風に吹かれて、転がる石のように約半世紀……ロックの時代を作り、時代を変革し、様々な人々の人生に影響を与え続けるロック界最重要アーティスト、
ボブ・ディラン。1978年の初来日公演以来通算8回目、来日公演史上最速の間隔で2014以来2年ぶりの公演が東京・渋谷 Bunkamuraオーチャードホールでスタートした。来日に先駆けて発売した、ツアー直後の5月に発売されるニュー・アルバム『Fallen Angels』からの日本限定先行EP
『Melancholy Mood』は、4月4日付のオリコン週間シングルランキングで初登場23位、週間ROCKシングルランキング6位を記録したばかりであるが(ディラン史上初めて日本のシングルチャートにランク・イン)、その新曲を含めて、これまで日本のライヴでは演奏されたことがなかった8曲もの日本初登場曲が披露され、「風に吹かれて」や「ブルーにこんがらがって」などの代表曲を含む全21曲演奏、約2時間15分、抜群の音響環境のホールでの極上のサウンドとともに超満員の2,000人の観客を魅了した。
2年振りの東京公演初日は、オーチャードホールでほぼ定時である午後7時に幕を開けた。超満員の会場が暗転すると、待ちわびた客席からは大歓声が上がる。アコースティックギターの演奏が始まり、メンバーそしてボブ・ディランの順に登場。オープニングは「Things Have Changed」、2000年の映画
『ワンダー・ボーイズ』主題歌で〈アカデミー賞〉と〈ゴールデングローブ賞〉を受賞したナンバーだ。ディランは曲に身を委ねるような歌い方でセンターで歌う。半円状にカーテンを仕切ったステージは品があって、歌と演奏を引き立てる。2曲目は1965年の名盤
『Bringing It All Back Home』収録、「She Belongs to Me」。ディランはセンターで大きく動く事もなく歌に専念する。曲半ばでラフなハーモニカ演奏を聴かせるが、何よりも声に力があり、早くも健在ぶりを発揮する。
初めてグランド・ピアノに移動して3曲目の「Beyond Here Lies Nothin'」。そして、今回のツアーの見どころのひとつともいえるのが、日本では初登場の
フランク・シナトラに代表されるグレート・アメリカン・ソングブックの曲だが、4曲目は昨年1月に発表された
『Shadows In The Night』より「What'll I Do」 。スティール・ギターで始まった演奏は心地よく、歌う本人が癒されているかのような錯覚を覚えるほど、今のディランに相応しい出来となった。5曲目は『Tempest』収録「Duquesne Whistle」。ピアノを演奏しながら、左足を時折上げたりリズムを取ったりしながら心地良さそうに歌う。バンドとのアンサンブルも決まっている。今回のツアーでも『Tempest』の曲は5曲演奏されるが、セットリストの重要な箇所にしっかりと置かれている。

photo ©土居政則
6曲目の「Melancholy Mood」も日本初登場。5月に発売が予定されているニュー・アルバム『Fallen Angels』に収録される曲で、日本のファンのために一足先に来日記念で発売されたEPのリードトラックだ。“これぞ、歌手、ディラン”ともいえる素晴らしいヴォーカルを聴かせながら、ステージ上を動き回る。7曲目の「Pay in Blood」ではステージセンターで凄みのある声でまくしたてるように歌い、足を開いて左手を腰に置く決めのポーズ。歌の世界にどっぷりと入り込んでいるようだ。8曲目と9曲目も日本初登場。シナトラ・カヴァーより「I'm a Fool to Want You」と「That Lucky Old Sun」。ライティングが効果的に使われ、気持の入ったハリのある声で力強く歌い、無垢にも聞こえる歌唱法は驚きでもある。見事なヴォーカルは前半のハイライトとなった。第1部最後の曲は、1975年
『血の轍(Blood on the Tracks)』収録、「ブルーにこんがらがって(Tangled Up in Blue)」。代表曲でさえも痛快な位に原形を留めないのは、いつものディラン流。センターで何度も決めのポーズを取りながら、ハーモニカを演奏した後にピアノに移って演奏した。
第1部の最後で、これまで一切MCを入れなかったディランが、観客に向かって話しかけた。それも、日本語で「アリガトウ」……。日本のファンの熱い反応に相当気分がよかったのかもしれない。ディランの滅多にないサービスに会場中がどよめき、大歓声を上げた。ディランは満足げに、休憩に入る旨告げて第1部が終了。20分の休憩を挟んで、後半の第2部へ。
第2部のオープニングは2001年発表
『Love and Theft』より「High Water(For Charley Patton)」。ディランはセンターでやや崩して歌うものの、手堅い演奏が曲全体を支え安心感を与える。次に再び日本初登場のシナトラのカヴァー「Why Try to Change Me Now」 。センターでゆったり雄大に歌うさまが印象的で、歌う喜びが全身から溢れ出ているようだ。決めのポーズも頻発。
『Tempest』からの「Early Roman Kings」では、左足でタイミングを取りながら確かなピアノ演奏を披露する。何処か不気味ささえも感じさせる出来映えだ。「The Night We Called It a Day」も日本初登場のスタンダード・ナンバー。ディランはセンターでヴォーカルに専念する。スティール・ギターの演奏の間に決めのポーズを取り、自作の歌よりも言葉をしっかりと歌っているのが微笑ましい。

