リチャード・リンクレイターや
ヨルゴス・ランティモスの助監督をつとめていたクリストス・ニク監督のデビュー作『林檎とポラロイド』がついに3月11日(金)より公開されます(配給: ビターズ・エンド)。
第77回ヴェネチア国際映画祭で上映されると、「見事なまでに胸を打つ」(ガーディアン紙)、「魂のこもった今日性のある映画」(ヴァラエティ誌)などたちまち絶賛され、同映画祭のコンペティション部門の審査委員長をしていた
ケイト・ブランシェットがその評判を耳にし鑑賞、監督の才能にほれこみ、すでに完成している作品にエグゼクティブ・プロデューサーとして参加することを熱望し、新たにクレジットされたという異例の逸話をもつ注目作です。
主人公は記憶を失った男。覚えているのは林檎が好きなことだけ。治療のための奇妙な記憶回復プログラムに参加し、毎日林檎を食べ、送られてくるカセットテープに吹き込まれたさまざまなミッション――自転車に乗る、ホラー映画を見る、バーで女を誘う――を淡々とこなし、それをポラロイドに記録していきます。
一風変わったミッションを通して日常をとりもどしていく彼ですが、同じプログラムに参加している女と出会い、関係を深めていく中で、その身に変化がおとずれることに。はたして、彼の失った記憶とは……。近未来を舞台にしながら温もりに満ちた、哀愁とユーモアを絶妙なバランスでブレンドした新たな傑作の誕生とすでに各所で話題となっています。
そして、クリストス・ニク監督はリンクレイターやランティモスの助監督をつとめていただけあって、音楽の使い方もさりげなくそのセンスを発揮しています。たとえば冒頭、静かに流れてくるのは「スカボロー・フェア」。
サイモン&ガーファンクル版で有名なイギリスの古典バラードですが、これは聴き手に昔の恋人への伝言を頼む歌で、不可能でへんてこな仕事を成し遂げられればふたたび恋人になれるだろうということを歌っています。まさしく『林檎とポラロイド』の世界観を、その物語の行方を暗示しているようです。また、ディスコのシーンで流れるのは「レッツ・ツイスト・アゲイン」。全部うまくいった去年(過去)みたいに(もう一度)ツイストしよう。これは失った過去への追悼にも聞こえるし、ツイストには「予期しなかった変化」という意味もあります。そして、ドライブするシーンで男が聴くのは「涙の口づけ」。離れてしまった恋人を思い「毎日愛のすべてを手紙に認めて送るよ キスの封をしてね」。このフレーズを「記憶が失った」男が思わず口ずさんでいるのはなぜなのでしょうか。
いずれも哀愁あふれる、そして喪失感をおりこんだ音楽がところどころ印象的に使われています。けっして派手な使い方ではありませんが、人物の心象風景を描写する音楽の手法にも注目して今作を見てみると、より味わい深くこの物語を感じられることでしょう。
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