渋さ知らズを観に行くと、大集団の中にとにかく音がデカくて、ヘンテコなのに妙に耳に残る、美しいソロを奏でるサックスがいる。その音の主は、渋さ知らズの屋台骨とでも呼ぶべきアルト・サックス奏者、
立花秀輝。自身のリーダー・バンドである
AAS(アァス)が結成15周年の節目を迎えて、そのマイル・ストーンとなるべき新作
『SONG 4 BEASTS(ソング・フォー・ビースト)』をリリースした。アヴァンギャルドの極みと呼ぶべき音をちりばめたかと思えば、花がほころぶ瞬間を写しとったような、美しくもせつない旋律のフレーズを展開させる。ライヴでは時に靴を飛ばし、前のめりに倒れこむほどの熱演をみせ、アルト・サックスひとつでどんな音が出せるか?と挑戦し続ける立花に話を訊いた。
Photo By 山下恭弘
――アルバム・リリース、おめでとうございます。まず1曲目に収録された「AAS funfzehn(アァス・フュンフツェーン)」ですが、冒頭のおよそ2分ほど完全な無伴奏であの“音”を持ってくることはとても強烈だな、と感じました。
「そうですね、ほかの曲との兼ね合いを考えると一曲目に持ってくるしかなかったし、実は最初のソロは別で録った音源を使っています。ライヴでの録音に納得がいかなくて、違う日に録ったもののほうがよかった。若干音質が違うんですけど、ミキシングで調整して……科学の力で(笑)。音質の問題で、中盤に置くよりも最初に違和感がある素材があってもいいのかなという理由ですね。あとは今も練習中の高音を鳴らしながら低音で音階をやる奏法、これではったりをきかせたいというか、“どうじゃこれ!”と打ち出したかった」
――あの奏法はポピュラーな手法なんですか?
「アルト・サックスの特殊な奏法としてもあまり聞かないし、普通の吹き方ではないです。痛いし……下唇をかなり強く噛むので、すごく……痛い……です。色々やってるうちに(音が)出てしまって、ならば練習せねば、と。誰かの音を聴いてやってみようとした奏法ではないですね」
――このAAS、渋さ知らズ、SXQ、スガダイローさんをはじめとする方々とのセッションが立花さんの主な活動ですね。AASは4人中3人が渋さのレギュラー・メンバーですが、具体的な違いはありますか? 「僕らの個性を出すってことでは、バンドによって具体的に違うってことはないですけど、違うといえば、僕のオリジナル曲を多く演奏してもらうということです。ベースメントになる曲が違うので、同じようなソロをしても感じ方が変わるんじゃないか、と。AASは同じメンバーで、定期的に活動をするというのがコンセプトなので、この15年の積み重ねというか、お互いの歯車がかみ合うとすごいことが起こりますよ。これはちょっとの回数で生まれるものではないです。
山口コーイチ(pf)は、AASがきっかけで渋さ知らズに参加した形ですね。ドラマーについてはオリジナル・メンバーだった
安藤正則(ds)が脱退してしばらくはトリオでやっていたんですが、ちょうどその時期に渋さ知らズに参加しだした
磯部 潤(ds)と知り合ったのが縁です。
カイドーユタカ(cb)は、出会ったころは普通のジャズしかやらない人だと思ってたんだけど、一緒にやるうちに本性表したのかな? 変なことやりはじめてなんか面白いぞと、じわじわ分かってきました。全員がそれぞれのピークに達したときのエネルギー、そういうライヴを味わっちゃうと、メンバーを変えるなんてことはダメだ、と信じられます。今のメンバーが揃ってからは、実験的なバンドとして死ぬまでの間に良いシーンを何回作れるかってことでやっています」
――まさにその結晶といえるアルバムですね。
「渋さ知らズの曲についてはリズムとメロディがシンプルだけど、集まる人々によっていろんなことができる、素材が良いからどんな味付けも出来て、色んな料理に仕上げられるというのが
不破(大輔)さんの作曲の魅力なのかなと。ああいう曲を作りたいとは思うんだけど、自分はどうしてもどこかにひねりをいれちゃったり、苦手な指使いの練習を曲に入れたりするので、譜面を持って行って練習なしでやれるような曲は、今回のアルバムにはあんまり入ってません。そういう意味でも15年も一緒にやってる人たちだからできたアルバムなんだと思います」
AAS
『SONG 4 BEASTS』
――どんなきっかけでアルト・サックスを手に取られたんでしょうか?
