[こちらハイレゾ商會]第102回 大滝詠一作品がハイレゾ配信、ファースト『大瀧詠一』
掲載日:2022年4月12日
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第102回 大滝詠一作品がハイレゾ配信、ファースト『大瀧詠一』
絵と文 / 牧野良幸
大滝詠一のアルバムがついにハイレゾ化された。配信されたのはファースト・アルバム『大瀧詠一』。flacとWAVが192kHz/24bit、DSFが11.2MHz/1bit。DSFは2.8MHzも5.6MHzも飛び越えて11.2MHzでリリースというところが大滝作品らしい。
僕としては大滝詠一のハイレゾ第1弾は“ロンバケ”と思っていたので、ファーストのハイレゾ化は予想外だった。しかしご承知のように、大滝詠一ほど録音や音質にこだわった日本人アーティストはいなかった。録音技術の進歩や大滝詠一の音楽性の変化などを考えると、やはりファーストから聴くのがふさわしいだろう。
『大瀧詠一』がリリースされたのは1972年の11月だ。はっぴいえんどはその年の12月31日をもって正式に解散する。したがって、このソロ作品がバンド解散の原因になったと考えられた時期もあったらしいが、その後、大滝詠一自身の文章で事情が明らかになっている。
かいつまんで書くと、『大瀧詠一』は当初はっぴいえんどのメンバーがグループ内ソロとして出すアルバムだったらしい。一番手が大滝詠一で、その後には細野晴臣や鈴木茂のソロも出す予定だったという。しかしレコード会社に問題が起きたり、メンバー間に隙間風が吹き、結果的に『大瀧詠一』ははっぴいえんどの解散と重なった形となった。
なので『大瀧詠一』には、“メンバーははっぴいえんどのつもりで演奏していたかも”と大滝詠一がCDのライナーで書いていたとおり、随所ではっぴいえんどのサウンドが聴ける。その一方で、はっぴいえんどでは封印していたアメリカン・ポップスやビートルズ、フィル・スペクター、エルヴィス・プレスリーへの嗜好が噴出している曲もある。
つまり初ソロ作品『大瀧詠一』には大滝詠一の全てが含まれている。処女作に全てがある、という言葉どおりのアルバムだ。
大滝詠一作品では“ロンバケ”が好きだった僕も、遅まきながらハイレゾで聴いて、このアルバムの良さ、面白さを知った。大滝自身も本作を『NIAGARA MOON』『A LONG VACATION』と共に自己ベスト作にあげ、“可能性ではこれが一番”と言っているくらいだ。
ただ『大瀧詠一』が発売された頃は今日のような熱い眼差しを大瀧詠一に注いでいたわけではなかった。当時高校生だった僕は、はっぴいえんどやそのメンバーのレコードが自分の部屋にあってもファンにならなかった人間である。
当時2学年上の兄貴がはっぴいえんどや細野晴臣、鈴木茂、ティン・パン・アレーなどのLPを買っていた。兄貴は僕のステレオでレコードを聴いていたからレコードは嫌でも目に入り、兄貴に内緒でときどきつまみ食いして聴いていた。でも一度は針を落とすものの繰り返し聴きたい気持ちは起きなかった。
今思うともったいないことをしたと後悔するばかりだが、それでも兄貴が買ってきたレコードでは、荒井由実、シュガー・ベイブ、吉田美奈子、山下達郎などのレコードは何度も聴いたのだから、日本のロックへの偏見が大いにあった時期にしてはまずまずのリスナーだったとも思う。
もし兄貴が当時『大瀧詠一』を買っていたら僕は好きになっただろうか? 
その仮説は今も気になるところである。はっぴいえんどの解散記念コンサートを収録した『ライブ!! はっぴいえんど』も兄貴が買ってきて、その中の大瀧詠一とココナッツ・バンクの「空とぶ・ウララカ・サイダー」や「ココナッツ・ホリデー」には本当にぶっ飛んだのでありえない話ではない。当時の歌謡曲、フォーク、ニューミュージックのどれとも違う日本人離れした曲だと思った。“大滝詠一”という名前がポップアートのように輝きだしたのはこの時からだ。
昔話はこれくらいにして『大瀧詠一』、そしてハイレゾの話に移ろう。
1曲目の「おもい」はいきなり大滝詠一の多重コーラス。山下達郎のひとりア・カペラに馴染んでいた僕も“すでに師匠がやっていた!”と思わず身を乗り出した。
続いてアルバムは「それはぼくぢゃないよ」「指切り」「びんぼう」と続く。松本隆の日常的な世界もあれば大滝詠一の言葉あそびのような詞もある。音楽のスタイルは前に書いたように、はっぴいえんど風もあれば、はっぴいえんど風でない曲もある。
当時ならバラバラの内容と思いかねないが、時の流れは重要で、今はこのバラエティさを大滝詠一らしいと捉える。大滝詠一の世界がストレートに出ていて“ロンバケ”と同じくらいの普遍性さえ感じる。
ハイレゾの音は骨太のアナログ・サウンドといった感じだ。レコード盤の溝からガッツリと音を削り出したかのような力強さがある。70年代初頭のステレオ・ミックスらしく、はっきりとした音の塊があらわれる。デッドな音は残響の深い“ロンバケ”よりもハイレゾ映えしているかもしれない。でもジャズ風な「朝寝坊」ではクラリネットのまわりの残響が豊かで、これもハイレゾでは味わい深い。
大滝詠一は90年代のCDライナーで、このアルバムのマルチチャンネル・テープは残っておらず、2チャンネルのマスターテープしか残っていないと書いていた。その大滝が生前どこまで『大瀧詠一』の音源をブラッシュアップしていたのかわからないが、ハイレゾは大滝詠一の満足する音源に肉薄しているのではないかと思う。



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