[こちらハイレゾ商會]第78回 シナトラの異色作にして名作『ウォータータウン』
掲載日:2020年4月14日
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こちらハイレゾ商會
第78回 シナトラの異色作にして名作『ウォータータウン』
絵と文 / 牧野良幸
フランク・シナトラの『ウォータータウン』がDSDで配信された。『ウォータータウン』は1970年の作品で、シナトラの異色作品だ。
第二次大戦中に全米を熱狂させたシナトラも戦後には人気が衰える。しかしシナトラはスランプを乗り越えると、キャピトルから良質のアルバムをリリースしていく。映画にも出演した。エルヴィス・プレスリーやビートルズが世界を席巻した50年代、60年代においても、シナトラは根強いファンの支持を得ていたようだ。
しかしそんなシナトラをもってしても1970年の『ウォータータウン』は受け入れられなかったらしい。売り上げは良くなかったという。この翌年シナトラは引退を発表。幸いにもすぐにカムバックしてその後も歌い続けることになるが、音楽ファンにこのアルバムの事が十分に伝わっていたとは思えない。
恥ずかしながら僕も今回のハイレゾ配信で初めて『ウォータータウン』の存在を知った。しかし聴いてみたらすごくいい。なぜ今まで出逢わなかったのか不思議なくらいだ。
『ウォータータウン』は妻に去られた男の想いを歌うコンセプト・アルバムである。
1曲目の「Watertown」。ウォータータウンで列車を待つ男のことが歌われる。機関車の音が効果音として使われるところなど、この頃のロックやプログレの手法が取り入れられている。
アルバムの曲はフォー・シーズンズのボブ・ゴーディオと、シンガー・ソングライターのジェイク・ホームズ(2010年にレッド・ツェッペリンの「幻惑されて」を盗作と訴えた事でも有名)のコンビによるもの。シナトラにとってアレンジャーは切っても切れない関係で、シナトラがどうしてこのコンビを起用したのか僕は詳しくないけれど、当時台頭していたハードなロックに対抗するという事で一致したのかもしれない。
2曲目からもシナトラは悲しい男の物語を切々と歌っていく。タキシード姿で歌うシナトラではなく、ツイードのジャケットで歌うシナトラを思い浮かべるくらい親密だ。フックを利かせてスウィングするシナトラ、「マイ・ウェイ」を歌うシナトラもいいが、ロックに足を踏み込んでしみじみと歌うシナトラもいい。
シナトラの歌い方は英語が苦手な僕でも聴き取れるほどに発音が明瞭だから、歌詞がわかりやすい。歌われているのは短編小説のような世界だ。まるでポール・サイモンがサイモン・アンド・ガーファンクル時代に書いた曲のように映像が思い浮かぶものばかりである。
歌詞だけでなくサウンドも60年代末のロック調なので、それがソフト・ロックのアルバムと言われる由縁かもしれない。たしかにドラムの音など当時のロック風であると思う。とは言ってもオーケストラもふんだんに使用されているから、現在の感覚なら普通のヴォーカル・アルバムだろう。
シナトラは歌い続ける。男は過去を後悔し妻への変わらぬ愛を持ち続けている。「Elizabeth」はスタンダードになりそうなバラードだし、「What's Now Is Now」はヒット曲になりそうなほどキャッチーである。
最後は「The Train」。明るく希望に満ちた歌だ。男は間もなく到着する列車を待っている。雨に濡れていることも気にしない。あの列車に妻が乗っているのを確信しているのだった。男の未来はシナトラの歌声を聴いた我々がそれぞれに思い描くことになる。
かくしてコンセプト・アルバムが見事に完結した。60年代、70年代のロックが好きな方には「マイ・ウェイ」以上にストライクなアルバムだろう。さすがに同年作のサイモン・アンド・ガーファンクル『明日に架ける橋』やピンク・フロイド『原子心母』と同列にとは言わないが、ロック/ポップス・クロニクルのどこかに入れてもいいのではないかと思う作品だ。もちろんジャズ・ファンにはシナトラの異色作として不滅だろう。
この貴重な作品をハイレゾ、とりわけアナログ・ライクなDSFで聴けるのは嬉しい。音は当時のステレオらしく左、中央、右に楽器が置かれる音場。それがまた当時の空気感を伝える。ハイレゾではシナトラのヴォーカルが中央から柔らかく広がるのが聴きどころ。温もりのあるヴォーカルだ。ギターやオーケストラの音もアナログ・レコードのような温かみがある。何度でも聴きたくなるハイレゾだ。



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