10月16日、17日、さいたまスーパーアリーナで開催される<LOUD PARK 10>出演も決定し、国内外から熱い注目を浴びる
DIR EN GREY(DIR EN GREYの出演は16日公演のみ)。6月よりスタートした夏の国内スタンディング・ツアーが、7月21日(水)新木場STUDIO COAST公演にてファイナルを迎えました。
『UROBOROS』を引っさげ、全世界を魅了する彼らの唯一無二のステージの模様をレポート!
【オフィシャル・ライヴ・レポート】より
DIR EN GREY、夏季国内ツアー終了。
その最終公演で感じさせた「束縛なき現在」と「“生”への渇望」。
さる6月29日、東京・新木場STUDIO COASTで幕を開けたDIR EN GREYの国内ツアーが、7月21日、同じ場所で終幕に至った。1月に行なわれた日本武道館での二夜公演をもって、怪物アルバムと呼ぶにふさわしい『UROBOROS』(2008年11月リリース)の世界観体現と、それを手段としながらの自己探求のプロセスにひとたび終止符を打った彼ら。ある意味、明確なテーマを伴わない今回のツアーは、メンバーたちの考え方ひとつでいかなる性質 / 方向性のものにもなり得たわけだが、結果的にそこで証明されることになったのは、このバンドの「“生”に対する渇望の強さ」だったのではないだろうか。

この夜のオープニングに据えられていたのは「残」。すでに現在のDIR EN GREYに似つかわしいたたずまいに刷新された状態にあるとはいえ、そもそもは1999年に3作同時リリースされたデビュー・シングルの表題曲のひとつ。京はいきなり「東京、かかってこい!」と挑発的に扇動し、場内を埋め尽くした超満員のオーディエンスも地の底から湧きあがるような濁った歓声で応戦する。それからの2時間弱の時間経過のなかで、ステージ上の5人は現在に至るまでの歴史を自在に飛びまわり、さまざまな過去をちりばめながら“今”を提示していた。
ツアー初演となったFC会員限定公演の際から、「304号室、白死の桜」や「脈」といった長年演奏されることのなかった楽曲たちが飛び出してファンを驚かせていたが、それらが単なるサプライズ要素として仕掛けられたものだったとは僕には考えがたい。仮に動機がそうしたものだったとしても、そこで実証されたのはこのバンドの“芯”の揺るぎなさに他ならない。彼らがたっぷりと時間をかけながら大胆な変容を遂げてきたことは事実だが、過去はいまだに、かならずしも現在と分断されたものではない。過去形ではあっても、過去完了形ではない。そんなことを実感させられる場面が多々あった。この夜にも「逆上堪能ケロイドミルク」や「砂上の唄」といった長年セットリストから外れていた楽曲たちが披露されたが、それらが伝えていたのは懐かしさではなく、「DIR EN GREYは、DIR EN GREYである」という絶対的事実だったように思う。

また、今やアルバムのコンセプト体現を目的とせず披露されるようになった『UROBOROS』の楽曲たちが、個々にさらなる存在理由を持ち、各々が独り歩きし始めている事実も感じずにはいられなかった。同時に、『UROBOROS』が完全消化されてきたことで、前作にあたる『THE MARROW OF A BONE』の収録曲たちの顔つきが変化してきたようにも思えた。おそらく彼ら自身がそれを実感しているからこそ、今回のツアーでは同作からの「THE FATAL BELIEVER」や「ROTTING ROOT」といったナンバーが明確なポジションを得ることになったのではないかと僕は推察する。
この夜のライヴは、過去にこのバンドのステージを150回以上観てきた筆者の目にも、かぎりなくベストに近いものとして映った。演奏面や再現性、演出面、テンション的な意味合いにおいても何ひとつ不足を感じなかったし、オーディエンスとのエネルギーの交歓にもまたすさまじいものがあった。前夜、同会場でのライヴについても、機材、音響面での問題に起因する演奏面でのほころびなどが若干見受けられたとはいえ、ステージから伝わってくる“気”の強烈さには筆舌に尽くしがたいものがあった。

「おまえら生きてんのか? おまえら全員、生きてんのか? 全員で、かかってこい!」アンコールの最後に据えられた「羅刹国」が炸裂する寸前、京は客席に向けそう叫んだ。この場面にかぎらず、二夜を通じて彼がオーディエンスに向けて何度も繰り返していたのが「生きてんのか?」という攻撃的な問いかけだった。その言葉からは、どうしても去る7月15日に急逝した大佑(大佑と黒の隠者達)の存在を思い浮かべざるを得ないところがあった。京自身の意図は、わからない。が、結成当初からずっと「生きていくことが、たやすくないという現実」と向き合いながら“痛み”を訴え続けてきたこのバンドの核にあるのが、冒頭にも記した「“生”に対する渇望」なのだということを、僕自身、改めて痛感させられることになった。時計の針がちょうど午後9時を指そうとしていた頃、京は、意外なほど清々しい笑顔でステージを去った。その表情が、彼らがこの夜に乗り越えたものの大きさを物語っていた気がした。

さて、今回のツアー自体はこの夜をもって終了したものの、<THE UNWAVERING FACT OF TOMORROW TOUR2010>と銘打たれたツアーは、まだまだ終わりはしない。5人は7月24日に東京を発ち、同25日には韓国は仁川(インチョン)での<PENTAPORT ROCK FESTIVAL>に出演。その直後、8月の到来とともにイギリスとロシアでの公演が予定されているほか、同月下旬から9月にかけては約1ヵ月間に及ぶ北米ツアー(フィンランドのAPOCALYPTICAとのダブル・ヘッドラインによるもの)も決まっている。10月16日、17日、さいたまスーパーアリーナで開催される国内最大級のメタル・フェス<LOUD PARK 10>(DIR EN GREYの出演は16日公演のみ)のステージでは、誰もがさらに強靭さを増した彼らの姿を目撃することになることだろう。そして、常に“今”を全力で生きようとするこのバンドの生きざまは、内外の音楽ファンや関係者、自ら敢えて彼らに対して“壁”を作っている人たちすらも、きっと振り向かせることになるに違いない。揺るぎない“今”があるからこそ、掴むことができるはずの“明日”。それがどんなカタチをしたものであるかを想像しながら、同じ“明日”を共有し、謳歌するために、“今”を貪欲に生きたいものである。(文・増田勇一)