[注目タイトル Pick Up] イーヴォ・ポゴレリチの誰にもまねのできないショパン / 笙をマーシャルアンプにぶち込み電化、血を吸うカメラが五感を刺激する
掲載日:2022年3月22日
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注目タイトル Pick Up
イーヴォ・ポゴレリチの誰にもまねのできないショパン
文/長谷川教通

 イーヴォ・ポゴレリチによる最新録音。プログラムはオール・ショパンだ。1995年のドイツ・グラモフォンに録音した「スケルツォ」以来のショパンとなる。録音は2021年8月~9月、オーストリアのライディング、フランツ・リスト・コンサート・ホールで行なわれた。ポゴレリチはこのホールの響きがとても気に入っているようだ。まずは「夜想曲」作品48の1。冒頭のF、Gの音が沈黙を破るかのように耳に飛び込んでくる……魂の入った音。これは普通の演奏じゃない! と聴感の感度をめいっぱい上げて聴く。遅いテンポ、独特の間の取り方、強弱の付け方……ポゴレリチならではの個性が全開だ。しかし、彼自身は変わった演奏をしようなどとは考えていない。作曲家の意図するところを徹底的に読み取り、いかに弾くべきなのか、努力して練習して、自分が納得できる正解を求め続ける。それができてこそ音楽が聴き手に届くのだ。自分が変化すれば、音楽も変化する。若き日の輝かしいポゴレリチはたしかにすごかった。でも今のポゴレリチはまったく別の境地で音楽と向き合っている。「幻想曲」作品49は意味ありげな左手の和音と何気ない雰囲気で旋律が動いていくが、一転して中間あたりからの低音域のものすごい和音の連打。低弦の金属音がビーンビーンと容赦なく重なって鳴り響く。強烈な意思の力が聴き手を襲ってくる。年齢を重ねてポゴレリチの輝きはくすんできたなどという人もいるが、とんでもない。そしてピアノ・ソナタ第3番。テンポはつねに伸縮し、強弱の差が大きく、音楽は自由自在に変化し、右手と左手がそれぞれ意思を持って鍵盤を動き回り、微妙に意図的なずれを見せたかと思えば、劇的に出会い、また束縛を離れて飛翔する。こんな演奏はおそらく誰も聴いたことがないだろう。音楽の流れはけっして流麗であったり、圧倒的なスピード感や覇気ある切れ味で聴かせる演奏ではない。それとはまったく別の世界が、ここにはある。フレーズの一つ一つが浮き出しては沈み込み、思考し、陰りの中にあったかと思えば、いっきに輝きを取り戻し、そして再び思考する……誰にもまねのできない唯一無二のショパンなのだ。




 21世紀に入ってからの女性指揮者の活躍はめざましい。それまで「女性が指揮台に立つなんてあり得ない」とされてきたが、その高い壁を打ち破ることになったパイオニアたち。スサンナ・マルッキもその一人だと言える。1969年ヘルシンキ生まれ。シベリウス音楽院で学び当初はチェリストとして活躍し、トゥルク国立チェロコンクールでは第1位を受賞。95~98年までエーテボリ響の首席チェリストを務めている。本格的に指揮活動を始めたのは2004年頃と言われ、アンサンブル・アンテルコンタンポランを皮切りに、いっきにヨーロッパ楽壇の注目を集める。2016年からはヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めているが、2023年の任期をもって退任することになっていて、その後のポストに熱い視線が注がれている。パリでも好評で、2021年のベルリン・フィルでのバルトーク「青ひげ公の城」も衝撃的な成功、2022年1月にはニューヨーク・フィルを振ってカーネギー・ホールへデビューし、これが大絶賛。さっそくマスコミからは同オケの次期首席候補との声も……。そんなマルッキが2017年からヘルシンキ・フィルと取り組んできたシリーズがバルトークだ。第1弾が「かかし王子」と「不思議なマンダリン(中国の不思議な役人)」、第2弾の「青ひげ公の城」、そして第3弾「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」「管弦楽のための協奏曲」と続く。マルッキは現代音楽にも積極的に取り組んでおり、指揮ぶりはきちんと拍子を刻み、音をていねいに積み上げていくことで精細な響きを導き出すタイプの指揮者。オケに与える指示も明確で、微細な部分へのこだわりも半端ない。「青ひげ公の城」で、次々と扉を開けていくときのオケの色彩感、ユディット(シルヴィア・ヴェレシュ)の声に怜悧で鋭い弦が絡み合う凄惨さ。この作品にはドロドロとしたイメージを抱きがちだが、土着性とか野蛮さを超えた音楽のすごみに圧倒される。第3弾の「弦チェレ」「オケコン」でも、抜群の先鋭感でオケをグイグイとドライブしながら、ダイナミックに鳴っているのに響きの透明感を失うことがない。「オケコン」のフィナーレの迫力、管楽器と弦楽器の扱いの巧さをぜひ聴いてほしいと思う。




