【フュージョン】 「Dance With Me」from『Finger Paintings』Earl Klugh 熊谷 「フュージョンのベースはいろいろいますが、たったワン・フレーズだけがカッコいい曲を。ルイス・ジョンソン、かのブラザース・ジョンソンの片割れですが、アール・クルーが取り上げたオーリアンズの〈ダンス・ウィズ・ミー〉のサビの後半の一小節での彼のスラッピング(チョッパー)のプレイ。このおかげで曲がピシッと締まってるんです。ルイスは“スラッピングは俺が元祖だ”って言ってるみたいです、一般的にはラリー・グラハムが始めたって言われてますが(笑)」
■ドラムスがイカす曲
【AOR】 「On The Boulevard」from『Mecca For Moderns』The Manhattan Transfer 中田 「ドラムスはやはりスティーヴ・ガッドですね。ジェイ・グレイドンがプロデュースしたこのマンハッタン・トランスファーの『Mecca For Moderns』と、アル・ジャロウの81年の『Breakin' Away』に入っているトラックの何曲かはガッドのベスト演奏じゃないかと思います。AORっぽいということでいえばスティーリー・ダン『Aja』でのソロ・プレイもあるんですけど、今回持ってきたこの〈On The Boulevard〉の締まる感じを聴いていただきたいですね。やっぱりAORは“キメ”だというのがわかります。スネアの音とかノリの良さも完璧だなと。これはライナーノーツにも書いたんですけれど、アル・ジャロウのアルバムでチック・コリアの〈スペイン〉を取り上げたとき、最初のメンバーがチック・コリア本人、スタンリー・クラークのベースに、スティーヴ・ガッドのドラムで録ったのが、どうもジェイ・グレイドンは気に入らなかったらしく、チック・コリアとスタンリー・クラークをクビにして、別のメンバーで録ったそうなんです。そんなことができるのはジェイならではなんでしょうが、それでもガッドは残したということで。緻密に構築するAORならではなんでしょうけど、フュージョンも確かにスタジオ・ミュージシャンで凄腕の人がいいアルバムを作るというところは接点があるんですけど、ライヴにおける違いというのはありますね。AORではレコーディング・メンバーがそのままライヴに参加というのはなかなか難しいですから」
【フュージョン】 「Tell Me A Bedtime Story」from『Sounds…and Stuff Like That!!』Quincy Jones 熊谷 「これは発想とレコーディングの手法の勝利というタイプで、クインシー・ジョーンズのアルバムに収められた、ハービー・ハンコックの曲なんですが、この曲の凄さというのがあまり語られてないんです。実は、クインシーがまずハービーにピアノのアドリブ・ソロを延々弾かせて、それを全部譜面に書き起こさせて、それをストリングスが弾いてハービーのソロに重ねてるんです(笑)。聴いていると、最初ハービーのソロが出て来て、そこにストリングスが同じフレーズで被さってきて最後はハービーのソロが消えてストリングスだけになる。ところがそのフレーズはハービーのソロのフレーズ。何が凄いといってハービーの手癖とかもあるフレーズを、おそらく何十枚にもなるであろう譜面にしたのも凄いし、それを完璧に弾いたストリングスも凄い!で、それをやらせたクインシーも凄い。今ならプログラミングなんでしょうけど、それを人海戦術でやらせたんですから。恐ろしい世界です」
【フュージョン】 「I Knew His Father」from『Rise In The Road』Yellowjackets 熊谷 「大ベテランのイエロージャケッツですが、ベースのジミー・ハスリップがちょっと休業ということで、その代わりに入ったのが、ジャコ・パストリアスの息子のフェリックス・パストリアス。彼が参加した最新のアルバム『Rise In The Road』の中で、サックス・プレイヤーのボブ・ミンツァーの曲で「I Knew His Father」というのがあるんです。ボブはジャコ・パストリアス・バンドのメンバーだったわけで、そこでこの題名の曲なんで、私、グッときてしまいました。曲調もいかにもあの頃のジャコ・バンドの音です。で、フェリックス・パストリアスは……これからの人です(笑)。これから育成される、ということで」
■イカす新人の曲
【AOR】 「BMPD」from『Clean Up The Business』Smooth Reunion 中田 「Smooth Reunion という、AORのニューストリームということでも取り上げたスウェーデンの20代の2人組なんですが、これがスティーリー・ダンそっくりで。もちろんセンスがいいのと、難しいスティーリー・ダンではなく、前中期のシンプルな音数でもドナルド・フェイゲンっぽさが出るというアノ感じです。ヴォーカルの声にも特徴があって、私の中ではおススメの新人です。スティーリー・ダンもまたツアーをやるようで、TOTOに入ったキース・カーロックが日本公演の後、参加するそうです」
【フュージョン】 「We Go On」from『KIN』Pat Metheny Unity Group 熊谷 「これから注目を集めるだろうというのが、ジュリオ・カルマッシという人で、パット・メセニーのユニティ・グループに参加しているマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーです。どの楽器も上手くて、このアルバムの音だけを聴いていると、本人がどれをやっているかわからない部分もあるんですけど、去年、ウィル・リーとも来日していて、ウィルが彼を見つけてパットに紹介して入ったそうなんです。この人のことが気になった人はYouTubeで“First Circle”を検索してください。パット・メセニー・グループの同曲を独りで全部演ってる映像が上がってます。クイーンの〈ボヘミアン・ラプソディ〉も歌から楽器すべて演ってますよ」
■AORとフュージョンの関連性を示す曲
【AOR】 「Eggplant」from『The Art Of Tea』Michael Franks 中田 「1980年代初頭にアメリカでもAOR的な音が評価されていて、リー・リトナーが『リット』(81年)を出して、82年にはハービー・ハンコックがジェイ・グレイドンをプロデューサーに迎えて自分で歌ってしまった『ライト・ミー・アップ』を出していて、その辺りでも良いとは思いますが、AORとフュージョンの関連性を語るならこの曲でいいんじゃないかなというのがマイケル・フランクスの〈Eggplant〉。彼にインタビューさせていただいたときに聞いた話で、最初ワーナー・ブラザース / リプリーズのオーディションがあった時、デモテープを作るお金がなかったので、直接アル・シュミットやトミー・リピューマらの前でギター1本で弾き語りをしたそうなんです。そこで合格をもらってレコーディングという際に、リピューマから“どんなミュージシャンと演りたいんだ?”と聞かれたので、“L.A.エクスプレスの誰々、クルセイダーズの誰々が好きで……”と話したら、その1、2時間後に“ブッキングしたから”という連絡が入ったそうなんです。ラリー・カールトンやジョー・サンプルなど凄いメンバーが入っています。マイケル・フランクスは日本だとAORの範疇で語られますけど、アメリカでは間違いなくジャズのアーティストという捉えられ方をしてます。途中のジョー・サンプルのソロとかフュージョンって感じで、これが僕にとってのAORとフュージョンの関連性を語る曲になってます」
【フュージョン】 「We Are All Alone」from『Heads』Bob James 熊谷 「AORのカヴァーをフュージョンでもいろんな人がやってまして、その中で面白いのを一曲。キーボード・プレイヤーのボブ・ジェームスがボズ・スキャッグスの大名曲〈We Are All Alone〉を明るくカヴァーしていて。普通はコッテコテな壮大なラヴ・バラードに仕上げそうなイメージなんですが、ここではアップ・テンポなダンサブルなアレンジで、しかもテーマを弾いてるピアノはリチャード・ティーなんです。彼のピアノをフィーチュアするためにこういう風にしたんじゃないかと思うくらいのアレンジです。これもインストならではの面白さかなと」