今回は1年半のインターバルがありました。これはなぜでしょう?
「いろいろな事情でCAPSULE以外の制作を優先しないといけないことが多くて。これまではCAPSULEの曲はその合間に作っていたんです。たとえば、プロデュースしているアーティストの次のシングルを何日までにあげなきゃいけないってなったら、いったんCAPSULEの作業をやめて、時間ができてから再開していた。でも、今回はCAPSULEの曲しか作らない期間を作って、集中してアルバムを作ることにしたんです。で、そのタイミングを見計らっていたら、少し間が空いてしまった。結局、約1ヵ月弱で集中して作りましたね」
――本作の前に、『ONE PIECE FILM Z』『スター・トレック イントゥ・ダークネス』と、映画のために楽曲を書いてますが、どちらもCAPSULEではなくソロ名義でした。
「CAPSULEでは何の前提もない曲だけでアルバムを作りたかったから、あえてそうしたんですよね」
――前提というのは、映画のためとかタイアップありきとか、そういう作曲上の条件付けのことですか?
「そうです。映画なら映画のテーマやコンセプトがあって、それに沿って作ることになりますから。なにかのための音楽というか、そういう作り方をした曲は一切入れずに、完全にゼロのところから作りたかった。それってアマチュアの時の感覚と一緒なんですけど」
――前提と言えば、ライヴでやることを前提としていないようなアルバムですよね。
「そもそも、僕が理想とするミュージシャンの活動って音楽を作るところまでなんで」
――極端な話、作品を作ったあとは人前でパフォーマンスをしなくてもいい?
「そうですね。そこは映画とか漫画とか小説を作ってる人と近いと思うんです。映画監督や小説家って発売日になったらキャンペーンで舞台挨拶とかサイン会やることもありますけど、朗読する小説家さんはいませんよね。僕は漫画家さんとすごい感覚が似ていて、話が合うんですよ。漫画って、作者じゃなくて作品が主役であって、主人公も作品の中にいる。僕もそういう気持ちで音楽を作っているんです。だから歌詞も書きやすいんですよね。作品に出てくる主人公の言葉を考える脚本家の気持ちで書いているから。シンガー・ソングライターの友だちが作詞で悩んでいるのを見ると、自分の言葉で表現しなきゃいけないから大変だなって思います」
――作品を必ずしもみんなで集まって聴く必要はないと思いますか?
「そうですね。ほとんどの人が家にひとつはスピーカーがあって、音楽ってすごくパーソナルなものになったはずじゃないですか。それなのに、みんなで聴くための音楽のほうが多数派な気がします」
――今はフェスでウケる音楽が支持される傾向はありますよね。
「音楽ファンってたくさんいると思うんですけど、ひとりで音楽を聴くための時間をわざわざ作って、ほかのことは何もしないでじっくり作品に向き合う人は少なくなってきていると思うんです。そっち向きのアルバムがあってもいいんじゃないかなと思ったんですよね。僕もステージがあってお客さんが盛り上がるっていうシチュエーションに向いた曲をCAPSULEでもいっぱい作ってきたけど、いったん忘れてもいいんじゃないかなって」
――たしかにこれまでに比べてインドアな印象を受けました。
「パーソナルな環境で聴くのがしっくりくる音楽だと思いますね。大きい画面といい音響があるから映画館が好きなんですけど、他人と行かなくても楽しめるじゃないですか。このアルバムも周りに人がいないと始まらないっていうジャンルではないと思うんですよ。アリーナクラスじゃないとライヴをやっても格好つかない音楽もあると思うんですけど、今回のアルバムはそうじゃない」
――ダンス・ミュージックとしての機能性は後退していますよね?
「今までのようにダンス・ミュージックのフォーマットに近いほうがある意味、安心して聴きやすいとは思いますよね。どう盛り上がればいいか想像つくし、たくさん人が集まる場所でかけるのにも向いているから。でも、今回のアルバムってどのタイミングでどう反応すればいいかわかりづらいと思うし、楽しみ方は各々違うと思います」
――でも、クラブ・ミュージックの黎明期ってもっと各々がバラバラに盛り上がるようなところがありましたよね。
「もともとそうですよね。でも、今は同じところでみんなが一気に盛り上がるような構造になっている。オーディエンスに統一感を求める傾向がエスカレートしてきて、それが頂点にきてる気がします。昔はもっとみんな自由に動いていたし、スピーカーに背を向けて踊っている人もたくさんいた。みんながDJの方向を一斉に向いてはいなかったと思うんです」
――そういう風潮と『CAPS LOCK』の方向性は対照的かもしれないですね。
「聴いた時に身体が反応するのとは違う種類の音楽がもっとあってもいいと思うし、そういうものを作ることも楽しいですね」
――リスナーに対する提案ですね。今のシーンの状況を把握した上で、それを相対化できたらいいなということを考えていたのでしょうか?
