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第71回 シェーンベルクの「清められた夜」がロマンティックに響いたハイレゾ
シェーンベルクの「清められた夜」(「浄められた夜」や「浄夜」とも呼ばれる)は、1899年に作曲された作品である。
その時シェーンベルクはまだ25歳という若さだ。シェーンベルクが20世紀のクラシック音楽に多大な影響を及ぼした無調音楽や十二音技法を開拓するのはまだ先のこと。この時代の若きシェーンベルクは19世紀ロマン派の影響下にあり、「清められた夜」にもワーグナーやブラームスの影響が見られるという。
確かに「清められた夜」は後期ロマン派の影響を受けた濃厚な音楽である。しかしこの曲から感じる印象は、ロマン派に抱く一般的な印象とはだいぶかけ離れたものだと思う。
僕が初めて「清められた夜」を聴いたのは、20歳をすぎた頃で、ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの弦楽合奏版のレコードだったと思う。
初めて聴く「清められた夜」は、ロマンティックというよりもエキセントリックな感じがした。あたかも昔のサイレント映画――それも悲劇――の劇伴音楽のように、悲痛な叫びが充満しているようで、少々怖くなったほどである。
シェーンベルクの作品は初期の調性のある曲でも強烈だ。甘ったるいメロディを期待するととんでもないことになる。後期ロマン派というより“世紀末の音楽”と言ったほうがしっくりくるかもしれない。笑われるかもしれないが、最初僕はその閉塞感や圧迫感から「清められた夜」を無調音楽と思っていたくらいだ。
もっともシェーンベルクが「清められた夜」の題材としたリヒャルト・デーメルの詩を読むと、そういう印象を受けるのも当然と言える。デーメルの詩の内容を簡単にまとめるとこうである。
月の下、男と女が林の中を歩いている。
女は男に、別の男性の子を宿していることを告白し悲しみにくれる。
しかし男はそれを許し、自分の子として産んでくれるよう願う。
二人は口づけをかわし、澄みきった月明かりの夜を歩いていく。
なるほどこれを読めば、最初の沈鬱な響きもわかる。そのあとのエキセントリックな部分もわかる。そして最後にようやくあらわれるロマンティックな旋律の意味もわかる。それでも「清められた夜」は暗いなあという印象は、なかなか拭えるものではなかった。レコードやCDでは音そのものは良くても空間がぺったりして、どうしても圧迫感を受けた。
しかし今回「清められた夜」をハイレゾ で聴いてみて、ようやくこの曲の印象が変わったのだった。
収録されているのはオリジナルの弦楽六重奏版。演奏はマティアス・ストリングス。これはヴァイオリンの齋藤真知亜を中心に、NHK交響楽団の弦楽器奏者で構成されたアンサンブルだ。
レーベルはワン・ポイント録音で高音質のハイレゾをリリースしているマイスター・ミュージック。ファイル形式は一般的なWAVやflacだけでなく、DSF(11.2MHz)、WAV(384kHz)まで用意されている。
残念ながら、僕の再生環境ではflac(192kHz/24bit)でのリスニングだったけれども、なかなかの高音質だった。
ハイレゾだから弦のゴリゴリ感は申し分ない。倍音を含んだ豊かな響きも素晴らしい。しかしいちばん気に入ったのは空気感だ。楽器音のまわりに空気感が感じられて、音場の風通しが良くなる。
そのおかげで「清められた夜」がこれまでになく聴きやすかった。シェーンベルクの書いたロマン派的で美しい部分がすごく耳に入るようになったのである。
こういう「清められた夜」を20代の頃から聴きたかったと思うのだが、それは無理な相談だろう。しかし今後もハイレゾで曲の印象が変わることがありそうなので楽しみだ。
最後に、あわせて収録されているブラームスの弦楽六重奏曲第1番についてもふれておく。こちらは「清められた夜」と打って変ってブラームスらしい朗々とした響き。弦楽器の鳴りっぷりがいい。ヴィオラとチェロが2本ずつだから、中域から低域の音が厚いところもハイレゾで映える。「清められた夜」の後に聴く曲としては、ベストなカップリングだ。