こちらハイレゾ商會
第51回 カラヤンとバーンスタイン、両巨匠の余技でない名演奏
最近カラヤンとバーンスタイン、生前にライバル視された2人のめずらしいアルバムがハイレゾ化された。カラヤンは『ドイツ行進曲集』。バーンスタインは『バーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリー』である。どちらもクラシックとしてはめずらしいタイトルであるが、発売時は話題となったアルバムである。
『ドイツ行進曲集』は1973年にカラヤンがベルリン・フィルの管楽器奏者たちと録音したアルバムである。ドイツやオーストリアの行進曲を収録している。「双頭の鷲の旗の下に」とか「旧友」など、誰もが耳にしたことがある曲がいくつも含まれている。行進曲は警察や自衛隊の音楽隊、吹奏楽団が録音することはあっても、クラシックの演奏家が録音することはめずらしい。それもカラヤンとベルリン・フィルというのだから当時は驚いたものだ。
カラヤンは当時マーケット的にも絶頂期。72年に録音したヴィヴァルディの『四季』も話題となったけれど、この『ドイツ行進曲集』も耳目を集めたと思う。FM雑誌の表紙も飾ったと記憶している。しかしオリジナルLPは2枚組でとても買えない。たぶんFMで一部が放送されたので、エアチェックして聴いていた気がする。
ちなみに行進曲というとなじみが薄いかもしれないが、“大人のリスニング”にはもってこいのジャンルなのである。一曲が短いから時間をとらない。いつでも切り上げることができる。メロディは親しみやすいし、最後は盛り上がるから元気が出る。形式的な構成であるが、それが逆に作曲家の腕の見せどころとなる。ということで盆栽を眺めるように味わい深いのが行進曲だ。
その行進曲を世界一のベルリン・フィルのメンバーが奏でたのだから、極上の音色と演奏である。僕も大学の時、吹奏楽をやっていたのでいちおう経験者として書かせてもらうと、行進曲をこんないい音色で聴けること自体が驚きだ。(当たり前かもしれないが)金管はバリバリと割れないし、木管はキーキーと悲鳴を上げない。打楽器は上質なリズムを打ち続ける。
つまりベルリン・フィルのメンバーが奏でる『ドイツ行進曲集』は一級のシェフによって調理された料理のごとく“デリシャス!”なのである。それをハイレゾ、とりわけDSFで聴けるのだからたまらない。ハイレゾはアナログ感があって、どっしりと落ち着いた音である。冷凍食品を解凍したような音ではなく、まさに録音されたばかりの“デリシャス!”な音が堪能できる。
いっぽうバーンスタインの『バーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリー』は『ドイツ行進曲集』に比べれば、まだ正統的なクラシック・レコードと言える。なにより作曲者のバーンスタイン自身が初めて『ウエスト・サイド・ストーリー』を指揮したことで話題になった。
こちらはいきなりハイレゾの話に入ろう。ハイレゾでは骨太なオーケストラの音にまず圧倒される。84年のデジタル録音とは思えない肉厚な音。そのせいだろうかリズムのキレがよりダイナミック。結果、音楽的構造が強調され、ミュージカルというよりも“20世紀の現代音楽作品”という風格さえただよう。そのいっぽうで不良グループのヴォーカルがなまなましいので、“ストリート感”も漂う。高尚さと大衆さがミックスしたバーンスタインの作品らしい演奏がハイレゾで堪能できるというわけだ。
あとオペラ歌手のホセ・カレーラス、キリ・テ・カナワ、タティアナ・トロヤノスを起用したこともこのアルバムの特徴だ。メイキング映像を観たことがあるが、3大テノールのひとりホセ・カレーラスでさえバーンスタインに絞られていたほどだ。そのシーンはビートルズの映画『レット・イット・ビー』でジョージ・ハリスンがポール・マッカートニーに怒られるのと同じくらい、端から見ていて気の毒だった。そのホセ・カレーラスやキリ・テ・カナワの歌唱が、ミュージカルふうではなくオペラふうになるのも致し方ないだろう。というかそこを面白く聴いている。
カラヤンの『ドイツ行進曲集』とバーンスタインの『バーンスタイン:ウェスト・サイド・ストーリー』、どちらも大指揮者の膨大なディスコグラフィの中では余技のようなアルバムに位置するかもしれない。しかしどちらも余技ではなく圧倒的な演奏である。ハイレゾが待たれていたアルバムだ。
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////