注目タイトル Pick Up
ハイレゾでの入手困難が解消された長谷川きよしが今月の再発ナンバー・ワン文/國枝志郎
今月のハイレゾ・リイシューの収穫ナンバー・ワン。1949年生まれの長谷川きよしは67年、つまり10代にしてシャンソン・コンクールに入賞。プロのシンガー・ソングライターとして以後永きにわたる活動をスタートさせた。10代最後の69年7月に自作曲「別れのサンバ」のシングルを、翌8月にはアルバム『一人ぼっちの詩』をフィリップスレコードよりリリース。10月の新宿厚生年金会館での初リサイタルでサックスの王者、渡辺貞夫と共演し、その後深夜放送で繰り返し彼の音楽が紹介されたことで大ヒットとなったことは、筆者(60年代生まれ)と同じ世代なら記憶にとどめておられる方も多いのではないだろうか。幼い頃に盲目となり、サングラスとサラサラのロングヘアでしみじみと、ときにはギターを激しくかき鳴らして歌うその姿は、ヒットのおかげもあって当時の歌番組などでしばしば目にしたものであった。10代からすでに天才的なギター・テクニックと、ジャンルを超えたクリエイティヴィティを持った長谷川きよしの音楽は今なお聞き継がれ、彼自身、現役アーティストでもある。フィリップス/ヴァーティゴからリリースされていた長谷川の初期の8タイトルを、原盤を持つシンコーミュージックがオリジナル・アナログ・マスターから新たにリマスターしてハイレゾ配信したのは、じつは2014年の末のことだったのだが、そのときはクリプトンが主宰する配信サイト、HQMからのみであった。ところが2017年、HQMが配信事業から撤退したことで、長谷川きよしをはじめとして森山良子、チューリップなどの貴重なハイレゾ音源は入手困難な状況になってしまった。それが今こうしていくつかのサイトから配信され、多くの人にこの音楽が聴かれるようになったことは僥倖と言えよう。オーディエンスとの親密なやりとりが楽しいライヴ盤もおすすめだが、やはりまずは「別れのサンバ」が収録されたファースト『一人ぼっちの詩』におけるストリングスやホーンセクションをともなった長谷川の天才的なギターとヴォーカルを、ハイレゾ(192kHz/24bit)で堪能してほしい。ちなみにHQM時代はPCMと同時にDSD2.8での配信もなされていたので、今後の追加を期待したいところだ。
ギター2本とささやくような男性ツイン・ヴォーカル。“狂気的に静かな音楽”という見出しがよく似合う。GREAT3のベーシストとしても活動するヤンと、天使のような美しい声を持つナオミによるデュオ・ユニットは、2014年2月に7インチ・シングル「A Portrait of the Artist as a Young Man(若い芸術家の肖像) / Time」でデビューし、ライヴを重ねるたびにファンを増やしてきた逸材だ。その最初のシングルが7インチ・アナログのみであったことは、若い彼らのこだわりを感じさせて素晴らしいなとも思いつつ、その音質のすばらしさ……録音に関わったサウンド・プロデューサーはDr.StrangeLoveの長田進、エンジニアは清水“Shimmy”ひろたかという、ふたりの現役ミュージシャンであったのでなおさらだと思うが……は、ぜひこれをハイレゾの細密サウンドで聴いてみたいと思わせるに十分なものであった。その後同年10月に出た5曲入りEP「jan, naomi are」(プロデューサー、エンジニアは7インチと同じく長田&清水)はCDとしてもリリースされたものの、その時点ではハイレゾ配信は行なわれなかったので、ライヴを堪能しつつもそこはいつも残念に思っていたし、彼らにも「ハイレゾ出しなよ」とよけいなおせっかいを伝えたりしていたのだった。そして今! やっと! このユニットの音楽がハイレゾ(「若い〜」は96kHz/24bit、「jan, naomi are」は44.1kHz/24bit)で手に入ることになったのである。じつはこのユニットとしては、キーボーディストのINO hidefumiとのコラボレーションで『Crescent Shades』という作品がDSD5.6のハイレゾリューション・サウンドで2015年3月に配信されており、当欄でも当時取り上げて絶賛したのだが、そこで最初にとりあげられていたのはデビュー7インチのタイトル・トラックだった。INOの美しいローズ・ピアノが彩りを添えたDSD版の素晴らしさは言を俟たない。しかし最小限のパーカッションを加え、ギター2本とふたりのヴォーカルだけで紡がれるオリジナル版の狂気をはらんだ静けさは、すばらしすぎて言葉を失う。
