“6人目のストーンズ(イアン・スチュアート)”、“4人目のY.M.O.(松武秀樹)”、“5人目のスーパーカー(七尾旅人)”など、いたるところで目にする“○○人目の〜”というフレーズ。そんな中でも特に目にする“5人目のビートルズ”。ファンならともかく、そうでない人にとっては、何のことやらさっぱりと思ってしまうほどたくさんいる“5人目のビートルズ”。代表的な人をここで紹介します。
まずは、
ビートルズを支えたこの2人を外すわけにはいきません。マネージャーの
ブライアン・エプスタインとプロデューサーの
ジョージ・マーティン。 ブライアン・エプスタインは、皮ジャンにリーゼントというスタイルでライヴを行ないステージ上で喫煙もしていたビートルズに対し、「ライヴは長時間ダラダラやらない」「スーツ着用」「演奏の終わりには一礼をすること」などの規律やマナーを叩き込み、後のビートルズのスタイルを作り上げた人と言っても過言ではないでしょう。マネージャーとしての手腕も確かなもので、アメリカをはじめとする世界進出を成功させるなどしました。しかし、主にライヴ活動に心血を注いだエプスタインは、ビートルズがライヴ活動をやめた後、67年8月に死去。その後、ビートルズが崩壊への道を辿っていったことを考えると、やはりエプスタインの存在はビートルズにとって重要なものだったのではないでしょうか?
ジョージ・マーティンは、当時、ビートルズが在籍した英国EMI、パーロフォン・レーベルの責任者。デッカ・レコードで苦汁を味わったビートルズをオーディションで見出したジョージ・マーティンは、ギルドホール音楽学校で学んだ作曲やオーケストレーション、それまでパーロフォンで作り上げてきた作品などから得た手法を活かし、ビートルズに的確なアドバイスを与え、ときには演奏にも参加。アレンジ面でアイディアを出すだけでなく、ビートルズ(主に
ジョン)の口から飛び出す無理難題とも言えるアイディアをも形にして、名曲をビートルズとともに作り上げていきました。もし、ジョージ・マーティンとビートルズが出会っていなかったら……。その想像ができないほどに、存在はビートルズと一心同体。ビートルズとは、生徒と教師の関係。信頼できる大きな存在でした。あれだけ個の強いビートルズの4人をまとめあげていたこの2人、誰もが最初に思い浮かべる“5人目のビートルズ”と言えるでしょう。
元メンバーやサポートなど演奏する側では、スチュアート・サトクリフや
ビリー・プレストンなどが挙げられるのではないでしょうか。 スチュアート・サトクリフは、ハンブルク時代(1960〜61年)のビートルズでベースを担当していたジョンの美術学校時代からの親友。婚約者であったアストリッド・キルヒヘア(ビートルズに多大なる影響を与えた友人、カメラマン)の影響で、ビートルズの中で最初にマッシュルーム・カットにしたスチュアート。
ジョージ、ジョン、
ポールもそれを真似て髪型を変えたことで、ビートルズ・カット(つまりはマッシュルーム・カット)が出来上がったのでした。そんな彼は、2度目のハンブルク・ツアーの終了後、ハンブルクに残って画家の勉強をするも、脳溢血のため21歳の若さで死去。アルバム
『サージェント・ペパーズ……』のジャケットにも登場していますね。
ビリー・プレストンは、後期(末期)ビートルズの演奏をサポートしたアーティストの一人。ジョージがスタジオで偶然再会したことで、セッションに参加することになった彼の存在は大きな意味があったといえるでしょう。いつ崩壊してもおかしくなかった「ゲット・バック・セッション」(
『レット・イット・ビー』のレコードと映画にまとめられた)のビートルズ。それが彼の参加によって音に厚みが出るだけでなく、バンドがひとつになり、まとまりのあるものになったのですから、貢献度は大きいですよね。ちなみに彼は、シングル「ゲット・バック」でレコードのレーベル面にビートルズとともに名前がクレジットされ、ビートルズ最後のライヴ演奏(アップル屋上で行なわれた「ルーフ・トップ・コンサート」)にも参加した一人。昨年の死亡記事ではやはり、“5人目のビートルズ”の言葉がありました。
他に挙げるとするのであれば、ロード・マネージャーを担当していたニール・アスピノール(現・アップル代表取締役)やマル・エヴァンス。レコーディング・エンジニアを務めたノーマン・スミスやジェフ・エメリック、アルバム
『ザ・ビートルズ』ではプロデューサー代理も務めたジョージ・マーティンのアシスタント、クリス・トーマス。デビュー直前までドラムを担当していたピート・ベストや古くからの友人でアルバム
『リボルバー』のジャケットを手掛けたクラウス・ヴーアマンなども5人目の候補に挙げられるでしょう。
こうやってみてみると、その誰もが5人目にふさわしく思えてくるこの不思議さ。ビートルズに関わり、何らかの貢献(影響?)をしていれば、“5人目のビートルズ”と呼べるのかもしれません。サッカーで“12人目の選手はサポーター”と称すように、ビートルズのファンこそが“5人目のビートルズ”なのかもしれませんが。
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