 ヨハンナ・マルツィが亡くなってからすでに40年以上、オールド・ファンには懐かしく、またかけがえのないヴァイオリニストの一人だ。1924年ルーマニア出身の彼女が、30歳の頃にEMIやドイツ・グラモフォンに遺したすばらしい演奏は、録音全集としてCDやLPでリリースされているが、ハイレゾで聴いたらどうなんだろうか、という期待を抱いていた音楽ファンも多いのではないだろうか。お待たせしました! とばかり、3種のアルバムを紹介しよう。まずはバッハの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全曲』。CD音源とハイレゾ192kHz/24bit音源を聴き比べる。パッと聴いただけではCD音源のほうがメリハリがあるように感じるかもしれないが、少し聴き込むと「いやいや、高音域の伸びとひずみ感が抑ええられているし、中音域から低音域の厚みとニュアンスの再現が、マルツィの表現をよく伝えている」ことがわかってくる。あきらかに微細な部分の情報量が違う。これが54~55年の録音(ロンドン、アビイ・ロード・スタジオ)か……と考えさせられる。50年代やそれ以前のモノラル録音のリマスターでは、当時に聴いていたノイズも含めた音こそがオリジナルだという意見もあるが、マルツィのように録音自体が極上で、しかもアナログ・マスターの状態も良いとなったら、できる限り落とせるノイズは落としてリマスターし、さらにていねいな調整を施すことで、ここまで鮮度の高い音質に甦らせることができるのだ。彼女がオールド・スタイルの演奏家なのは言うまでもないが、だからこそ感じられる滑らかで優しいボウイングの心地よさ、瑞々しくて美しい音色が聴き手の心を震わせる。永遠の名演と言える。
 シューベルトも当時から最上級の評価を得てられてきた演奏で、55年収録(エレクトローラ・スタジオ)だが、こちらもとても鮮度が高くて、ジャン・アントニエッティのピアノもクリアに録られている。ヴァイオリンの音色は美しく、自在な表情で歌うマルツィのスタイルが印象的で、時にはアグレッシヴに絡み合うピアノとの呼吸に聴いていて引きずり込まれてしまいそうだ。それなのにけっして上品さを失うことがない。いつまでも聴いていたい……マルツィの人気が衰えない理由だろう。
 協奏曲の録音では、いずれもパウル・クレツキ指揮のフィルハーモニア管弦楽団との共演で、メンデルスゾーンのホ短調とベートーヴェンのロマンス(1955年)、プラームスのニ短調(1954年)。いずれもキングスウェイ・ホールでのセッション録音だ。クレツキは1900年ポーランド生まれの名指揮者。ここでも手堅い音楽作りを聴かせる。必要以上に大ぶりな表現をとることなく、繊細さと大胆さが融合するヴァイオリンを支える。美しさを超えて命が躍動する音楽に時間を忘れて聴きいってしまう。

笙をマーシャルアンプにぶち込み電化、血を吸うカメラが五感を刺激する
文/國枝志郎

 この作品を配信サイトで見つけたとき、マイケル・パウエル監督による1960年の同名映画(原題はPeeping Tom)のサウンドトラックが配信されたのかと勘違いしたことを告白しておこう。あの映画ってそもそも音楽誰だったっけなとか公開時の酷評がマイケル・パウエルのキャリアを終わらせた猟奇的映画だったなとかその後マーティン・スコセッシがことあるごとに賞賛して70年代以降に再評価されたなとかはたまた大指揮者カール・ベームの息子カールハインツ・ベームが主演していたなとかフェイス・ノー・モアのマイク・パットンが同名(もちろん原題と同名ということですが)のバンドを組んで同名のアルバム出していたっけなとか妄想が頭の中を瞬時に駆け巡ったんだが、実際は全然違いました(笑)。そもそもジャケットが全然違うじゃないかと言われればまさにそのとおり。PCの画面を見ていたときには最初わからなかったのだが、ジャケットをよく見ればアウトサイダー・アートの百合百合(目から涙を流す女性の絵を描き続けることで知られる画家)によるものだった。「血を吸うカメラ」は進入禁止(インダストリアル・ノイズユニット / 三億円事件の犯人やグリコ・森永事件の犯人の指名手配写真やイラストをジャケットにして物議をかもしたりも)の別ユニット。プレイボタンを押してスピーカーから流れ出てきたのは……なんと日本の雅楽で使われるリード楽器・笙をマーシャルアンプに入力、いや、レーベルの説明によれば“ぶち込んで”電化したノイズ・アンビエント! シンギングボウルや鐘(隠れキリシタンの本物の鐘とのこと)、ゲスト参加のジェンベ(野口UFO義徳)も含めてハイレゾ(44.1kHz/24bit)サウンドが五感を刺激しまくりです。これ、案外同名映画のサントラにしてもおかしくないのでは、とすら思ったりも。このハイレゾ・ヴァージョンは全部で4曲入りだけど、CDはジェンベの野口UFO義徳とのインプロヴィゼイションが収録されていて、このハイレゾを聴いてノックアウトされた人は全員そっちも必聴。進入禁止のセルフレーベルと思われる「迷宮入り」レーベルからはこの春に人間石鹸(ホーメイやジェンベなどの民族楽器を導入したトリオ編成のトライバル・インダストリアルユニット)のアルバムも予定されており、そちらのハイレゾ配信も期待したい。震えて待つ。

