こちらハイレゾ商會
第81回 藤田恵美『ココロの時間』を聴いて、幸せな時間を過ごす
藤田恵美のニュー・アルバム『ココロの時間』がハイレゾで配信された。藤田恵美は音楽ファンのみならずオーディオ・ファンにも人気のアーティストだ。日本だけではなくアジアにもたくさんのファンがいる。
そんなファンにこたえるように今回も高音質なハイレゾが提供されている。flacとWAVは96kHzと192kHzの2種類が。そしてDSFは5.6MHz。同じDSF(DSD)でもSACDの2.8MHzを上回る5.6MHzなのだから注目だ。
とは言っても『ココロの時間』は音質だけでなく収録曲も注目である。今回は邦楽をカヴァーした。70年代の曲が多く、オーディオ・ファンの年齢層を考えるとストライクな選曲である。
タイガースのジュリーが沢田研二としてソロ・デビューした「君をのせて」(1971年)。兄弟デュオ、ビリー・バンバンの「白いブランコ」(1969年)。日産スカイラインのテレビCMで使われたバズの「ケンとメリー〜愛と風のように〜」(1972年)。そして井上陽水の「帰れない二人」(1973年)。これはシングル「心もよう」のB面に収録された忌野清志郎との共作だ。
いずれもフォーク・ブームの頃の名曲である。タイトルを見ただけで自分の若かりし頃、というかまだ中学生・高校生だった少年の頃の姿が目に浮かぶ。
さらに山下達郎の歌うナイアガラ・トライアングルの「パレード」(1976年)や、ブレッド&バターの「あの頃のまま」(1979年)といったニューミュージック系の曲も含まれる。こちらは文字どおり“あの頃”の青春時代を思い出す曲だ。
ただ当時はまず「洋楽ありき」だったから、邦楽は耳に入れば聴く程度だった。
しかしそんな僕も今では「邦楽ありき」の人間になったのだから驚く。変わったのは音楽だけではない。映画も今は邦画のほうが好きだ。テレビはNHKのニュースと相撲中継しか観ない。食べ物は羊羹が好きになった。つまり昔の年寄りがやっていたことを自分もやり始めた。これが年齢を重ねるということか。
もちろんハイレゾという最先端のオーディオを聴いているのだから、まだまだ好奇心は衰えていないつもりだ。その点では十代の頃にツートラ・サンパチに憧れていた“あの頃のまま”である。あまり悲観してはいない。
前置きが長くなった。さっそく『ココロの時間』を聴いてみよう。聴いたのはDSF(5.6MHz)である。
最初は下田逸郎のカヴァー「セクシィ」(1974年)。アコースティック・ギターをバックに藤田恵美のヴォーカルがゆたかに浮かび上がる。DSFで聴いたせいかもしれないが、優しい歌い方なのに音質はがっしりとして安定感がある。
描写も素晴らしく、フレーズに合わせてニュアンスが変わるところも伝えてくれ、ヴォーカルそのものが小世界になる。それをベースがそっと支え、ヴァイオリンが入ってくる。余白のある空間が高音質を引き立たせる。続く沢田研二のカヴァー「君をのせて」も同様だ。
バンドで演奏する曲もいい。ビリー・バンバンの「白いブランコ」やナイアガラ・トライアングル(山下達郎)の「パレード」、スピッツの「チェリー」(1996年)がそうだ。ドラムスやエレクトリック・ギターが加わり賑やかになる。
バンド演奏でもアコースティックな響きだから、オーディオ的に聴きどころばかりである。「パレード」では、ヴィブラフォンやトランペットのソロでハッとする。空気感のある余白から生々しい音が現れるのだ。
高橋結子のドラムも、ブラシを使っているのだろうか、バサッ、バサッというアタックの柔らかいスネアが心地よい。シンバルやハイハットを抑えたドラミングも曲に合っていてる(ミックスで調節したのかもしれないが)。
いい感じと言えば、サビで藤田恵美のバックコーラスを重ねた部分も好きだ。「白いブランコ」なら“日暮れはいつも〜”というところ。ここはウルウルするしかない。
どの曲も表現力を感じる藤田恵美のヴォーカルであるが、TOKYO MOOD PUNKSの「水曜の薔薇」(2008年)では彫りの深い歌唱が歌詞の世界を強く描き出す。玉置浩二の「プレゼント」(2005年)でも芯の強い歌唱力を感じた。こういった曲を聴くと、このアルバムが懐かしのメロディを歌った癒しのアルバムで終わっていないことを知る。
いい音楽をいい音で聴く。それがオーディオファンには幸福である。その意味で『ココロの時間』は幸せな時間を過ごせるアルバムだ。