日本の歌謡シーンに大きな発展をもたらした巨匠として多くの人が名を上げるのが、昭和歌謡黄金期を代表する作詞家の
阿久悠でしょう。1937年2月7日に淡路島で生を受けた阿久は、広告代理店勤務を経て、作詞家や作家の道へ。“悪友”をもじったペンネームを名乗り、
ザ・スパイダース「モンキーダンス」や
山崎唯「トッポ・ジージョのワン・ツーかぞえうた」などを経て、1967年の
ザ・モップス「朝まで待てない」で本格的な作詞家デビューを果たして以来、昭和歌謡や演歌からアイドル・ポップス、アニメ・ソングやCMソングなどまで5000曲以上ともいわれる作詞を手掛け、ジャンルを問わず、数多のヒット曲を送り出しました。その偉大な足跡を語るにはいくら時間があっても足りませんが、ひとつ記録面から巨匠たるゆえんに触れてみましょう。
すべてのヒット曲=名曲という訳では必ずしもありませんが、多くの人たちの記憶に残る楽曲を届けてきたことは間違いありません。オリコンのシングル売上枚数においては、
秋元康に次いで作詞家歴代2位となる6800万枚超のセールスを記録。また、破格のヒットメイカーぶりが見て取れるのが、1977年のシングルチャートに表われています。6月に
沢田研二「勝手にしやがれ」がシングルチャート1位を獲得したのを皮切りに、12月の
ピンク・レディー「ウォンテッド(指名手配)」まで25週連続、ほぼ半年にわたって阿久悠作品が1位を連発するという驚異的な記録を打ち立てました。
ただ、その間に阿久悠作品で1位となったのは、沢田研二「勝手にしやがれ」、ピンク・レディー「渚のシンドバッド」、ピンク・レディー「ウォンテッド」の3曲のみ。「勝手にしやがれ」と「渚のシンドバッド」が熾烈な首位争いを繰り返したのも、25週連続首位という記録を生んだひとつの要因といえるでしょうか。ちなみに、連続首位記録にストップをかけたのが、
中島みゆきが詞曲を手掛けた「わかれうた」で、中島自身初のシングルチャート1位となりました。この「わかれうた」は、のちに「悪女」「空と君のあいだに/ファイト!」「旅人のうた」「地上の星/ヘッドライト・テールライト」と70年代から2000年代まで、4つの年代にわたって中島がシングルチャート1位を獲得するきっかけの楽曲にもなりました。
「わかれうた」により、作詞家としての連続首位記録がストップしましたが、翌週にはピンク・レディー「UFO」で再び首位に返り咲いています。そのほか、1月には
都はるみ「北の宿から」や
森田公一とトップギャラン「青春時代」、2月にはピンク・レディー「S・O・S」、3月にはピンク・レディー「カルメン'77」で1位に輝いており、1977年は年間39週で首位に立つという偉業を成し遂げています。連続首位記録25週目のシングルチャートにおいては、1位の「ウォンテッド」から100位までに阿久悠作詞の楽曲が16曲チャートイン。4位に沢田研二「憎みきれないろくでなし」、9位に
岩崎宏美「思秋期」、12位に
Char「気絶するほど悩ましい」、19位に
石川さゆり「津軽海峡・冬景色」、42位に
ささきいさお「宇宙戦艦ヤマト」など、さまざまなジャンルの楽曲でヒットを生み出していることがわかります。
また、日本レコード大賞においては、大賞5曲、作詩賞7回と、作詞家としてそれぞれ最多受賞を記録。大賞の5曲は
尾崎紀世彦「また逢う日まで」、都はるみ「北の宿から」、沢田研二「勝手にしやがれ」、ピンク・レディー「UFO」、
八代亜紀「雨の慕情」と、いずれもいまなお歌い継がれる名曲として、多くの人に刻まれています。それ以外でも、
小林旭「熱き心に」、
和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」、
森進一「北の螢」、
五木ひろし「契り」、
西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」なども、輝かしい阿久悠作品として広く知られることとなりました。
そのほか、『宇宙戦艦ヤマト』関連曲(「宇宙戦艦ヤマト」「真赤なスカーフ」「ヤマトより愛をこめて」など)をはじめ、『ウルトラマン』シリーズ(「ウルトラマンタロウ」「ウルトラマンレオ」「ザ☆ウルトラマン」など)、『デビルマン』(「デビルマンのうた」「今日もどこかでデビルマン」)などのアニメ・特撮ソングや、人気キッズ番組『ママとあそぼう!!ピンポンパン』の「ピンポンパン体操」など、当時の子供たちが口ずさんでいた楽曲も数多く手掛けました。
スポーツ関連では、自身が熱狂的な野球ファンということもあって、特に野球についての楽曲を多く作詞しています。
松崎しげるの19枚目のシングルとしても発表された西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)の球団歌「地平を駈ける獅子を見た」や
宇崎竜童率いる
竜童組の4枚目のシングルにもなった福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の球団歌「ダイヤモンドの鷹」をはじめ、のちに
谷村新司も歌唱する選抜高等学校野球大会大会歌の「今ありて」や『熱闘甲子園』テーマ・ソング「ああ甲子園、君よ八月に熱くなれ」も阿久悠によるもの。冬のサッカー全国大会で耳にすることも多い、全国高等学校サッカー選手権大会中継テーマ・ソング「ふり向くな君は美しい」も、阿久悠作品です。
なにしろ5000曲以上の楽曲を生んでいますから、なかなかどこから聴きはじめればよいか頭を悩ませますが、『
阿久悠メモリアル・ソングス〜女ごころの未練でしょう』をはじめとする『
阿久悠メモリアル・ソングス』シリーズや、『
阿久悠トリビュート・スペシャルソングス〜朝日のように〜』『
地球の男にあきたところよ〜阿久悠リスペクト・アルバム』などのトリビュート作などのコンピレーションから触れてみるのもよいかもしれません。
日本の音楽史に燦然と輝く楽曲たちを生んだ阿久悠作品を阿久の誕生日に聴きながら、楽曲やそれにまつわる思い出などを語ってみてはいかがでしょうか。
(写真は、2013年12月リリースの企画アルバム『
こどもへの阿久悠〜かつてこどもだったあなたへ、そしてそのこどもたちへ』)