 COW COWはCOBRAとLAUGHIN' NOSEという、80年代初期に関西で結成されて人気を博したパンク・ロック・バンドのメンバーだったYOSU-KO(ヴォーカル / COBRA)とPON(ベース / LAUGHIN' NOSE、COBRA)によるデュオ編成のテクノ・パンク・ユニットで、その活動歴は1992年から94年とごく短いものだったが、その間に4枚のアルバムをメジャーのポニーキャニオンからリリースして人気を博していた。93年結成のお笑いコンビCOWCOWの名前はこのユニットから取っているというのはわりと有名な話。解散後ならともかく、活動中のバンドと同じ名前を付けるというのは暴挙に近いが、やはり活動中は認められず、やむなく「横綱」を名乗ったものの、94年に本家が解散すると、ユニット名が彼らに譲渡されたという逸話がある。
 COW COWが活動していた92年から94年というのは、世界的にテクノやハウスとロックが同時多発的に邂逅を果たしていた時期であり、世界中に打ち込みやエレクトロニクスを多用したロック・テイストのユニットが数多く生まれていた。日本でも電気グルーヴやM-AGEなどといったユニットが人気を博していたが、その中でもCOW COWはパンク・バンドの現役メンバーが結成したハードコアなテクノ・パンク・ユニットとして異色であり、またそれゆえに多方面のファンを獲得していた存在だった。解散後20年を経た2014年には、全音源に未発表ライヴを加えた3枚組アルバムが発売されたりもしたが、ハイレゾ化は今回が初めてだ。
 それにしても驚愕の配信スペックである。PCMとしては最高スペックの192kHz/24bitなのだ。録音された時代や音楽のスタイルを考えたとき、これは正直オーバースペックだとも思うし、実際データを解析してみてもその思いは変わらない。だが、このスペックこそがパンクなのだ、というメッセージが……込められているかどうかはぜひ聴いて確かめていただきたい。ロック色の強まった後期よりも、意識的にエレクトロ色を濃くしたであろうファーストをまずは推薦しておこう。


 リヴァプールのネオ・サイケデリック・バンド、エコー&ザ・バニーメンのカタログが突然のハイレゾ化(96kHz/24bit)。70年代から80年代にかけてのパンク / ニューウェイヴ期を彩った名作の数々のハイレゾ化がなかなか進まない現状を打破するリリースとなってほしいし、その希望をあらためて持たせてくれる今回のハイレゾ化だ。
 結成は1978年。最初はドラマーがおらず、エコー社のドラムマシーンをリズム・セクションに起用していたことからこのバンド名になった。その後“人間の”ドラマーを迎え、ワーナー傘下のKorovaレーベルから80年にアルバム『Crocodiles』をリリース。リヴァーブを多用した空間的な音作りが特徴的なネオ・サイケ・サウンドと、ヴォーカルのイアン・マッカロクのルックスでアイドル的人気も獲得して活躍したグループだった。だがいっぽうでマッカロクの独善的な活動(徐々にソロ志向となった)もあり、87年の5作目『Echo&The Bunnymen』をもって当初のメンバーでの活動には終止符が打たれている。
 今回ハイレゾ・リリースとなったのは1枚目の『Crocodiles』から4枚目の『Ocean Rain』(1984年)までのオリジナル・アルバムと、ベスト・アルバム『Songs to Learn & Sing』(1985年)の5作品。初期からのメンバーとしては、このベストの後にバンド名をタイトルにした5作目のオリジナル・アルバムがあるのだが、どういうわけか今回のハイレゾ化からは漏れてしまった。たしかに評価は分かれるアルバムだが、初期のバニーメンがことあるごとに比較されたドアーズのレイ・マンザレクが参加していることや、ドラマーのピート・デフレイタスがこのあと非業の死を遂げたために、彼の参加した最後のアルバムになってしまったということを考えると、埋もれさせるには惜しいアルバムだと思うので、いつかはこれもハイレゾ化してもらいたいところである。
 それにしてもこれらの80年代の彼らのアルバムの先鋭的な音作りは今聴いてもやはり革新的だった。『Crocodiles』『Heaven Up Here』という初期の2枚のドアーズを彷彿させるサイケデリック感、ECMからもリーダー作をリリースしているヴァイオリニスト、シャンカールの参加も仰いで新基軸を打ち出した3作目『Porcupine』、フルオーケストラの響きがファンを驚かせた幻想的な4作目『Ocean Rain』、いずれも魅力があって飽きさせない。最初に聴くのであれば4作目までのヒット・ナンバーと1曲の新曲を加えたベスト『Songs to Learn & Sing』を推薦しておこう。ただし、このベスト盤はオリジナルと比べるとコンプレッションがキツくかかっていて、音作りがやや派手で装飾的でもある。これが気に入ったらぜひオリジナルのアルバムの静謐さをも感じさせる響きを聴いてみてほしい。

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