[こちらハイレゾ商會]第61回 “ホワイト・アルバム”を初めて聴いた時の感動が蘇る新ミックス
掲載日:2018年11月13日
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第61回 “ホワイト・アルバム”を初めて聴いた時の感動が蘇る新ミックス
絵と文 / 牧野良幸
 ビートルズの『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』が50周年記念ということで、ジャイルズ・マーティンによる新ステレオ・ミックスでリリースされた。
 ハイレゾではFLAC 96kHz/24bitによる“スーパー・デラックス”と“デラックス”が配信。“スーパー・デラックス”は本編のほかに、ジョージの自宅にメンバーが集まって録音した“イーシャー・デモ”、アウトテイク集“セッションズ”を収録。全107トラックという膨大なもので、それらが全部ハイレゾ! 素晴らしい。“デラックス”のほうは本編と“イーシャー・デモ”である。
 ということで、さっそく“スーパー・デラックス”のハイレゾを聴いてみた。
 ジャイルズ・マーティンの仕事ぶりは、昨年の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の新ミックスに好感が持てたので期待が高かったのだが、今回の“ホワイト・アルバム”は期待以上だった。
 昔から“ホワイト・アルバム”はビートルズの中では独特の音質を帯びていたように思う。ジョージ・マーティンが制作したわりには乾いた肌触りというか。それが白いジャケットとあいまって、枯山水の世界のようにストイックに思えたものだ。
 これは最初に聴いた東芝のステレオ盤LPの音がそういう傾向だったからだ。オリジナルUK盤LP(モノラル)はもっと豊かな音であったとあとで知る。その後、CD、ハイレゾの『ザ・ビートルズ USB』と“ホワイト・アルバム”を聴き続けてきたわけだが、今回の新ミックスは間違いなく、これまで以上にアルバム全曲が生まれ変わっている。
 まず音が艶やかに、そして柔らかくなった。最初の「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」を聴いただけで、各楽器の溶け込み方や音像が違うのを実感する。基本オリジナルの配置を壊さないようにしつつも“違うミックス”というのがすぐにわかる。これは一例にすぎず、アルバムは曲ごとにふさわしいミキシングが施されて、その変貌ぶりに驚く。
 とくに底上げが顕著なのが弾き語り、アコースティック系の曲だ。ジョンの「ジュリア」やジョージの「ロング・ロング・ロング」は、旧ミックスではドライフラワーのように朽ちそうな音色に雰囲気があったのだが、今回は凛として、一輪挿しのような存在感を持った。
 「マーサ・マイ・ディア」や「ハニー・パイ」は、エレクトリック系の曲と対等なほどに構築感が出た。「ハニー・パイ」などはバックのジャズ・バンドが息を呑むくらい豊かな音だから、皮肉にも狙いとしたレトロ調さえ薄れそうである。守ってあげたい名曲「アイ・ウィル」もたくましくなった。
 エレクトリック系はどうかというと、全体でパワー・アップ。へヴィなベースはこちらの首根っこを掴むような今風の重低音を帯びたものの、どちらかというと、ハードなサウンドの中に繊細さを垣間見せてくれるようになったと言うべきか。「バースデイ」や「ヘルター・スケルター」ではハード・ギターは和音を感じるようになり、ギターに隠れがちだったバック・コーラスが綺麗な音で対抗する。
 その中で僕が今回のベスト・トラックとしてあげたいのが「レボリューション1」だ。新ミックスではブラスがステレオになり広がる。またバック・コーラスもステレオになり、大々的にフィーチャーされる。まるでビートルズがコーラス・グループになったかのように“パウ、シュビ、ドゥ、ワ”が前面に。ジョンのヴォーカルも広がり感を増した。
 こういったバック・コーラスや、ストリングス、ブラスの伸ばしのハーモニーが綺麗なことが、今回の新ミックスを聴いていちばん気に入ったところで、これはハイレゾでの聴きどころではあるまいかと思う。あとシンバルの音の減衰や薄い鳴り方にもゾクっときた。こいう音はジャズのハイレゾでよくお目にかかるけれど、まさか“ホワイト・アルバム”でこういう体験ができるとは。
 この調子でオリジナルの30曲、すべての変貌ぶりを書けるほどに、今回の新ミックスは劇的で、ある意味わかりやすい。ミュージック・コンクレートの「レボリューション9」でさえ、豊かな音になってテープの逆回転や早回し部分の“キレ”がいいのだから。
 今回の新ミックスによって“ホワイト・アルバム”を再び新鮮な気持ちで聴けるようになったことを喜びたい。昔から“何度聴いても飽きないレコード”と言われてきた“ホワイト・アルバム”だが、正直50年も経つと(僕の場合は1972年からだから46年)、聴き飽きたとは言わないまでも感動が薄くなっていたのは事実だ。今回の新ミックスでは、それこそ一曲一曲に初めて聴いた時のような感動が蘇る。ハイレゾは新ミックスの全貌が聴けるものとして貴重だろう。
 最後に本編以外にも書いておく。
 “イーシャー・デモ”は弾き語りの“デモ”と言いながらも、キチンと歌われて聴きごたえがある。ハイレゾではアコースティック・ギターの倍音が豊かに響くから、4人が自分の部屋に来てデモを聞かせてくれているかのようだ。ヴォーカルが重ねてあるところが完成度を高めていて、それでうまくステレオ感を出している。
 “セッションズ”のアウトテイク集も面白い。曲づくりが凝っている分、初期や中期の楽曲よりアウトテイクも貴重だ。オリジナルより染み入るヴォーカルを聴けることもあれば、完成版に遠い状態のものまであって興味深い。
 何よりメンバーの肉声が聞けることが嬉しい。4人の関係が悪化してソロ作品のように録音されたと言われる“ホワイト・アルバム”のセッションだが、ここで聴くかぎり、ビートルズはまだ仲のいいバンドであるかのように思える。なんといっても「グッド・ナイト」(テイク10)では、リンゴのバックで、ジョン、ポール、ジョージがハーモニーをつけているのだ。涙もののテイクだろう。



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