「それはいつもあります。自分の音楽って絶対的にこれなんだっていう考えは、全然なくて。世の中があって、自分が面白く、楽しくやれるバランスをつねに探している。で、世の中は変わるんで結果的に自分が作りたい曲も変わるんです」
――YouTubeで次々にMVを観て、即座に好き / 嫌いを判断していくような聴き方が増えてきていると思うんですけど、それだと30秒とか1分の間にフックがないとウケにくいじゃないですか。でも今作は、「DELETE」みたいに2分すぎてからメロディが動き出したり、「ESC」みたいにドローンが続いたり、明らかに今のポップ・ミュージックの趨勢とは違うベクトル上にありますよね。
「ネット上の音源だと、シーク(再生箇所を指定)できちゃうっていうのがありますからね。しかも、SoundCloudだったら波形も見えちゃうんで。DJでかける曲は波形を見ながら聴くと便利なんですけど、普通のリスナーからしたら、波形が見えたりシークできると逆に驚きと感動を失うと思うんですよ。アクション映画を観ていて、常に“爆発まであと何秒”って表示されてるようなものですから(笑)。『CAPS LOCK』はそういう聴き方ではわからない、つまり曲内の時間経過を感じてこそわかる仕掛けをしていますよ。やっぱり、音楽って次どうなるかわからないからワクワクするし、楽しいのであって」
――CAPSULEは作っている本人が前に出るタイプの音楽じゃないですよね。そこは、きゃりーぱみゅぱみゅと対照的だなと思いました。CAPSULEが歌番組に出るところとか、まったく想像がつかない。
「きゃりーは、キャラがあって総合的に表現が成り立っていると思うんですよ。でも、不思議なもので、きゃりーもCAPSULEもアーティストって言われるけど、やっていることは全然違うと思いませんか(笑)? 今、アーティストっていったらステージ上でパフォーマンスをする人というのが一般的な使われ方だと思うんですけど、それで言うと僕はアーティストじゃなくてミュージシャンだと思います」
――ここで言うアーティストとミュージシャンの最大の違いとは?
「あくまで僕の個人的な考えですけど、音楽を使って何かをするのがアーティストで、音楽そのものをやるのがミュージシャン、ですかね。音楽を作品の一部だと思っているか、音楽自体を作品だと思っているかの違いとも言えると思います。僕は音楽自体が作品だと思っているので。でも、そういう意味でのミュージシャンって今、少ないと思いますね。どうしても、自分が表に立つために活動している人が目立ってきがちだけど、僕はちょっと違う。でも、表現はしたいんです」
――プロデュースする立場の場合はまた意識が違いますか?
「そうですね。アーティスト本人たちが作品で、あくまで音楽はその一部だと思っています。活動のサントラを作っているのに近い感覚とでも言いますか」
――CAPSULEは中田さんがその時々で興味のあることをやるユニットだと思うんですけど、逆にこれがなくなったらCAPSULEじゃなくなるっていう一線はあるんですか?
「僕がアレンジをしなくなったら、ですかね。歌詞とメロディだけ考えて、あとはアレンジャーにお願いしますとなったらたぶんCAPSULEじゃなくなります。とくに今回のアルバムって、作曲家とアレンジャーが別の人だったら作れないと思う。僕自身、そういう、ヴォーカルとカラオケを分けて聴けないタイプの音楽が好きなんですよ」
――Perfumeもきゃりーぱみゅぱみゅも作詞・作曲からアレンジまでされてますよね。
「逆に、もし自分が歌詞とメロディだけ書いてアレンジを誰かに任せたらどうなるかな? って思う。たぶん、アレンジを違う人がやっただけで“あれ、中田ヤスタカってこういうサウンドにいったの?”って言う人がたくさんいると思うんですよ(笑)。結局、サウンドを決めてるのってアレンジだと思うんですよね」
――メロディの印象もアレンジによって変わってきますよね。
「音楽ってアンサンブルだから、ア・カペラ前提じゃないメロディはアレンジによって全然聴こえ方が違いますね。で、そういう話が音楽を聴いている人の中でもっと出てきたらいいなって思います。“街で聴いた時は気づかなかったけど、家のスピーカーで聴いたらあの曲のベース・ラインやばかった!”とかいう種類の」
――中田さんが音楽を作る悦びを知っているからこそ、なおさらそう思うんでしょうね。
「音楽を作りたいと思う人が増えればいいなと思っているんですよ。『CAPS LOCK』はシンプルに“聴く”ためのアルバムなので、今作を聴いて自分もやりたいと思う人が増えてくれればいいなと。今、音楽をやるとなったら“歌う”か“踊る”がいちばんわかりやすいし、目指しやすいと思うんですよ。でも、もっといろいろなタイプのアーティスト活動に触れる機会があっていいと思うし“こういうのもアリなんだ”って、いろんな道があることを知ってほしいですね」