今年も1月1日に、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤー・コンサートが行なわれました。1939年に始まり70年以上の歴史を誇るこのコンサートは、TVとラジオを通じて世界70ヵ国以上に放送され、4億人が視聴するクラシック界最大のイベントとなっています。そのチケットは世界一入手困難と言われるほど(20万円以上)。今年は地元オーストリアで、なんとテレビ平均視聴率61%を記録し、大成功をおさめました。
今年の指揮者は、2011年に続き2回目の登場となる、オーストリア出身の
フランツ・ウェルザー=メスト(Franz Welser-Most)。彼は
カラヤンおよび
クライバー以来、このコンサートに登場した初のオーストリア人指揮者になります。2011年のコンサートは「カラヤンとクライバー以来もっとも美しいニューイヤー・コンサート。ウェルザー=メストはシュトラウス一家やランナー、ヘルメスベルガーの音楽がどのように響くべきかを完璧に把握している」(『オーストリア』誌)と絶賛され、今回も大きな期待を寄せられて登場しました。
さっそく現地の音楽評論家、野村三郎氏のレポートが到着したのでご紹介します。
生粋のオーストリア人、ウェルザー=メストが本領発揮 ウィーン国立歌劇場の音楽監督をつとめる俊英、フランツ・ウェルザー=メストにとって、2011年以来2度目の出演となる2013年のニューイヤー・コンサート。その模様をお届けしよう。
第1曲はヨハン2世の弟、ヨーゼフ・シュトラウスの「スーブレット・ポルカ」。冒頭から熱のこもった若々しい情熱的熱気で、2013年ウィーンの新年は明けてゆく。「熱」という字を3回使ったが、それはまさに全力投球という感じだったのだ。スーブレットというのはモーツァルトの「フィガロの結婚」の主役、スザンナのような頭の回転の早い小間使い役をいう。軽快でキビキビした演奏だ。
21世紀になってウィーン・フィルはすっかり若返り、エネルギッシュな感じが強くなっている。その代わりチェロのバルトロメイ、フルートのシュルツ、クラリネットのシュミードル、トロンボーンのヤイトラーなど何十年も親しんできたベテランの顔が見られないのは寂しいが、これは時の流れというもので、ウィーン・フィルは健在だ。
それというのも指揮のフランツ・ウェルザー=メストが生粋のオーストリア人だからだ。ウィーン・フィルも彼の棒捌きに乗っていればいいし、ウェルザー=メストも相手がウィーン・フィルなら思いっきりウィーン流のワルツのリズムを刻めるというものである。昨年暮れに、ウェルザー=メスト、ウィーン・フィル楽団長クレメンス・ヘルスベルク博士のお二人と話す機会があったが、その時ウェルザー=メストが「スイスやロンドンでウインナ・ワルツを振ったのだけど、中々ウィーン流にならなくてね。前回(11年)のニューイヤー・コンサートの時は正直言ってものすごく緊張したけど、正真正銘のウィーン訛りのウインナ・ワルツで故郷に帰ってきたという感じでしたよ」と語っていたのが印象的だった。
その意味で、アンコールの「美しき青きドナウ」は、ウェルザー=メストの本領が発揮されたものといえるだろう。ウィーン・フィルがこの曲を弾くと、誰の指揮であれ当然素晴らしいのだが、それをオーストリア人のウェルザー=メストの指揮で聴くと「本物」を聴いた気になる。ウインナ・ワルツのリズム、次のフレーズへ移る時の一瞬の「タメ」が何とも言えず、ウィーン風なのだ。クレメンス・クラウス、ウィリー・ボスコフスキー、ヘルベルト・フォン・カラヤンなど、かつてのオーストリアの名匠たち亡き後、今となっては誠に得難いものである。それにヨハン二世がデビューしたカフェ・ドームマイヤーがウェルザー=メストの曽祖父の経営だったとは!
