シンガー・ソングライター、
ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)の6年ぶりの来日公演が3月20日(月)大阪・フェスティバルホールからスタートしました。
グレッグ・リーズを含む7人編成のバンドとともにステージに立ち、代表曲満載の2部構成のライヴを披露した初日公演のライヴ・レポートが公開中です。来日公演はこの後、3月22日(水)広島・JMSアステールプラザ 大ホール、3月24日(金)愛知・名古屋市公会堂、3月27日(月)・28日(火)・30日(木)東京・Bunkamura オーチャードホール。
[ライヴ・レポート 文:カワサキマサシ] 風のなかに春の香りが多分に増してきた3月20日。ジャクソン・ブラウンの6年ぶりとなるジャパンツアーが、大阪からスタートした。のちに行われる東京は2daysが完売し、追加公演も行われる好評ぶりだが、大阪も早々にチケットはソールドアウト。フェスティバルホールの座席を埋め尽くした観客たちは、偉大なシンガーソングライターの登場を今や遅しと待っている。
そして定刻から20分を過ぎたころ。デビューから50年あまりの歴史を重ねてきた吟遊詩人が、静かにステージに姿を現した。彼に続くバンドメンバーはギター、ベース、ドラムにキーボード兼ヴァイオリン、ギター兼スティールギター、ふたりの女性コーラスの計7人。それぞれが配置に付き、2部構成で行われるこの夜のライブは、'74年の3rd『レイト・フォー・ザ・スカイ』のラストを飾った「ビフォー・ザ・デリュージ」で幕を開けた。環境破壊への提言とも、あるいは自身の終末感を表したものともとれるメッセージが、カントリーテイストのゆったりとした曲調の上を流れていく。
そこから序盤は「アイム・アライヴ」「ネバー・ストップ」など90年代以降の近作からのナンバーを並べ、中盤に「悲しみの泉」、デビュー作に収録の「ロック・ミー・オン・ザ・ウォーター」と初期の作品を披露。この流れのなかでローディーから手渡されたギターが違うものだったのか、交換に手間取る場面や、曲の出だしでピアノとのタイミング合わず、苦笑いでやり直すなど、ツアー初日らしいちょっとしたハプニングも見られた。そんなときでも決して感情を乱さず、軽いジョークを交えて場を和ませる様子に、彼らしさがにじみ出ていた。
終盤に差し掛かるころには、'21年にリリースした最新アルバム『
ダウンヒル・フロム・エヴリホェア』のタイトルチューンをプレイ。50年以上前のデビュー作からの曲と最新曲が同じセットリストに収まっていても、なんの違和感もない。これは彼がいかにブレずに、アーティストとしての一貫性を貫いているかの証明でもあろう。彼自身のボーカルも当然、デビューしたころから変化はしているはずだ。しかし高音はしっかりと伸び、声自体にもハリと艶があり、衰えなどは感じさせない。過去の栄光の上に立っているのではなく、今を生き、新しいものを生み続ける創造者であることを実感させた。
そんな彼のスタンスは観客にも充分に伝わっている様子で、演奏の始めと終わりには大きな拍手が巻き起こるが、彼が歌い始めるとひと言も、1音も漏らすまいと噛みしめるように聴き入り、曲が終わるたびにその余韻を深く味わうかのような表情を見せる。やがて第1部は「あふれ出る涙」「リンダ・パロマ」と、ともに'76年の4th『プリテンダー』からの曲を続けて終了。「ちょっとショートブレイクをとろう。15分後に、また」と言い残して、この日の主役はステージを離れた。
2部構成のコンサートの場合、ロック系のアーティストの公演であれば休憩の時間は場内が賑やかしくなりがちだが、この日はいたって穏やか。ここに集まった人々は、ただ単に騒いで盛り上がるために来たのではなく、ジャクソン・ブラウンの歌とメッセージをしっかりと体に染み込ませることが主目的なのだ。ホールの雰囲気が、そう感じさせた。
およそ15分あまりのブレイクタイムを挟んで、第2部が開始。ここで彼はオープニングから「アンティル・ジャスティス・イズ・リアル」「ザ・ドリーマー」「ザ・ロング・ウェイ・アラウンド」と、最新アルバム『ダウンヒル・フロム・エヴリホェア』からと2014年の『スタンディング・イン・ザ・ブリーチ』からのチューンを続けて演奏。彼にとってのライブは代表曲やヒットチューンで観客を満足させるだけではなく、つねに最新のメッセージを届ける場でもある。そんな彼の考えが表れているように思わされる組み立てだ。
そこから中盤にかけては「スカイ・ブルー・アンド・ブラック」「イン・ザ・シェイプ・オブ・ハート」と80年代半ば以降の曲が続く。そして曲ごとにギターを持ち替え、ときにピアノを弾きながら歌っていたジャクソンが、再びピアノの前に座る。イントロで彼が鍵盤を叩くと、すぐに観客たちは反応を返す。デビュー・アルバム収録曲にして、デビュー・シングルとなった「ドクター・マイ・アイズ」だ。目の調子が悪くなった経験から生まれた曲で、軽快な曲調とは裏腹に、歌詞はさまざまに解釈ができ、考えさせられるメッセージが込められている。ジャクソン・ブラウンというシンガーソングライターの骨子は、デビュー時にすでにでき上がっていたのだと、今さらながら思わされた。
そのままピアノの前に座り続けて「レイト・フォー・ザ・スカイ」をメロウに歌い上げ、次にギターに持ち替えて披露したのは「ザ・プリテンダー」。彼の名前を決定的なものにした同名アルバムに収録された代表曲に、それまで静かに聴き入っていた観客たちも、もう我慢ならないとばかりに次々と椅子から腰を上げ始める。キャッチーなサビのパートでは次々と観客たちの声が折り重なり、ホール内の音圧が高まっていく。曲を終えるといつしか場内は総立ちとなり、全員が頭の上で大きく手を打ち鳴らしている。その盛り上がりのまま、「孤独なランナー」に突入。カントリー・ロックの風味をまぶした、ジャクソンの最大の代表曲のひとつの登場に、客席はこの日最大の盛り上がりを見せる。第2部中盤までの様子と打って変わって、観客たちは思い思いに体を揺らし、ステージ上のジャクソンと声を合わせる。そんな自由でハッピーなムードに包まれたなか、本編を終えた。
アンコールは5th『孤独なランナー』収録の「ザ・ロード・アウト」「ステイ」を続けて演奏し、これで終了かと思わせて一度はステージを降りる素振りを見せたが、もちろんこれで終わりではない。アコースティック・ギターを手にし、客席に「これはグレン・フライのために作った曲だ。彼に聴こえるように、大きな声で歌ってほしい」と語りかけて始まったのは「テイク・イット・イージー」。ジャクソンとグレンの共作曲で、イーグルスのデビュー・シングルとしても有名な一曲だ。そのバックボーンを含め、客席にいる者すべてが知る曲ゆえに、盛り上がらないはずがない。そうしてジャクソンは'16年にこの世を去った盟友への鎮魂歌を最後に捧げ、ブレイクを含めて約3時間におよんだステージの幕を閉じた。
ジャパンツアーはこのあと広島、名古屋、東京と続く。
Photo by KAZUKI WATANABE