こちらハイレゾ商會
第57回 コルトレーンの未発表録音は“正規アルバム”のような聴きごたえ
ジョン・コルトレーンの未発表スタジオ録音が発見され、ハイレゾで配信された。『ザ・ロスト・アルバム(Both Directions At Once: The Lost Album)』である。
これは1963年3月6日、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオでのセッション録音で、コルトレーン(ts、ss)のほかはマッコイ・タイナー(p)、ジミー・ギャリソン(b)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)という黄金カルテット。
録音された3月6日というのは、なんと『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』の録音の前日だ。『ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン』は『バラード』と並んで人気のアルバム。コルトレーンのバラード奏法を堪能できることから結果的に歴史的名盤になっているが、じつはレコードの売り上げを意識した“企画物”という側面もあった。
しかし今回発掘された演奏は、真っ向直球勝負のコルトレーンである。ひょっとしたら“明日はジョニー・ハートマンとバラードをやるから、今日はガンガンに演奏しようぜ”などとメンバーと話したかもしれない。1曲目のコルトレーンの未発表オリジナル曲「アンタイトルド・オリジナル11383」でソプラノ・サックスが鳴り響くや、いつもの“眩しいコルトレーン”である。
一般に未発表音源というと、ボツになった録音だから未熟な曲、演奏という印象を持つ。その種の演奏はコアなマニアなら資料として価値があるだろうが、そこまでいかないファンが楽しめるかは別問題だ。しかし「アンタイトルド・オリジナル11383」は正規曲に少しも劣らないクオリティの曲、演奏である。今回収録されたほかの曲もそう。
もうひとつ、未発表音源には音質の心配もある。しかしこのアルバムはヴァン・ゲルダーの録音らしい骨太でクッキリした音だ。モノラルなのに広がり感がある。とくにドラムは“さりげないステレオ・ミックスか?”と勘違いしてしまうほど、自然に左右に広がる。ベースも重心の低い音でガッツリくるなど迫力も申し分ない。
ということで収録曲から見ても音質から見ても、これはインパルス!から何らかのアルバム・タイトルがつけられて発売されていてもおかしくなかった音源だと思う。これほどの演奏、録音がどうしてボツになったのか理由はわからないが、今回『ザ・ロスト・アルバム』として聴けることは幸運だと思う。
ただこのアルバムには、7曲入りの通常ヴァージョンと、テイク違いを含めたデラックス・ヴァージョンの2種類あって、僕の好みではデラックス・ヴァージョンのほうがいいと思った。実を言うと、テイク違いに興味がわかない僕であるが、「ヴィリア」という曲に限っては、デラックス・ヴァージョンに収録の別テイクのほうが好きだからである。
「ヴィリア」はカヴァー曲で、オリジナルはレハールが作曲したオペレッタ『メリー・ウィドウ』の挿入歌「ヴィリアの歌」である。非常にロマンティックな曲だけれど、コルトレーンはアップテンポで演奏している。その際、コルトレーンはテイクを変えて、テナー・サックスとソプラノ・サックスでソロをとっている。
通常ヴァージョンに収められているのがテナー・サックスによるテイク、デラックス・ヴァージョンがソプラノ・サックスによるテイク。両方を聴いてみると、僕にはソプラノ・サックスで吹くほうがだんぜんチャーミングなのだ。ちょうど「マイ・フェイヴァリット・シングス」がコルトレーンの最大人気曲となったように、ソプラノ・サックスで吹く「ヴィリア」もコルトレーンの人気曲になる可能性がある(とすれば、もしこの音源が当時発売されていたら、アルバム・タイトルは『ヴィリア』だったりして)。
まあ、これはシュヴァルツコップの名唱で「ヴィリアの歌」に思い入れの強い僕だけの感想かもしれないので気にしないでいただきたい。テナー・サックス版のほうがいい、という方もおられるだろう。
あと通常ヴァージョンには、マッコイ・タイナーのピアノをはずした珍しいトリオ演奏での「インプレッション」が収録されていて、これも今回の発掘音源のウリとなっている。たしかに最後までコルトレーンひとりでやり通す演奏には圧倒されるが、その一方でデラックス・ヴァージョンに収録のピアノの入ったテイクもやはりいい。マッコイ・タイナーのピアノはいぶし銀のようで、眩いばかりに輝くコルトレーンのサックスにはピッタリと、今さらながら気づいた次第。
以上、牧野的にはデラックス・ヴァージョンに軍配を上げてしまったが、どちらにしても、これはコルトレーンの醍醐味が楽しめるアルバムだ。ぜひ音のいいハイレゾで聴いてみてください。