[こちらハイレゾ商會]第108回 ピンク・フロイド『アニマルズ』の新ミックスに大満足
掲載日:2022年10月11日
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第108回 ピンク・フロイド『アニマルズ』の新ミックスに大満足
絵と文 / 牧野良幸
ピンク・フロイドの名作『アニマルズ』の新ミックス『アニマルズ(2018 Remix)』がでた。ハイレゾでも配信されている。ハイレゾはflacで192kHz/24bit、96kHz/24bit、48kHz/24bitの3種類が用意されている。
最近の名盤復刻はリマスターから新ミックスへと流れが変わってきたようだ。リマスターも最初は新鮮だったが10年、20年続くとやはり刺激が薄れる。新ミックスの方がリスナーにとっても新鮮だ。ビートルズの新ミックスもそうだったが、オリジナルに敬意を表した新ミックスならオールド・ファンも受け入れやすい。新ミックスはこれからも増えそうである。
さて『アニマルズ』。オリジナルが発売になったのは1977年だ。この頃、プログレは時代遅れのロックになっていたにもかかわらず、アルバムは全英2位、全米3位を記録している。
たしかに『アニマルズ』は日本でもヒットしたと記憶している。豚がバタシー発電所の上を飛ぶジャケットは話題となり、人間を豚、犬、羊にたとえて社会風刺をした音楽も話題になった。ディスコ、パンク、他にもビリー・ジョエルなどの新しいロックが続々と登場した70年代後半の洋楽シーンでも埋もれなかったのだから、すごい事だと思う。
あれほど『狂気』に熱狂した僕もこの頃にはプログレは聴かなくなっていたが(なにせ今年の夏みたいに、次から次へと新しい洋楽の台風が押し寄せてきたのだから仕方がない)、『アニマルズ』には“おおー”と感激したほどである。
ヒットしたのは『アニマルズ』だけではない。続く1979年の『ザ・ウォール』もかなり話題となった。他のプログレ・バンドが生き残りをかけて迷走していた時に、ピンク・フロイドだけが大ヒットを放つことができたのは、ロジャー・ウォーターズ主導で路線変更をしたのが成功したのだと思う。『原子心母』や『狂気』の頃とは違うピンク・フロイドも支持されていたのだ。
とはいえ僕のようなオーディオ・マニアは厄介なものである。『アニマルズ』はオーディオ的には今ひとつ満足できなかった。ちょっと平面的な音に感じるのが気になった。
社会風刺を込めた歌詞は英語だから分かりづらい。音でカタルシスが味わえないとなると自然と『アニマルズ』を聴く機会は減った。オーディオ・マニア特有のこだわりが、率直に音楽に耳を傾けることを邪魔したのかもしれない。または自分のステレオ・システムが今ひとつだったのかもしれない。
LPレコードやミュージック・カセット、そのあとならCD。これらで熱心に『アニマルズ』を聴いた人からすれば、“音が気に入らないからって何を!”とお叱りを受けそうだが、これがこの40年以上の僕と『アニマルズ』の関係であった。
しかし今回の新ミックス。これは気に入りました。
新ミックスの制作はピンク・フロイドに関わっていたエンジニア、ジェームス・ガスリー。オリジナル・マスター・テープにさかのぼり新たにミックスしただけあって、平面的な感じがなくなり分離感と立体感を得た。各楽器の音が適度にほぐれている。それでいて艶かしく溶け合う音。これぞプログレ的な音場だと思う。
押し出しもいい。2曲目の「ドッグ」冒頭でのアコースティック・ギターとシンセなど、初めて聴いた時は立体的に飛び出してくるように思えたほどだ。何度も聴くとこれも慣れるが、最初はそう思った。
空間だけでなく音自体も現代的になった。多少は音圧もいじったかもしれないが、それよりも艶っぽい音がいい。一方で「シープ」での電子ピアノはとろけるように柔らかく、ドラムの音もふくよかである。
新ミックスではデヴィッド・ギルモアのギターも輝きを増した。「シープ」の後半などギルモアのぎらぎらギターの独壇場だ。“ぎらぎら”と書くか“ギラギラ”と書くかは、ハイレゾかそうでないかで違うかもしれないが、あきらかにオリジナルより気分が高揚する。
この部分はプログレというよりギター・バンドのようであるが、この音でこそ当時のピンク・フロイドのスタイルを味わえるだろう。不思議なことに新ミックスで聴くと、バンド・サウンドの中にも、かつての幻想的なフロイドを感じる(そこが昔のファンとしては嬉しい)。ピンク・フロイドのDNAはちゃんとこのアルバムにも受け継がれていたと今更ながら気づいた。
あと新ミックスではオリジナル・ミックスとは音の位置も変えてあるようだ。効果音の犬の鳴き声などは位置の違いがわかりやすい。楽器音も微妙に位置が違うところがあるかもしれない。それは聴き比べてみてのお楽しみだろう。
『アニマルズ』は『狂気』や『炎~あなたがここにいてほしい』にくらべればストレートなプログレだ。新ミックスをハイレゾで聴いてようやくその良さを実感した。これからは何度も聴くことになるだろう。こうなると欲が出て『ザ・ウォール』(こちらはオリジナルでも不満はない)や、もっとさかのぼって『原子心母』の新ミックスを期待してしまうのだが、それは今後の楽しみとして取っておこう。


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