「楽器自体は小・中学校で兄貴の影響で吹奏楽、トランペットをやっていました。その後高校の時、コマーシャルで流れるサックスの音がかっこいいな、と思ったのがきっかけですね。テナー・サックスを始めたかったんですが、金銭的な都合でアルトを選びました。最初は独学でしたが、その後、
池田 篤さんに基礎を習って、短大へ進学して
雲井雅人さんにクラシックを学びました。クラシックは基本アルトなんです。音とかピッチとかいろんな要素でいちばん安定してるサックスなんですね。その安定が逆に難しさでもあるんですが、それ以来ずっとアルトで通してます」
――いわゆる特殊奏法をされるとき、奇をてらった、壊れた音を出すことが目的なのではなく、美意識があるというか、きれいな音であることが重要なんだろうなと感じますがいかがでしょうか?
「汚い音やひしゃげた音であっても、結果としてきれいな音にならなければ嫌ですね。かかとをベルに突っ込むとか、息を吸い込んだり、ネックをとって演奏したり、ベルに顔突っ込んだり、まるで芸人みたいだって言われることもあるけど、それで出る音ってのもやっぱりあって。だったらやるしかないだろう、と。美しい旋律に凶暴な音が潜んでいたら、メイン・ストリーム・ジャズでは使い勝手がないような音であっても、表現の幅は広がっていく。いろんな音を出せるとアクセントがつけられるっていうのが、一番大きいのかな。アルト・サックス一本で色んな音が出るっていう可能性を広げていきたいのと、どこまで出来るかってのは僕の挑戦でもあります。まぁ、ライヴに行くのにソプラノ・サックスを持っていくのがめんどくさいと言うこともありますけど(笑)」
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――即興演奏やフリー・ジャズに興味を持たれたきっかけは?
「最初は4ビートジャズがやりたかったけど大学にはジャズ研もなくて、『チャーリー・パーカー オムニブック』でなんとなく練習だけしていた感じです。卒業してから知り合った
江藤良人や佐藤 帆、あいつらが“フリーって面白いぜ”って教えてくれて。
ジョン・コルトレーンの
『アセンション』を買ってみてもよくわかんなくてねえ。仲間がすすめるからにはなんか魅力があるのかなとひたすら聴きまくっていたら、だんだん“なるほどなあ”とわかってきて、こういうのも良いな、と。気がついたらドップリはまってました。でも実は(僕は)完全にフリーのアルバムは作ってないんですよ。不破さんとのアルバム
『○』も、録音するときに最後の5分で失敗したら悲しいので、お互いの曲を山場、盛り上がりとして、全体の流れを最初に考えて作ってます。だからコンセプトのあるフリーですね。不破さんも僕もフリーってなんだろうって思ったときに、“なにやってもいいんだから、曲やってもいいんだよね?”っていう考えもあって。ライヴではたとえるなら楽器で会話をしているんですけど、ノイズだったり曲だったり、色んな言語で会話してます。リリースした作品はワン・チャプターで不親切な作りではあるんですが、終わりとはじまりがうまくつながるような遊びで、タイトルもそこからですね。ぜひリピート機能をオンにしてください(笑)。普段ライヴでやってることをCDにしたのでチャプターを切ることをしなかったのですが、1日のうち4〜50分くらい、ゆっくり音楽を聴く時間があってもいいんじゃない?っていう提案でもあります……普通に考えると面倒で嫌かも、ですよねえ(笑)。あれ? 他のアルバムの宣伝になっちゃったな(笑)」
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