若きボブ・ディランを描いた映画『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』が公開中と言うタイミングで、キャット・パワーがディランの名曲に新たな命を吹き込んだ特別な一夜のレポートが到着しています。
[ライヴ・レポート] ※アーティストの意向により、ライブ写真はございません。ご了承ください。
若きボブ・ディランを描いた映画『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』が公開中という絶好のタイミングで、23年に2枚組アルバム『Cat Power Sings Dylan: The 1966 Royal Albert Hall Concert』を発表したキャット・パワーの来日公演が実現した。
白熱電球風なフワリとしたライトが灯り、ギターとハープのメンバーをバックにした前半のアコースティック・セットが「She Belongs To Me」で緩やかにスタートする。ウィスパー系とも言える歌声とギターが美しく響き、かなりナーバスな様子ながらも会場の空気をまとめ上げていく。意外だったのは、アルバムではほぼストレートに歌われていたのが、やはり2年以上にわたり歌ってくると、膨らませたり強調したり抑揚を変えたりと豊かに変化し、極めてスリリングだ。曲の歴史や物語、彼女の込めた思いが、パンドラの箱を開けていくように会場の宙空に飛び交う。
観客の拍手も熱かった「Visions Of Johanna」は会心のできだったのだろう、“アリガトウゴザイマス”とひと言。続く「It’s All Over Now, Baby Blue」ではヘヴィなハープを伴いハードに迫るのにちょっと驚かされたが、続いて歌われた「廃墟の街(Desolation Row)」は圧巻だった。シンデレラ、ケインとアベル、アインシュタイン、オペラ座の怪人等々が見つめる廃墟の街の光景は、今のアメリカの姿のようでもあり、60年代前半にグリニッチ・ヴィレッジで悩んだり彷徨うディランの姿が幾重にも浮かび、会場に集まった筋金入りのディラン・ファンと彼女の思いがみごとに混ざり合った。むき出しになった感情を癒やすように「女の如く(Just Like A Woman)」、そして人気曲「Mr. Tambourine Man」が、節回しにアレンジを加えた形で歌われアコースティック・セットが終了。
ここでドラムス、ベース、ギター、ハモンド・オルガンが加わった6人組バンドとなりエレクトリック・セットが「Tell Me, Momma」でスタートする。ステージ全般にもライティングが当たり一気に盛り上がるなか、うねるアンサンブルをバックに力強さを押し出したヴォーカルが、ディラン自身の当時の決意も乗り移ったかのように響き渡る。次の「I Don’t Believe You」は、映画『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』のシーンを思い出させる部分もあったりキャット・パワーのソウルフルで感情豊かなヴォーカル・アプローチと、先日亡くなってしまったザ・バンド、ガース・ハドソンのオルガンの響きも思い出させるバックとの絡み具合も申し分なし。
「親指トムのブルースのように(Just Like Tom Thumb's Blues)」や「ヒョウ皮のふちなし帽(Leopard-Skin Pill-Box Hat)」とエレクトリック初期のディランを代表するナンバーが続くが、とくにメンバー紹介を挟んでの後者の、ディランの激しい歌いっぷりが反映したかの彼女の歌声は強烈なインパクトを持って広がり、「やせっぽちのバラッド(Ballad of a Thin Man)」へとつながる。複雑な、多くの解釈を持つ曲で一気に高揚感が増し、そのままラストの「Like A Rolling Stone」へと突き刺さっていく。