こちらハイレゾ商會
第107回 エラ・フィッツジェラルド未発表ライヴに興奮
今回は伝説的ジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルドの貴重な未発表音源のハイレゾを取り上げる。
ひとつは『エラ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル:アーヴィング・バーリン・ソングブック』。1958年ハリウッド・ボウルでのライヴ録音だ。アメリカ・ポピュラー史に名を残す作曲家アーヴィング・バーリンの曲をライヴで披露している。演奏はポール・ウェストン指揮ハリウッド・ボウル・ポップス・オーケストラ。音楽プロデューサーであり、ヴァーヴの創設者であるノーマン・グランツのプライベート・コレクションから発掘されたものである。
もうひとつは1962年のライヴ録音『エラ~ザ・ロスト・ベルリン・テープ』。これは有名な1960年録音の『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』の2年後となるベルリンでのライヴ。こちらもノーマン・グランツのコレクションからの発掘。ベルリンでのライヴは1961年収録の音源も『エラ・リターンズ・トゥ・ベルリン』としてリリースされていた。これでエラのベルリン・ライヴ3作が出そろったことになる。
ではまずハリウッド・ボウルのライヴ、『エラ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル:アーヴィング・バーリン・ソングブック』から聴いていこう。
音質は1958年のライヴ録音とは思えないほどにヴォーカルが鮮やかである。清涼な空気感さえ感じる。ヴォーカルの後ろにハリウッド・ボウル・ポップス・オーケストラが位置するが、ヴォーカルとの適度な距離感が心地よい。
音場は同心円上に伸びやかに広がる。スピーカー間の距離が離れるほど大きな空間になり、スピーカーのグレードが高いほど深みが出るに違いない。
それにしてもエラはなんと爽快に歌うことだろう。バンドも気持ちよさそうに演奏している。アーヴィング・バーリンはアメリカン・ポピュラー・ソングの原点だけに、極上のメロディはまったく古さを感じさせない。有名な「チーク・トゥ・チーク」やパンチの効いた「プッティン・オン・ザ・リッツ」など、ハイレゾはジャズやポピュラー・ソングが最も輝いていた頃のエネルギーを伝えている。
ライヴの構成もうまい。軽快な曲とバラードを織り交ぜて聴く者を飽きさせない。エラ・フィッツジェラルドというと、ついパワフルな歌唱を思い浮かべてしまうが、バラードでの極めて女性的で繊細な歌唱も魅力である。
続いて『エラ~ザ・ロスト・ベルリン・テープ』。こちらはピアノ、ベース、ドラムスをバックにした演奏だ。オープニング曲はハリウッド・ボウルのライヴでも歌っていた「チーク・トゥ・チーク」。
こちらはコンボ演奏なので、オーディオ・マニアが好きそうなガッツリとした音になっている。でも60年代初期にありがちな左右のスピーカーへの極端なステレオではなく、センター寄りのステレオで現代風である。音質も未発表だったのが不思議なくらい良い。なんとなくアナログの雰囲気が音のエッジや空間に漂うのはハイレゾだからか。
内容はどうしても2年前に収録された名作『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』と比べてしまうが、『エラ~ザ・ロスト・ベルリン・テープ』も同じくらい楽しめる。収録曲は全17曲(「ハレルヤ・アイ・ラヴ・ヒム・ソー」はリプライスも入っているので厳密には16曲)。『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』の9曲より断然多い。
この公演でもエラのヴォーカルは圧巻で、パワフルに歌い、しっとりとバラードを披露する。「ダンケシェン」と言ったりして、ベルリンの聴衆へのサービスも忘れない。ベルリン公演も3回目とあってフランクな雰囲気が漂っている感じが伝わる。
もちろんこのライヴでも終盤にドイツの作曲家クルト・ワイルの「マック・ザ・ナイフ」を歌う。曲が始まるや歓声が起きるから、ベルリンの観衆も待ち望んでいたのだろう。アドリブの歌詞を織り交ぜながら歌うエラ。グイグイと盛り上げていくところは『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』収録の演奏と同じであるが、テンポなど細かい違いを楽しめる。
しかしライヴはこれで終了ではない。「マック・ザ・ナイフ」を歌った後、“ブルースにトライしましょう”と聴衆に告げるエラ。
このブルース「ウィー・ベイビー・ブルース」も素晴らしい。絞り出すような歌唱は、僕には(変な例えかもしれないが)レッド・ツェッペリンのロバート・プラントのブルースを聴くような迫力だ。ここでも歌詞はアドリブを交えており、“ベルリン”という言葉を入れている。最後まで聴衆を楽しませたエラ・フィッツジェラルドであった。
このライヴ2作を聴いて、あらためてエラ・フィッツジェラルドの素晴らしさを体験した。この他にもエラ・フィッツジェラルドのアルバムはたくさんハイレゾ配信されている。ぜひ聴いてみてほしい。