今月の注目すべきニューカマー! ドイツの名門レーベル、ECMからジャズメンとしては菊地雅章に続く日本人として2人目の契約アーティストとなったドラマー、福盛進也のデビュー・アルバムだ。1984年大阪生まれの福盛は、現在ミュンヘン在住。17歳で渡米し、ボストンの名門バークリー音楽大学を卒業してアメリカで活動後、一時の帰国を経て2013年からは「大好きなECMの本社があるから」(本人談)ということでミュンヘンに拠点を移し、“ECMから出せるような音楽をやりたい”という明確な目標を持ってピアノのウォルター・ラング、テナー・サックス / クラリネットのマテュー・ボルデナーヴとともにベースレスのトリオを結成……と書くと、なんだこの順風満帆っぷりは、と思っちゃうけど、本人の意思の力がとてつもなかったということでしょう。マンフレート・アイヒャーをも動かした彼の実力は本当にすばらしい。作曲家としても高く評価されているという福盛の自作ナンバーは全11曲中4曲(うち1曲は滝廉太郎「荒城の月」を核としたメドレー)だが、そのいずれもがドラムス、ピアノ、サックスの有機的なアンサンブルが聴けるディープな作品だ。それにしてもとりわけドラムスのパーツ、つまりキック、ハイハットやライドなどのシンバル類、スネア、タムなど、それぞれ特徴的な楽器類の最高のパフォーマンスを発揮できるように書かれたスコアが目に浮かんでくるような響きが衝撃的。これはもちろんマンフレート・アイヒャーと福盛の方向性の一致がもたらしたすばらしさ以外のなにものでもないだろう。このコンポーズ能力とエンジニアリングの幸せな邂逅がこのアルバムをすばらしいものとした。そうしたスコアが眼前に現出するという意味で、これはハイレゾ(88.2kHz/24bit)で聴くべき一枚と言えるだろう。もちろん、本人が作曲した作品以外のウォルター、マテューというふたりのメンバーの作品も最高だし、また宮沢賢治や滝廉太郎、小椋佳やソウル・フラワー・ユニオン(中川敬&山口洋)の「満月の夕」のカヴァーなど、日本人としてのアイデンティティを表明するようなカヴァー作品も大きな聴きどころだ。
ハイレゾ配信では定評のあるUNAMAS/沢口音楽工房からの新作は、ジャズ・トランペッター原朋直の同レーベルからの3作目(ピアニスト、ユキアリマサとのデュオ作品も含めれば5作目)となるアルバムである。過去作ではPCMで192kHz/24bitもしくは96kHz/24bitというスペックが選ばれていたが、満を持してのDSD11.2配信(PCM192kHz/24bit、MQAもあり)となったのは、今回のアルバムの特異な性格ゆえもあるかもしれない。とりあげられたテーマは“ジョン・コルトレーン”で、ユニークなのはその編成。トランペットとウッドベースのデュオなのである。金管楽器の最高音域を担うトランペットと弦楽器の最低音域を担うベースというのも特異ではあるんだが、編成に和音を出せる楽器が存在しないというのにはびっくりさせられること間違いなしだ。しかし、である。これがまさにハイレゾ(DSD、それも現在最高レベルのスペックであるDSD11.2だ)にうってつけの編成ということにあらためて気づかされた思いが強い。トランペットとベースの、その豊かな倍音同士が呼応し合って共鳴するサウンドがあまりにも美しい。トランペットがときにかすれてシューシューという息の音の背後に聞こえてくるもの、ベースの最低音近くのストリングの緩いざわめき、間違えるとノイズと捉えられかねないそれらの“振動”が、ここでは見事に“音楽”となってスピーカーから聞こえてくるのだ。もちろんPCMでもすばらしい音楽は聞こえてくる。しかしこれはやはりDSD11.2の超絶音響で体験していただきたい。付属するブックレットには詳細な録音スペックも記載されており、読み応えがある。
今月はいろいろ驚くべきリリースが続いたんだけど、これはその中でもいちばん驚いた作品かもしれない。第一家庭電器はかつて秋葉原を拠点に(本社は新宿だった)、全国にチェーン展開した家電量販店で、なかでもオーディオ、とりわけアナログプレイヤー用のカートリッジの販売では、さまざまな雑誌に宣伝を展開していたことを70年代あたりにオーディオに興味があったマニア(筆者含む)は今でも思い出すのではないだろうか。アナログプレイヤー用のカートリッジを買うと、高音質のアナログLP(スーパーアナログディスク)が付いてきたのである。カートリッジは当時まだ中高生だった筆者にはそんなにいくつも持てるようなものではなかったが、その特典となるアナログディスクの豪華なことといったらなかった。カラヤンのワーグナーとかミュンシュの幻想……それが45回転高音質LPで手に入るのである。そういった海外原盤(おもにEMI)もののほかに、自主制作ものもかなりの枚数があって、できれば全部集めたいなと思ってもそんなにカートリッジを買えるわけもなく、事実上それは無理な相談であったわけだが……2018年初頭に奇跡が起きてしまった。それらの作品が! DSD11.2で! 配信がスタートしたのである! 思わず“!”をたくさん使ってしまうほどの衝撃だったが、わかってくれる初老(笑)のリスナーはじつはかなりいらっしゃるのではなかろうか。今回はクラシックとジャズ、ポップスなどのジャンルからまずは5タイトルが選ばれている。いずれもアナログ・マスターからのDSD化であり、マスタリング・エンジニアに定評のあるJVCの杉本一家氏が起用されているのも、ハイレゾマニアには安心要素ということができるだろう。ここでは1955年の結成以来、62年(!)にわたって男性コーラスグループの草分けとして親しまれてきたデューク・エイセスの熱いパフォーマンスを8曲収録(トラックはふたつで、それぞれ4曲ずつ。アナログのA面とB面でトラックが分かれている)したアルバムを取り上げておこう。惜しくも2017年末をもって活動を終了してしまったこのたぐいまれなグループの全盛期の音源を、DSD11.2の超ハイスペックで聴き直すと、このシリーズの今後のリリースにいっそうの期待を持たずにはおれないのだ。
