[こちらハイレゾ商會]第100回 ピンク・フロイドが一挙ハイレゾ化!『狂気』を聴く
掲載日:2022年2月8日
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第100回 ピンク・フロイドが一挙ハイレゾ化!『狂気』を聴く
絵と文 / 牧野良幸
2021年のハイレゾ界で最大の話題だったのがピンク・フロイドのハイレゾ配信だろう。1967年のデビュー作『夜明けの口笛吹き』から1983年の『ファイナル・カット』までのアルバム、さらにそれ以降の新生ピンク・フロイドのアルバムもたくさんハイレゾ配信されたのだ。あの“牛”も“空飛ぶ豚”も“ポップな壁”も、みんなハイレゾで出たのである。
ピンク・フロイドの高音質化は遅れた。『狂気』こそ2003年にSACD化され、“さすがピンク・フロイド、SACD化に一番乗り!”と狂気ならぬ狂喜したのだが、その後が続かなかった。2011年に『炎~あなたがここにいてほしい』がSACDで出たくらい。近年ボックス・セットに高音質盤が含まれていたが、アルバムとしての高音質化は進まなかった。
『原子心母』や『ザ・ウォール』の高音質はまだか、と待つ間に18年も過ぎてしまったのである。幸い50歳を超えると年齢を重ねても実感がないので気にしなかったが、よく考えたら18年というのはとても長い期間だ。その間にライバルだったEL&P、キング・クリムゾン、イエス、ジェネシスらの高音質盤は全部出そろってしまっただけに、高音質界でのピンク・フロイドの不在は大きかった。
しかしそれも過去の話となった。ようやくハイレゾ配信で出揃った。『原子心母』『おせっかい』『ザ・ウォール』などを24bitで聴ける。今回はその中で『狂気』を取り上げよう。ハイレゾはflacで96kHz/24bitと48kHz/24bitの2種類が用意されている。
冒頭の心臓を思わせる鼓動で低音のチェック。エフェクト音による導入部「スピーク・トゥ・ミー」で空気感を確かめる。そして本格的な演奏が始まる「生命の息吹き」で音圧などを確認する。
やはりハイレゾはいい音である。音の厚さや解像度、空気感は申し分ない。『狂気』はもともと音がいいので、どこがいいと部分的に述べることが難しく、また書いてもきりがない。
ただハイレゾでは押し出しの良さが印象的だった。楽器とかエフェクト音がレイヤー状に広がってくる。2chだがサラウンド感をともなって前方に広がる(矛盾している言い方かもしれないが)。ずっと聴いていたくなる音だ。
それにしてもいつ頃から『狂気』を高音質アルバムとして聴くようになったのか。少なくともレコードが発売された時は音質よりも興奮するプログレとして魅惑された。それまでピンク・フロイドを聴くのに必要だった、ある種の苦行がいらなかったから何度もターンテーブルにのせた。サンタナの『キャラバンサライ』と同じような感覚で聴いていたのだから、『狂気』は通常のロックやポップ・ミュージックまで飲み込んだ新たなプログレだったのだろう。
しかしオーディオ・マニアの心が疼かなかったと言えば、それも嘘である。高校一年生の“オーディオ小僧”でも音の良さは十分に感じた。ステレオはビクターの家具調4チャンネルで、コンポーネントではなかったから偉そうに言えないが、それでも『狂気』からは音が良くなった70年代ロックの中でも別格の高音質を嗅ぎ取っていた。ロックのことを熱烈に語り合っても、オーディオについて語り合う友人がいなかったから、音質への感動は心の奥にしまわれたのかもしれない。
昔話はこれくらいにして、ハイレゾに話を戻そう。
オーディオ・チェックの最初の山場、「タイム」での有名な時計の音に圧倒されたあとは、やはり音楽の展開に引き込まれる。そして昔はレコード盤をひっくり返して気分を新たにして聴いた「マネー」。小銭がジャラジャラ鳴る効果音とか、キレのいいベースで再びオーディオ・チェックをする。
「アス・アンド・ゼム」からいよいよクライマックスだ。「望みの色を」では最初に書いたようにレイヤー状に広がる音場がハイレゾならでは。発売から50年近く経っても『狂気』のクライマックスは最高で、オーディオ・チェックをしつつ音楽にも感動した。やはり『狂気』は名盤だった。
最後に他のアルバムの印象も簡単に書いておく。『原子心母』はアナログ・レコードよりも音に厚みが増したと思う。これまでプログレを代表する名盤と言われながら、音質面で『狂気』に聴き劣りをするハンディがあったが、ハイレゾではそのハンディを感じない。長丁場のタイトル曲も飽きない。
『ザ・ウォール』。ピンク・フロイドというよりロジャー・ウォーターズの世界観が強かったこの作品も、ハイレゾで聴くと、ちょっとニュートラルになり聴きやすい。プログレは音質がよくなると曲の印象も変わるのだ。ピンク・フロイドで気になっていたアルバムがあるなら、ハイレゾで聴いてみることを勧めたい。



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