どこか悩ましい響きを持つ鍵盤楽器“メロトロン”。驚くべき進化をとげるサンプラー業界において、現在も愛され続けるこの名機についてCDJournal.com的考察をまとめてみました。
メロトロンは鍵盤を押すことによって、音階で録音されているテープ音源を再生する鍵盤楽器。概念は現在のサンプラーにあたりますが、録音機能がないため、厳密にはテープを音源としたキーボードになります。鍵盤と同じ数の磁気テープ音源と再生ヘッドを備え、ピアノやギター等の音源や自然音、効果音を再生可能にするメロトロンは、音源テープはループさせず、スプリングによるテープリターン方式を採用。そのため、一音の再生時間は約7秒と短いものでした。
また、メロトロンという名前は「MELOdy」「elecTRONics」を合わせた造語と言われていますが、「mellifluous/(言葉・音楽・声などが)なめらかな、流暢な、甘美な」と、「electronics」とをあわせた造語との説もあります。
メロトロンの歴史は1946年、ハリー・チェンバリンが「テープデッキをオルガンに組み込めないだろうか」と考えたことが始まり。自宅ガレージで製作したテープ再生型のリズムマシンを家庭用オルガン市場に向けて販売、成功したハリーはカリフォルニアに工場を設立し、キーボードを製作。ここで、のちのメロトロンにも採用した独自のシステム「マルチステ−ション・テープ・チェンジ・システム」を導入。その後、キーボードは何度かモデル・チェンジを重ね、60年にオンタリオに開いた新しいショップで製造と販売を行ないました。61年に「Chamberlin Instrument社」のセールスマンとして雇ったビル・フランセンは売上をあげるも、生産が追いつかないうえ、音色を変えるためのステーションの切り替えによるエラーでの音源テープの破損、再生ヘッドの品質による不安定な発音といったトラブルが続出。62年にビルは「Chamberlin Model600 Musicmaster」2台を携えイギリスへ渡り、問題を解決し、生産を請け負ってくれる相手を探します。そこで相談したのが、「ALDRIDGE ELECTRONICS社」のレズリー・ブラッドリー。70個の再生ヘッドを供給できないか? と聞くと、レズリーは兄弟のフランクとノーマンに相談。兄弟は再生ヘッドが楽器用という事を知って興味を持ち、修理やメンテナンス、生産を請け負うことに。資金の調達に成功したビルは、バーミンガムに製造工場を確保、「Chamberlin Model600 Musicmaster」の複製モデルである試作品を完成させ、63年、ブラッドレー兄弟は新型楽器用の音源の録音を開始。そして、ついにメロトロンなる名前の楽器「Mellotron MK I」が誕生したのです。でも、製作はハリーには内緒で進められたことだとか。
そんなメロトロンを使った音楽といえば、やはりプログレッシヴ・ロック。代表格は
ムーディー・ブルース、
ジェネシス、
キング・クリムゾンといったところでしょうか。ムーディー・ブルースは、メンバーである
マイク・ピンダーが、元々メロトロンの調整や出荷前テストを行なっていたこともあり、メロトロンのエキスパート(MKII、MODEL300、Chamberlinなどを使用)。使いこなせて当然の話。「サテンの夜」(アルバム
『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』収録)が代表的な曲ですね。ジェネシスは70年代後半頃までメロトロンを使用(MKII、400)。「ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ」(アルバム
『フォックストロット』収録)の前奏におけるあの重厚な音はストリングス+ブラスの音。キング・クリムゾンは70年代半ばまで使用。「エピタフ」(アルバム
『クリムゾン・キングの宮殿』収録)などでの壮大なストリングス・サウンドが代表でしょう。プログレを愛しメロトロンを5台所有する
ヴィンセント・ギャロもアルバム
『ウェン』でメロトロン(M400S)を多用していました。
単音楽器であるフルートの音を和音で奏でるという発想からしてどこかねじれていた(そして画期的だった)「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」のイントロの印象が強いせいか、数多くの楽曲でメロトロンを使用しているように思える
ビートルズですが、実はそんなに使っていません。挙げてみても「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「フライング」「コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロウ・ビル」くらいなのです。その中でも「コンティニューイング〜」はメロトロン満載の1曲で、マンドリン、トロンボーンの音などを使用。そして、導入部のスパニッシュ・ギターのフレーズ、実はこれもメロトロン。これはメンバーがギターを弾いているのではなく、メロトロン(MKII)に内蔵されたルンバのイントロ・パートをそのまま利用したもの。このスパニッシュ・ギターのフレーズは、キング・クリムゾンのライヴ・アルバム
『エピタフ〜1969年の追憶』に収録されている「インプロヴィゼイション〜トラヴェル・ウィアリー・カプリコーン」の中で聴くことが出来ます。つまりはクリムゾンもMKIIを使用していたということになるわけですね。
ただ、思わぬところでビートルズとメロトロンには接点があったりします。「レット・イット・ビー」などでエンジニアを担当し、未発表に終わったアルバム『ゲット・バック』で2度のミックスを行なったグリン・ジョンズ。彼はメロトロンで使用する音源の録音を担当。メロトロンのチェロ音源の録音時に演奏をしたレジナルド・キルビーは、ビートルズのアルバム
『ザ・ビートルズ』収録の「グラス・オニオン」「マーサ・マイ・ディア」「ピッギーズ」などの楽曲でチェロを弾いていた人物なのです。
また、
ゾンビーズがアルバム
『オデッセイ・アンド・オラクル』で全編にわたってメロトロン(MKII)を使用。このアルバムはメロトロンに興味がある人ならば必聴の1枚です。
さてさて、現在、メロトロンはというと、ブラッドリー兄弟の所有するテープ、パーツ、製作機材一式とメロトロンの商標権と音源を買い取った「メロトロン・アーカイヴス社」。リストアされたメロトロンの販売や部品供給、新作音源のテープ製作を行なっている、レズリーの息子ジョンがマーティン・スミスとともに立上げた「ストリートリー・エレクトロニクス社」の2社で製造されています。
また、メロトロンの音を収めたサンプリングCD(全鍵ノンループで7秒発音という完全再現)や、メロトロンをモチーフにした音を収録した音源モジュール(ローランドのSCシリーズなどではtronflute、tronstringsなる名称で収録)も発売されています。
最後に余談ですが、音源テープの代わりにウォークマンを使ってメロトロンを作ってしまったMike Waltersさんをご紹介。「Acid」「Sound Forge」といったDTMソフトを使って音源を作り、テープに収めるという何とも涙ぐましい力技で製作しているこの「Melloman」。見た目はなかなかのもの。その製作過程を写真で見ることができ、「Melloman」のサンプル音源が聴ける
HPも存在します。ここで聴ける音はというと……う〜ん、メロトロン。ぜひとも回路図がほしいものです。
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