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第52回 新ミックス×ハイレゾで『サージェント・ペパーズ〜』のスタンダードに
ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャイルズ・マーティンによる新ミックスがハイレゾで登場した。配信されたのはデラックス・アニバーサリー・エディションで、アルバムの新ミックスのほかに新たにステレオ・ミキシングされた未発表テイク集も含まれる(「ペニー・レイン」と「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の未発表テイクも含む)。
ビートルズのハイレゾといえば2009年に『ザ・ビートルズBOX USB』がリリースされたが、それはUSBというパッケージ商品であり“44.1kHz/24bit”というやや物足りないスペックであった。しかし今回は“96kHz/24bit”とスペックも十分だ。ビートルズ初のハイレゾ配信というところも今後の展開を期待させる。
ということで、さっそくハイレゾを聴いてみた。いちおう僕のリスニング環境を書いておくと、ハイレゾの再生にソニーのHAP-S1、アンプがアキュフェーズのE-370、スピーカーがB&Wの804である。
ほほう、ハイレゾはさすがに繊細で広がりのある音場である。長い間オリジナルのペッタリとしたステレオ盤を聴いてきた者としてはこれだけで驚く。ふくよかな音はアナログ感に満ちているし、さらに旧ステレオ・ミックスではありえなかった空気感さえ感じる。極端な話、1曲目の「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」でのポールの声や、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」のジョンの声など、ヴォーカルだけでも深い空間感を醸し出す。
もちろんこれはヴォーカルを中央にしたり、全体をバランスよく配置し直した、ジャイルズの新ミックス自体の効果が大きいわけであるが、当然制作も24bitで行なっているだろうから、新ミックスの姿を損なうことなく伝えているのがハイレゾだと言える。たとえばシンバルなどの減衰音が霧のように消えゆくところは、同じ新ミックスでもCDではここまで繊細でないと思うし、ほかの音にしても繊細な音の“ヘリ”は魅力である。
ハイレゾは解像度もアップしている。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」ではオーケストラが一斉に上昇する場面で、木管が音の隙間なしに音階をあげるのに苦労しているのがわかるほどだ。まあこれも新ミキシングの“さじ加減”によるものかもしれないが、そんなジャイルズの“ひと工夫”を発見する喜びもハイレゾのほうが大きいだろう。とにかく細かいところを書くときりがないほど、アルバム収録の13曲はハイレゾの旨味に満ちている。
未発表テイクのほうに話をすすめると、こちらは本編ほど作り込んでハイファイにしているわけではないが、それでも裸になった楽器音が多いせいかハイレゾの妙味を感じる部分は多い。たとえば「シーズ・リーヴィング・ホーム」のストリングス・ヴァージョンでは濃厚な音が聴ける。弦楽のゴリゴリとした音は、まるでクラシックの名門DECCAの優秀録音盤を聴いているかのようである。リンゴのドラムも細かい動きが手に取るようにわかって面白い。
以上はスピーカーによるリスニングであるが、最後にハイレゾ・ウォークマン(ソニー NW-ZX1)で聴いた感想も書いておく。ヘッドフォンのリスニングにおいて、なんといっても左右のバランスが整えられているのが素晴らしい。これだけでも『ザ・ビートルズBOX USB』に収録の『サージェント・ペパーズ〜』のハイレゾよりも聴きやすいくらい。そのうえで新ミックスのハイレゾは耳元の広がりがまた格別である。柔らかい音だから圧迫感がないのだ。
ということでスピーカーで聴いてもヘッドフォンで聴いても、新ミックスの妙味が思う存分楽しめたハイレゾであった。そもそもビートルズのアルバムでいちばんアナログ感が乏しかったのが『サージェント・ペパー』のステレオ盤だった。これはオーバーダビングを繰り返した当時の技術を考えれば仕方がないことで、それはリマスターCDでも解消しえない宿命と言えるものだった。
しかし今回の新ミックスのハイレゾは、見事なステレオ録音だった『アビイ・ロード』に迫るほどで、一躍ビートルズでいちばん音のいいアルバムになった気がする。僕はこれまで『サージェント・ペパーズ〜』のベストはモノラルのUK盤と信じていたけれど、最近は新ミックスのハイレゾを聴きいたい気持ちのほうが大きい。新ミックスがオリジナルの姿を壊さないものだけに、このハイレゾは『サージェント・ペパーズ〜』のスタンダードとして、これからも愛され続けていくのではないか。
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