こちらハイレゾ商會
第59回 新作は“かつてのポール風”の名曲が並ぶコンセプト・アルバム
ポール・マッカートニーの『エジプト・ステーション』は『NEW』から5年ぶりとなる新作だ。振り返れば『NEW』のあたりからハイレゾが注目を浴び始め、一般の人にも興味を持たれるほど人気となった。今ではCDと同時に配信されることも珍しくない。今回もさっそくハイレゾで聴いてみた。flac 96kHz/24bitの高音質である。
ハイレゾには目がないと言っても、やはりビートルズ・ファンである。まずは新作がどんなアルバムか気になる。ポールは『ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード〜裏庭の混沌と創造』(2005年)、『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル 』(2007年)、『NEW』(2013年)と着実に調子を上げているから期待してしまうのだ。
はたして『エジプト・ステーション』は予想した以上の出来だった。ビートルズ風と言われた前作『NEW』よりさらにクオリティが高い。前作がビートルズ風だとしたら今回は“かつてのポール風”と言うべきか、全盛期のソロ時代、ウイングス時代を連想する瞬間が多くあった。
アルバムは駅の効果音である「オープニング・ステーション」と「ステーションII」で囲まれ、70年代の『ラム』や『バンド・オン・ザ・ラン』のようなコンセプト・アルバムを思い出させる。クライマックスの「ディスパイト・リピーティッド・ウォーニングス」も「バンド・オン・ザ・ラン」みたいに曲調が次々と変わる構成で“かつてのポール風”。最終曲「ハント・ユー・ダウン/ネイキッド/C-リンク」にいたってはビートルズ時代からポールが得意としたメドレー形式。いずれもドラマチックだ。
全体を見ると、先行シングルの2曲が収められた前半より、アルバム後半の方がいい曲が並んでいるような気がする。「ドミノズ」とか「ドゥ・イット・ナウ」などはウイングス時代なら“隠れ名曲”となってもおかしくない。
不思議なもので曲がいいとポールのヴォーカルも輝いて聞こえる。アルバムの最初こそ年相応に聞こえるのだけれど、トラックが進むにつれ、艶が出て、若返っていくよう聞こえるのは錯覚だろうか。「ピープル・ウォント・ピース」ではバック・コーラスがリンダのように感じた。
ということで『エジプト・ステーション』はここ3作というか、『タッグ・オブ・ウォー』以降でいちばん気に入ったアルバムとなった。僕はスピーカーとポータブル・プレーヤー+ヘッドフォンの両方でハイレゾを聴くが、ヘッドフォンのリスニングはいくらハイレゾでも曲がよくないと退屈になりがちだ。その点『エジプト・ステーション』はヘッドフォンで聴いても飽きない。サラウンドで聴きたい欲求さえ起こったのだから、これは名盤となる確率が高いのではないか。
ハイレゾの話に移ろう。ハイレゾの音はエッジを硬くしないで、温もりのある音をキープしている感じだ。ローエンドからガッツリと鳴るサウンド。その一方で、シンバル系やアコースティック・ギターの音はキラキラと黄金の羽のように舞う。バランスの良い音作りだと思う。
ハイレゾは今や作る側も聴く側も自然体になった感があり、高音質も当たり前と思う自分がいるわけだけれど、それでもハッとする瞬間に出会うことがある。今回いちばんの聴きどころはポールのヴォーカルだった。ヴォーカルの周りの空間ごと切り取ってきたかのようなオーガニックな空気感である。「アイ・ドント・ノウ」のようなピアノ伴奏から始まるバラード曲で味わうことができる。
来たる10月末にポールは来日する。普通コンサートで新作を演奏すると“息抜きタイム”となってしまうけれど、『エジプト・ステーション』の曲なら盛り上がるだろう。「ヘイ・ジュード」のかわりに「シーザー・ロック」でも興奮しそうだ。アンコールの定番「ジ・エンド」のかわりに「ハント・ユー・ダウン/ネイキッド/C-リンク」なんてどうか。どうせならアルバム全曲の再現ライヴでも面白いかもしれない……。そんなことを妄想しながら『エジプト・ステーション』のハイレゾを聴きまくっている。