ニュー・アルバム
『トゥー・ハーツ、ワン・ラヴ』に収録された全12曲中、7曲までが新旧の日本のポップ・ソングのカヴァー。いずれもが日本語で歌われている。韓国出身の“ポペラ”(ポップ・オペラの略)、クラシカル・クロスオーヴァーの担い手として、2014年には日本デビュー10周年を迎える、そうした“節目”にふさわしい趣向と言えそうだが、それ以上に耳を捉えるのが、以前にもまして柔らかくこなれた印象のある日本語歌唱のほう。
小林明子の「恋におちて」に始まり、
松田聖子「瑠璃色の地球」、そして
坂本九の「見上げてごらん夜の星を」。発音の正確さもさることながら、どの曲も繊細な情感を込めて歌われているのが、日本の聴き手としてもうれしいところだ。
「ラヴ・ソングの表現ひとつ取っても、韓国と日本とではだいぶ違うんです。韓国の場合、ひとたび好きになるとすべてを賭ける。ドラマチックなんです。当然歌い手も歌い上げる傾向が強いですよね」
――でもヒョンジュさんの日本語歌唱は、きめこまかいですよ。 「韓国でも僕の歌は、伝統からははずれてますよ。歌い上げるどころか、抑制を効かせて歌うほうですから。日本には“節制美”がありますから、僕の歌い方が合っている面はあるかもしれない。逆にうかがいたいんですが、今回どの歌が気に入りましたか?」
「竹内まりやさんの発音が大好きなんです。体の内側で日本語が“共鳴”しているような、そんな柔らかさを感じます。対照的なのが、以前〈春よ、来い〉をカヴァーしたことのある
松任谷由実さん。突き刺さってくるような力を感じます」
――耳がいいんですね。「天使のため息」では、どんな情景を念頭に置いて歌われましたか?
「歌の主人公がキューピッドなんですよね。愛の天使。でも何を間違えたのか、矢を当てた男女が別れてしまった(笑)。そんな設定を意識して、かわいらしい感じで、甘くソフトに歌ってみました」
――“I'm just a woman”という英語の一節が登場する、「恋におちて」の場合は……。
「最初に聴いたのが
徳永英明さんのヴァージョンだったこともあって、ことさら女性的な歌だとは思わなかったんです。今の世の中って、男性性と女性性の境目が、けっこう曖昧になってますよね。恋愛している最中だったらよけいにそうだと思う。“I'm just a woman”というフレーズも、男女のデュエットを一人でこなしているような感覚で歌っているんですよ」
――それにしても、どの曲も発音がすごくきれい。しかもなめらかなのに驚かされます。
「今までも日本語の歌をカヴァーしてきましたけど、アルバム1枚につき1、2曲。大半が日本語の歌というのは、今回が初めてだったんです。従来の倍は努力したんじゃないかな。日本語で“歌う”ということ自体、話すのとも違いますから。会話は瞬間的に流れて行くものだけど、歌の場合、小さい“っ”だったり、思わぬ音が気になるものなんですよね。日本の歌手の方を聴く時にも、気になる音がありますよ。(〈春よ、来い〉に出てくる)“沈丁花”の“ん”の音とか、あと今回カヴァーしている〈見上げてごらん夜の星を〉の“ごらん”の“ん”とか。きれいに鼻に抜けてますよね」
――鼻濁音の聴き分けもできるんですか! 日本人でも使い分けられない場合があるのに(笑)。びっくりです。
「子どもの頃から声楽をやってきて、韓国語以外にも日本語だったりイタリア語だったり、いろんな言語に接してきた影響があるのかもしれないです」
――こうしてお話をうかがっていても、ハングル(韓国語)の響きが音として美しい。自分でも勉強してみたくなりました。
「それ、今まで言われた中で一番うれしいほめ言葉です(笑)。実際、韓国の人からも、“あなたの発音はクリアーなだけじゃなく、なめらかさがある”と言われることがよくあるんです。音律に乗っているようだって」
――そんなヒョンジュさんが“きれいだな”と思う日本語と韓国語があったら、教えてほしいんですが。
「さっきの話ともつながりますけど、“ありがとうございます”の“が”が、きれいに鼻に抜けているところ。あとは、そうだなあ……“レシート”とか(爆笑)」
――それは初めて聞く意見かもしれない(笑)。韓国語では?
「やっぱり“サラン”(愛)ですね。歌う時には“ラ”を少し巻き舌にして、イタリア語のように響かせるよう意識しているんですよ」