“サウス・ロンドンの狂犬”こと
ファット・ドッグ(Fat Dog)のデビュー・アルバム『
WOOF.』を携えた初の来日ライヴが12月4日東京・LIQUIDROOMに開催されました。
ファンが詰めかけたLIQUIDROOMでは、会場にとどろく重低音のダンス・ビートとともに、代表曲「King of the Slugs」から未音源化の「Ballad」「Pray to That」、カヴァーなどを披露。歓声やラヴコールにこたえた、カリスマ“ジョー・ラヴ”のMCやメンバーたちのパフォーマンスを含めて、狂熱のライヴ体感ができるレポートが到着しています。
なお、この日披露された楽曲を収めたプレイリストがSpotifyにて公開中です。さらに会場限定Tシャツのオンライン販売もスタート。詳細はBeatinkのホームページをご確認ください。
[ライヴ・レポート] 一体我々は何を見たのか──。終演のアナウンスが場内に響く中、しばらくの間ステージを見つめ呆然と立ち尽くしてしまった。デビュー前からロンドン各地のヴェニューを荒らしまくり、「サウス・ロンドンの狂犬」の呼び声でその名を知らしめてきたファット・ドッグの初来日公演は、身体と意識の解離が起きるのを感じると共に、サークルモッシュに揉まれて肩や背中を突き合わせたことの快感が体中を駆け巡り、他に前例を見たことがないと確信を持って言い切れるカオティックな空間だった。
「Ave Maria」の入場SEからすぐ現れるかと思いきや、ファット・ドッグの4人がステージへ姿を現したのはそこから約1分半後。観客を焦らした上での登場、という点は彼らにとっておよそ計算づくであったのだろう。本来であれば3公演が予定されていた中で名古屋と大阪公演が中止となったが、唯一残された東京公演は彼らと共に今宵伝説を作り上げようと意気込むファンが後方から押しかけてくる事態に。バンドの首謀者であるジョー・ラヴ(G. Vo.)がスタンドに立てられたギターを手に取ると、観客は一斉に「WOOF!WOOF!」と彼らを歓迎するラブコールで応じる。じっとりとしたビートが刻まれる「Vigilante」から観客は各々スマホを掲げて縦に揺れ、彼らの音楽を体内に直接取り込もうとする姿が見て取れた。そこから「Boomtown」を挟んで1stアルバム『WOOF.』から「Closer to God」へと雪崩れ込み、視線を下げるとステージから降りてきたクリス・ヒューズ(K.Syn)を中心として早速サークルモッシュが形成されているではないか。7分の8拍子で刻まれる禍々しいメロディに呼応するようにしてサークルはフロア前方の客を取り込んで肥大化し、激しい暴動の様相を見せた。ここでは男女も国籍も問わない、ただ誰もがこの瞬間、一心不乱に彼らの音楽に意識を傾けることで「生」を享受しようとしていたのだ。
仰々しい重低音が心臓まで届く「All the Same」ではインダストリアルでダンサブルなサウンドに身体を委ね、彼らの代名詞とも言える7分強の大作「King of the Slugs」においては楽曲中だけで何度サークルモッシュが作られたかわからない。幾重にもなる転調の中でバンドはただフロアを沸かすことだけに集中していたし、また観客自身も彼らの一挙一動に感覚のまま身体を動かすしかないといったカルト的な雰囲気が醸し出されていた。「みんな元気!? ロックンロール、イエス!」と、素っ頓狂なジョーのかけ声から、未音源化の「Ballad」「Pray to That」へ。観客を一網打尽にしまいと言わんばかりの覇気と、彼らがロックバンドであることを認識させるサックスを交えた流麗なサウンドの均衡には一週間前に同じくリキッドルームで行われていたヤード・アクトのライブアクトを想起させるものがあったが、ファット・ドッグの場合は最早「ライブ」と表現するよりも「事件」と言い表した方が相応だろう。
汗まみれのジョーが観客へ「Peace?」と投げかけると、フロアからは「Peace!」の返事と共にピースサインが贈られる。来日直前にリリースされた「Peace Song」はこれまでの獰猛な楽曲群とは異なり、(あくまで彼らなりの、だが)クリスマスをイメージしたピースフルな仕上がりとなっており、荒々しく振る舞うジョーの横でモーガン・ウォレス(Sax.)とクリスが背中を合わせてプレイし、既に最高到達点まで達した観客の熱量をさらに引き上げる。ジョニー・ハッチンソン(Ds.)が刻む16ビートから「Bad Dog」が繰り広げられ、「I am the King」ではジョーが「俺が王だ」と名乗り出ながらフロアを掻き分けて進む貫禄っぷりを見せる。本編ラストとなった「Wither」ではモーガンとクリスが楽器を置いてステージ中央に移動してぴったりと息の合わさったダンスを披露。その間も観客はただ目の前に巻き起こるカオスに嬉々として飛び込み、狂騒の宴に身を包んでいた。
観客からの「わんわんコール」に応じて再び登場したファット・ドッグは、ベニー・ベナッシ・プレゼンツ・ザ・ビズのカバーである「Satisfaction」からアンコールを始める。そして、余裕を見せつけるかのように「Skibidi」「Running」の2曲でこの日一番の狂騒を生み出し、楽器を置いた彼らはまるで何事もなかったかのようにステージを後にしていた。
一体何を見ていたのだろう。冒頭に戻る感覚はこのテキストを書き上げた後も依然として残ったままだ。取って食らうような想像を絶するスリルからアドレナリンが溢れ出て、興奮と共に心地良い愉悦に浸っている。今の時点でただ一つ言えるのは、おそらくまたすぐにあの夜へ帰りたいと願わずにはいられないということだけだ。 Text by 星野美穂
Photo by pei the machinegun
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