ワーグナーとヴェルディのアニヴァーサリーに因むプログラム 「今年はワーグナー、ヴェルディのアニヴァーサリーでしょう。そこで二人に因んだプログラムにしたんですよ」とヘルスべルク。ウインナ・ワルツ盛んな頃、この二人の巨匠は自らウィーンで指揮している。それゆえ今年はニューイヤー・コンサート史上始めて、彼らのオペラから1曲ずつプログラムに組まれたのである。 ワーグナーは「ローエングリン」第3幕への前奏曲、ヴェルディは「ドン・カルロス」第3幕から、普段はあまり演奏されないバレエ曲が登場した。殊に「ローエングリン」前奏曲は圧倒的な迫力で、万雷の拍手が巻き起こった。
この二人の作曲家から大きな影響を受けたのがヨーゼフ・シュトラウスであった。そこで今まであまり取り上げられなかったヨーゼフの作品がアンコールも含め7曲も取り上げられたのも大きな特徴。即ち「スーブレット・ポルカ」、「劇場カドリーユ」(この中にヴェルディの「仮面舞踏会」、オッフェンバックの「青髭公」など6つのオペラの引用が含まれる)、宇宙的広がりを感じさせる「天体の音楽」、リズミカルで糸車の回る感じがする「糸紡ぎ女」(ワーグナーの「さまよえるオランダ人」の中の女達の糸紡ぎの場面を想起されよ)、天体の運行はかくやと思わせる「金星の軌道」、証券取引所の情報を知らせに走った使い走りを主題にした「ガロパン」、そしてアンコールの最初に演奏された、娘をからかった「おしゃべりなかわいい口」(何とその曾孫90歳のアイグナー・シュトラウスさんが来ていた!まことにウィーン!)。という次第で、実にユニークな2013年のニューイヤー・コンサートのプログラムが生まれたのだった。
ヨハン二世の「キス・ワルツ」はウェルザー=メスト夫人と同名のヨハンの2番目の夫人アンゲラに捧げた曲(もっともこのアンゲラ夫人は間もなく他の男と駆け落ちした)、山歩きの好きなウェルザー=メストが選んだ「山の上から」は、澄み切った山の気分と見晴らしが聞こえてくる。「メロディ・カドリーユ」(この中にせめてヴェルディ「リゴレット」中のアリア「慕わしい御名」くらいは聴きとって欲しいものだ。他に引用がいくつもある)、イタリア旅行で作った有名な「レモンの花咲くところ」が取り上げられた。
個人的な思い出で言えば子供の頃から大好きなスッペの軽快、かつしんみりした「軽騎兵」序曲はウェルザー=メストの選択だという。ヨーゼフ・ヘルメスベルガー二世の「二人きりで」はエレガントで親密な二人だけの世界。彼はウィーン・フィルのコンサートマスター三代目という家系の出だ。ヨハン一世のライバルだったヨーゼフ・ランナーのゆったりした「シュタイヤー風舞曲」はゆっくりした風情のある田舎の踊り、レントラー。
公式プログラムを締めくくるヨハン一世の「エルンストの思い出 あるいは ヴェネツィアの謝肉祭」では、メロディが様々な楽器によって奏される。ヴェルザー=メストはその時を狙ってか指揮台の下の籠から鳥、犬など動物のぬいぐるみを、メロディを弾いている団員に渡してゆく。そして最後に大きなしゃもじをコンサートマスターのライナー・キュッヒルに渡すと、それで弾く仕草。ところが逆にキュッヒルはコックの帽子とそのしゃもじをウェルザー=メストに渡したものだから、彼はその帽子をかぶってしゃもじで指揮する羽目に。観客のクスクス笑いは大笑いとなって最後の曲を飾った。「美しき青きドナウ」の冒頭が始まるや否や観客が大拍手。それに答えて団員は一斉に「新年おめでとう!」の挨拶。最後は勿論ヨハン一世の「ラデツキー行進曲」で締めくくられ、聴衆は最高に盛り上がった。こうして2013年のニューイヤー・コンサートは非常に引き締まった、同時にまことにウィーン情緒豊かな演奏会となった。
(野村三郎[音楽評論家 / ウィーン在住])
なお、このコンサートをライヴ収録したCDが1月23日、DVDとBlu-ray Discが2月13日に発売される予定。今年は11曲がニューイヤー・コンサート初登場ということで、クラシック・ファン憧れのヒット商品となりそうです!
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Photo(c)Terry Linke
『ニューイヤー・コンサート2013』
フランツ・ウェルザー=メスト&ウィーン・フィル【CD】SR・SICC-1598〜99 税込3,000円 1月23日発売
【DVD】SR・SIBC-177 税込4,935円 2月13日発売
【Blu-ray Disc】SR・SIXC-2 税込5,985円 2月13日発売
【特設サイト】
www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/newyearsconcert2013/