photo ©土居政則
ショウもいよいよ後半に突入。15曲目の「Spirit on the Water」では、ピアノを演奏しながら高い声で軽やかに歌い、演奏中は左足でタイミングやリズムを取りつつ、腕達者なバンドとの演奏を楽しむ様子が伝わってくる。16曲目の「Scarlet Town」はセンターで歌いながら様々なポーズを取り、歌の主題を全身を使って伝えようとしているようだ。荒れた声を活かした歌唱は曲に凄みを与えている。17曲目の「All or Nothing at All」は5月発売予定のニュー・アルバムに収録され、来日記念EPにも収録されている日本初登場曲。軽快な演奏に乗せて快適に歌う。歌を正面からとらえてしっかりと歌う姿勢が好ましい。声に表情があり、歌う時のしぐさもこの曲の完成度を高めている。
18曲目の『Tempest』収録「Long and Wasted Years」は前回の来日公演でも最大の山場となった曲で、アルバムとライヴでこれほどまでに違うものかと感動的だったが、今回も素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。表情力、表現力豊かに歌い、腰の座ったヴォーカルが全てと言えるような痛快な出来。「どーだ」と言わんばかりのディランの決めポーズやドヤ顔を何度も見ることができるこの曲は何度も味わいたい瞬間でもあり、確実に後半のハイライトといえるだろう。そして、第2部の最後を飾るのも日本初登場曲であり、日本でも有名なスタンダード・ナンバー「枯葉(Autumn Leaves)」。何度耳にしても、この曲を歌うこと自体が驚きであるが、寂寥感がにじみ出るディランの歌を聴いていると必然だったということか。
ステージは暗転して後半第2部が終了。アンコールへと突入する。

photo ©土居政則
アンコールの1曲目は名曲中の名曲「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」が登場。ピアノを弾きながら、歌詞をさほど崩さずに歌う事によって、元々あるこの歌の美しさを演奏含めて綺麗に表現した。自信に満ちたバンドの演奏がこの歌をより良いものにしている。そして、ショーの最後を飾ったのがグラミー受賞
『Time Out of Mind』に収録されていた「Love Sick」。センターで切れの良い演奏に乗って切なくも吐き捨てるように歌う。バンド演奏とのコンビネーションで、今夜、もっともロックな出来上がりになったともいえるだろう。演奏後、ディランは手を広げるようにして、今夜の喜びを表現した。そうして舞台袖へと消えていった。
今夜私は“歌手ボブ・ディラン”を観た。自分の書いた曲は崩して歌うが、シナトラのカヴァーは言葉をしっかりと歌うディラン。歌うことの喜び、歌の持つ違う側面を発見した驚き、そんな事などを噛みしめているかのようであった。
現在74歳、2016年5月24日には75歳となるボブ・ディラン。1988年以来行われている〈NEVER ENDING TOUR〉は、今もなお年間約90公演を敢行し精力的にライヴ活動を行なっている。来日公演は4月4日を皮切りに21日(木)、22日(金)の「追加公演」を含め、オーチャードホール公演9公演、その他にも仙台、大阪、名古屋でも行なわれ、4月28日(木)のパシフィコ横浜での最終公演まで5都市16公演を行ない、計45,000名を動員する。ディランの終りなき旅は続く。