アナログ録音のポテンシャルの高さを再認識させられるショルティの「パルジファル」文/長谷川教通
ときどき古い時代の音楽が聴きたくなる。古典派からロマン派、近現代と、音楽のダイナミックレンジはドンドン拡大され、それにともなって感情表現もダイレクトになっている。ちょっと疲れたなと思ったら16〜17世紀のイギリスへ。ウィリアム・バードやオーランド・ギボンズの鍵盤音楽といえばグレン・グールドの名作に癒された人も多いのではないだろうか。それならオリジナルを聴いてみたい……と取り出したのが『Parthenia』というアルバム。バードやその後輩にあたるギボンズやジョン・ブルの作品をハープシコードとヴァージナルで弾いている。奏者のカタリーナ・ビセンスは古楽研究・演奏で知られたスイス・バーゼル在住の若手で、2017年には日本を訪れて演奏に加え中世ルネサンス音楽の講座も行なったようだ。
聴きどころは、ダイナミックレンジの小さな中での質感とデリケートな再現性。楽器自体の音量が小さいわけだから、耳に心地よい音量で聴きたいもの。とはいえ、再生すればすぐに気がつくが、50Hzの低い響きから20kHzを超える倍音までがしっかりと記録されている。これは再生機器にとってかなり手強い相手。“Carpe Diem”はドイツのエンジニア、トーマス・ゲルネが立ち上げたレーベルで、古楽から現代音楽まで演奏される機会の少ない室内楽作品を取り上げている。リュートの佐藤豊彦もこのレーベルの常連だ。派手さはないが、非常にレベルの高い録音だ。演奏も上質でとても美しい。チェンバロとヴァージナルの音色や響きの違い、ビセンス自身の編曲によるチェロを加えたギボンズの作品など、400年の時を経た音楽が活き活きと甦ってくる。
アレクサンドル・タローとジャン=ギアン・ケラスが組んだ……重々しいブラームスになるはずがない。この2人、とても気の合う演奏仲間。ケラスはフランス系のモントリオール生まれだが、ドイツや東欧でも学んだオールラウンド・プレーヤー。低音域でも鈍重にならず軽やかな表情が爽やかなチェリストだ。中高音域の艶やかな音色がすばらしい。それを引き立てるようにタローのクリーンで繊細なピアノが絡んでくる。彼らの演奏を聴けば、北ドイツ的暗さとか老練さなどといったありきたりなイメージなんか吹き飛ばされてしまう。ブラームスってなんと伸びやかな旋律を書いたんだろうかと認識を新たにするはず。流れるように音をつないでいくチェロ。ボウイングの柔軟さにも注目してほしい。30歳代で書いた第1番のソナタから溌剌とした表現を見出し、21年後の第2番からあふれんばかりの生命感を引き出す彼らの演奏から、とてもフレッシュなブラームス像が浮かび上がってくる。録音も優秀なので、再生するスピーカーにはぜひとも中低域の解像度の高さを求めたい。
再生したとたん「ワーッ、この音色を再現するのはたいへんだ!」と身構えた。マイスターミュージックの音源はデットリック・デ・ゲアールのマイク2本によるワンポイント録音だ。世界に十数台しかないというハンドメイドの真空管マイクで、8Hz〜200kHzまで収録するというモンスター。性能もすごいが、そのボディもモンスター級で、この大きなマイク2本を奏者から5〜6mのところに吊して収録する。じつにシンプルだ。録音は千葉県館山市にある南総文化ホールで行なわれたが、都会の真ん中のビル内にあるホールとは違って、暗騒音が少なくとてもS/Nが高い。それだけにヴァイオリンの音色はもちろん、ホールの響きが消え入る瞬間まで収録される。そこで奏でられる川田知子の無伴奏ヴァイオリン。これはいい。藝大を首席で卒業して約25年。長い時間をかけて才能を大切に熟成させ、いよいよバッハを弾く段階にまで到達したのだ。いまやピリオド奏法を無視することはできないとはいえ、モダン楽器の奏者としての立ち位置を模索し、バッハの自筆譜に立ち戻ってあくまで自分のバッハ像を追求する。精緻な表現と凛としたたたずまい。弦はガットではなくあえてスチール弦を使い、いくぶん鈍い光を放つような音色……そう、このグァルネリならではの倍音を再現したいのだ。192kHz/24bitだから100kHzまでなどとは言わないが、30〜40kHzまではほしい。オーディオファンのリファレンス音源として必携!
