こちらハイレゾ商會
第111回 丸山圭子、昭和の歌謡曲からシティ・ポップに
大ヒット曲「どうぞこのまま」で知られるシンガー・ソングライター丸山圭子。彼女のキングレコード時代のアルバムがハイレゾで配信された。そこで新年第1回は丸山圭子を取り上げてみたい。
配信されたのは『黄昏めもりい』『春しぐれ』『MY POINT OF VIEW』『裸足で誘って』とベスト盤『KEIKO~丸山圭子ベスト・アルバム』の5タイトル。丸山圭子がキングレコードに在籍した1976年から1978年の2年間に発表されたアルバムだ。
近年、日本のシティ・ポップは世界的に人気だ。丸山圭子もそのシティ・ポップにくくられるのだそうだ。これには最初賛成しかねたが、今回ハイレゾで聴いて納得した。アレンジが歌謡曲とは違う。「どうぞこのまま」が収録されているキングレコード第1作の『黄昏めもりい』にはフォーク調な曲もあるが、大きく見るなら和製ポップス、つまり今のくくりならシティ・ポップだと思う。
ハイレゾの前に、ちょっと昔の話を。
丸山圭子が作詞作曲し歌った「どうぞこのまま」が大ヒットしたのは1976年(昭和51年)のこと。その時僕は関西大学に入学して、大阪の吹田で下宿生活を始めたばかりだった。
下宿はおばあさんの住む古い家屋の二階を3人が間借りしていた。僕の部屋は六畳の和室をベニヤ板で仕切った片方で、当然プライベートはなし。天井には後からつけられた裸電球。布団は敷きっぱなし。白黒テレビは持ってきたが、その他の荷物と言えば、みかん箱に大学の教科書が入っているだけ。“四畳半フォーク”にも及ばないクラさである。それでも18歳という若さと、初めての一人暮らしということでこの環境を面白がっていた。
この下宿に住んでわりとすぐに「どうぞこのまま」のシングル盤を買ったのである。たぶんテレビの歌番組で見て好きになったのだろう。帰省したら実家で聴こうと思って買ったに違いないが、たまたま近所でポータブルプレーヤーを拾ってきた。子どもが使うプレーヤーだ。
それでシングル盤をかけた。湿気を帯びた古畳の上に置かれたプレーヤーから聞こえてきたのはノイズの交じった音。高域が強調された歌声はとても寂しげで思わず針を上げてしまった。原因が拾ってきたプレーヤーなのは明らかなのだが、これで「どうぞこのまま」は僕にとって強烈な昭和歌謡曲となったのだった。
ひるがえって今リスニングルームで聴く「どうぞこのまま」は別世界だ。アキュフェーズのアンプ、B&Wの3ウェイ・スピーカー、そして176.4kHz/24bitのハイレゾ。高域から低域までアナログライクで豊かな音。細部まで明瞭に聴き取れる。ここに昭和の湿っぽさはない。エレピもAORっぽいではないか。これならシティ・ポップだ。
それは「どうぞこのまま」だけではなく、収録アルバム『黄昏めもりい』全体にも言える。丸山圭子のヴォーカルは色っぽいだけではなかったことが分かる。曲により大人の女のようでもあり、甘えた娘のようでもあり、多彩なニュアンスを帯びている。『黄昏めもりい』の3年後の1979年に門あさ美というこれも色っぽいヴォーカルのシンガー・ソングライターがデビューし、“ファッション・ミュージック”という言葉で紹介されたが、その“ファッション・ミュージック”の萌芽もある気がする。
『黄昏めもりい』には、山下達郎がコーラス・アレンジをしている曲があるのも、今回初めて知った。「街風便り」「スカイラウンジ」「Bey-bye」の3曲がそうである。
最後の「Bey-bye」はシングル盤「どうぞこのまま」のB面にも収録された。昔大阪で買ったシングル盤は今も持っているので、取り出して確認してみると、あったあった、クレジットに“コーラス・アレンジ 山下達郎”。そして“コーラス 山下達郎、大貫好子(「妙子」の誤り)、村松邦男”と印刷されている。
そう、この3人はシュガー・ベイブのこと。せめて“シュガー・ベイブ”と印刷されていたら、当時の僕でも荒井由美の『MISSLIM』に参加した注目のコーラス・グループ(当時はそう思っていた)、と反応しただろうに……。しかし今聴くとシュガー・ベイブのコーラスはすぐに分かり、『黄昏めもりい』に都会的な彩りを添えている。
他のアルバムにも触れると、続く『春しぐれ』収録の「あなたにつつまれて」など、ノリは吉田美奈子の曲のようでもある。3作目『MY POINT OF VIEW』と4作目『裸足で誘って』ではよりシティ・ポップ風サウンドになっており、丸山圭子のキングレコード時代が1976年から1978年の2年間ということを考えると、アルバムごとの音楽的発展に驚かされる。
手早く丸山圭子の“シティ・ポップ度”を感じたいならばベスト盤の『KEIKO~丸山圭子ベスト・アルバム』がおすすめだ。
アルバムは「どうぞこのまま」から始まり、先に上げた「スカイラウンジ」「あなたにつつまれて」と続くところは圧巻で、高速道路を走りながらカーステレオで聴きたくなる。アルバムは一旦落ち着いたあと、「恋めぐり」(『裸足で誘って』収録)のアーバン・サウンドで心くすぐられ、最後は「SEA-SIDE HOTEL」(『MY POINT OF VIEW』収録)でキメてくれる。
丸山圭子は昭和のシンガー・ソングライターには違いないが、今回のハイレゾで聴いて、あらためてシティ・ポップのサウンドであると感じた。こう書くとジャンルにこだわっているみたいだが、本当は歌謡曲でもシティ・ポップでもどちらでも構わないわけで、僕としては「どうぞこのまま」だけではなくアルバムでも丸山圭子を押したいのである。今回のハイレゾは往年のファンの方も含めて、たくさんの人に聴いてほしい。