こちらハイレゾ商會
第58回 ヴェルディ:歌劇『オテロ』 PENTATONEの高音質で緊迫感のあるオペラに
今回のハイレゾはPENTATONEの『ヴェルディ:歌劇「オテロ」』である。ローレンス・フォスター指揮グルベンキアン管弦楽団&合唱団による2016年録音。
めっきりオペラの録音が減ったクラシック界であるが、こうやって新録音がハイレゾで配信されることは嬉しい。それも高音質で有名なオランダのPENTATONEからのリリース。PENTATONEは近年着実にオペラのタイトルを増やしているのだから心強いというほかない。
ハイレゾはWAV、flac、DSFと3つのファイル形式で提供されている。しかしクラシックとなれば、僕の場合アナログライクなDSF形式が好みなので、今回もDSFでリスニングをした。
さてヴェルディの『オテロ』。この作品はオペラファンには有名でも、一般の音楽ファンには馴染みが薄いと思う。オペラと言えばやっぱりビゼーの『カルメン』やプッチーニの『蝶々夫人』などが身近だ。カルメンや蝶々さんが歌うアリアは誰でも耳にしたことがあるくらい名曲だ。
しかし『オテロ』に有名曲はない。せいぜい「柳の歌」であるが、これも知っている人は少ないだろう。それにもかかわらず『オテロ』は大変面白いオペラなのである。とくに映像がなく“音だけで聴く”となれば、僕は『カルメン』や『蝶々夫人』以上に全曲を聴き通すのが苦にならない。
なんと言ってもシェークスピアの「オセロ」が原作なのである。ストーリーがスリリングだ。キプロス総督オテロが腹心のイヤーゴに騙され、妻のデズデモーナが不貞をしていると思い込み殺してしまうという悲劇。嫉妬や策略は現代人も抱える普遍的なテーマだ。煙草工場のジプシーの女工やナガサキの恋の物語よりも迫るものがある。
ということで『オテロ』のハイレゾである。さすが高音質レーベルのPENTATONE録音だけあって高解像度、透明感のある音である。加えてダイナミックレンジが相当に広い。僕のオーディオシステムではかなりヴォリュームを上げたが、それでも圧迫感がない。
『オテロ』のオーディオ的な聴きどころというと、一般的には第1幕冒頭の“嵐の場面”であろう。荒れ狂う弦楽器と大合唱はエンジニアの聞かせどころだ。これまで録音技術の発展とともリファレンス的な名盤がいくつか存在した。
しかし今回のハイレゾは現代の最新録音。解像度、透明感、ダイナミックレンジともナチュラルである。こうなるとダイナミックな部分よりも、オーケストラの弱音とか、室内楽的な精緻な響きで、がぜんハイファイを実感する。
その点で僕が聴きどころとしてあげたいのは最後の第4幕だ。オテロの妻デズデモーナが寝室で夫に殺されると予感し「柳の歌」を歌う。やがてオテロがあらわれ妻を殺す。最後にオテロが自分の誤解を知りみずから命を絶つまで。
この第4幕は緊迫感のある進行であるが、オーディオ的には静かなものであるから、今まではリスニングの最中、ちょっと退屈してお尻がモゾモゾ動き出していた。しかしハイレゾでは音のない余白にさえ緊迫感を感じて息を呑んだ。オペラであることを忘れて演劇の世界に入ったような気分だ。
それにしてもヴェルディはよくぞこんなに深い音楽を書いたものと思う。オテロが自分の誤解に気づき、生き絶えたデズデモーナを抱きしめるところで一瞬流れる陶酔の音楽。それはまるでワーグナーが得意とした“救済の動機”のようである。これもまたハイレゾでの聴きどころ。オペラはそのまま消え入るように終わる。