リサ・バティアシュヴィリにはぜひプロコフィエフを録音してほしいと思っていた。いくらテクニックがあってもプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲を弾くのは難しい。第1番の第1楽章。オケの短い序奏に続いて入るヴァイオリンの旋律。夢の世界に引き込まれるような不思議さ。これをただ美しく弾いても面白くない。バティアシュヴィリの音色にはほのかに漂うような妖艶さがあって、クラリネットとの絡み合いにもうっとりとさせられる。そうこうしていると急に雰囲気が変わっておどけた跳躍が始まる。さらには風変わりな踊りを聴かせたかと思うと、ヴァイオリンが超高音で歌ったり……。目まぐるしく変化する曲想を、バティアシュヴィリはそれぞれの性格を巧みに弾き分けながら、なんと魅力的に聴かせていることだろうか。第2楽章の超高速跳躍もすごい。さらに低弦をゴシゴシと鳴らす濁り音に蜂の羽音みたいな音色、それに金管が変わったリズムで咆吼する。ネゼ=セガンの指揮も冴えまくってヴァイオリンを後押しする。第2番もいい。アルバムの冒頭と中間と締めにそれぞれプロコフィエフの有名な作品を配置。編曲はリサの父タマーシュが担当。ロマンティックな要素と諧謔性、保守性と革新性が入り混じったプロコフィエフの魅力全開だ。
ワーグナーの「パルジファル」といえば、ハンス・クナッパーツブッシュが指揮した1962年のバイロイト音楽祭のライヴ録音があまりに有名だが、ゲオルグ・ショルティとウィーン・フィルの演奏も忘れてほしくない。1971年、72年、ウィーンのゾフィエンザールにおけるセッション録音だ。56年から80年代にかけてデッカがウィーン・フィル専用の録音会場として使ったことで有名になったが、もともとは1826年に作られた温水プールだったとか。プールを空にしてその上に床板を張って舞踏場としても使われ、ヨハン・シュトラウスがここで指揮したことでも知られている。高い天井と床下の空間がデッカ特有のブリリアントでダイナミックなサウンドを生み出したと言えそうだ。
ゾフィエンザールで録音された作品は膨大な数になるが、それらの中でも「パルジファル」は最高の音。96kHz/24bitのハイレゾリマスターによって、最上級のアナログ録音の持つポテンシャルの高さを再認識させられる。とにかくウィーン・フィルの表現力がすばらしい。オケと合唱によるステレオ音場は水平方向の拡がりと同時に深々とした奥行きも再現し、その響きが作り出すステージに歌手たちの声が浮かび上がる。その生々しさに圧倒される。主役のパルジファルはルネ・コロの輝かしい声、クンドリーの多様な性格をみごとに歌うクリスタ・ルートヴィヒの名唱、ティトレルを歌うハンス・ホッターはまさに名歌手の威厳、アンフォルタスは絶頂期のディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ……しかも場面によって歌手の音像位置は左右、前後に変化させ、キリストの聖杯伝説と中世の騎士物語をベースに、聖と俗、欲望と救済のドラマを演じていく。もっとも愚かな者あるいは弱き者こそが、俗にまみれた苦しみから解き放ち救済するのだ。全3幕、4時間を超える長丁場をいっきに聴き通すことができる。LPのようにA面&B面をひっくり返したり内周のひずみを気にしたり、CDのようにディスクを入れ換えたりする必要もない。ただし、再生機器や再生ソフトにギャップレス再生機能は必須だ。