[こちらハイレゾ商會] 第114回 カウフマンが歌う『トゥーランドット』全曲の最新録音
掲載日:2023年4月11日
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第114回 カウフマンが歌う『トゥーランドット』全曲の最新録音
絵と文 / 牧野良幸
プッチーニの歌劇『トゥーランドット』がハイレゾで配信された。指揮はアントニオ・パッパーノ。オーケストラはサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団。合唱は同合唱団と同児童合唱団。
収録は2022年。新録音である。それもセッションによる録音。
昔はあたりまえのようにオペラの全曲録音がリリースされていたが、最近はめっきり減った。あってもライヴ録音が多い。一期一会のライヴの熱気も貴重だが、セッションで念入りに仕上げた録音も貴重な音楽的遺産だ。とくにオーディオファイルはじっくりと練り上げた音が好きなのでセッション録音は嬉しい。ハイレゾならなおさらである。
本作の特色は大きく書いて二つあると思う。
一つは王子カラフを歌うヨナス・カウフマン。今人気のテノール歌手だ。アルバムも多い。カウフマンはゲルマン風のいぶし銀のような声が特徴だ。強じんな歌声はヴェルディのオテロ役などドラマティック・テノールはもちろん、ワーグナーのヘルデン・テノールもこなす。映画俳優みたいなイケメンであり体格もバランスが良いから舞台でもサマになる。カウフマンが世界中で引っ張りだこなのもわかる。
もう一つの特色はフランコ・アルファーノの補筆初稿版を使用した全曲初録音ということ。『トゥーランドット』はプッチーニが第3幕の作曲途中で死去したため未完成に終わっている。それをプッチーニの息子がアルファーノという作曲家に補筆を依頼した。アルファーノは残されたスケッチをもとに補筆して完成させトスカニーニが初演した。
その際トスカニーニがアルファーノの楽譜からカットしたところがあったらしい。われわれはそのトスカニーニによるカット版を長い間スタンダードとして聴き続けてきたわけだ。しかし本録音はトスカニーニがカットを入れる前のアルファーノの補筆初稿版を復元しての全曲初録音である。
さっそくハイレゾを聴いてみよう。
音場はセッションでじっくりと録音されただけあって間口が広くヌケも良い。ダイナミックレンジが広いので大きな音でも圧迫感がない。児童合唱による「遙か東の山の上で」の静寂なコーラスも綺麗に再生すれば、オーケストラと合唱による絢爛豪華な音響も破綻なく再生する。歌手がソロで歌う時には空気感がたっぷりと漂う。まさにグランドオペラにふさわしい再生音だ。
カウフマンはさすがに聴かせる。ややくすんだテノールであるが、いぶし銀のような輝きを放つ。とくに掛け合いでは勇者の力強さをひしひしと感じさせる。有名な「誰も寝てはならぬ」のアリアも聴きどころだ。地中海の太陽のようなテノールもいいが、こういうテノールもクセになりそうである。
対するトゥーランドットを歌うのはソンドラ・ラドヴァノフスキ。初めて聴いたが、この役柄を歌うだけあって強じんな声を持つ。気に入ったのはドラマチック・ソプラノでありながら可憐な表現も巧みなところだ。冷血なトゥーランドットが第2幕でカラフとの謎解きに敗れた後、結婚を拒むところなど、いじらしい感じがとても出ていた。
ひそかにカラフを慕うリュウを歌うのはエルモネラ・ヤオ。温かい声質のソプラノで、ラドヴァノフスキとの対比がさえる。第3幕でカラフを守るために自決するシーンはやはり泣けた。こういった胸をかきむしるような泣きのアリアはプッチーニの独壇場である。
そのリュウの自決シーンまでを完成したところでプッチーニは亡くなった。それ以降はアルファーノが残されたスケッチをもとに作曲した部分だ。
僕はアルファーノの補筆初稿版については何も資料を持たないので、通常に演奏されるヴァージョン(トスカニーニのカットがあるもの)のオーケストラスコアを見ながら聴いてみた。追っていくだけで精一杯なのではっきりと指摘はできないが、このあたりが違うかなあと思う所がいくつかあった。
はっきりと違うなあと思ったところもある。
第3幕第2場でトゥーランドットがカラフへの愛を告白しての大円団へ向かうところ。合唱が「誰も寝てはならぬ」のメロディを引用して一斉に歌い出すと、対旋律のようにカラフとトゥーランドットの歌唱が入る。カウフマンとラドヴァノフスキの声がオーケストラの上を突き抜けるように飛び出してくるところが素晴らしい。
通常だと最後は合唱のみでカラフとトゥーランドットのパートはないのだが(舞台では抱き合うとかキスをしている)この録音では歌う。通常版のオーケストラスコアを見ても2人のパートは載っていない。念のためモリナーリ=プラデッリ盤(1965年録音)とカラヤン盤(1981年録音)を聴いてみたが、やはり2人は歌わない。このほか最後の部分だけでも従来の演奏と違いを感じるところが細かくあって興味はつきなかった。
常々、僕はアルファーノの補筆部分はよくできている方ではないかと思っていた。同じフィナーレでもプッチーニの筆による荘厳な第2幕のフィナーレと比べると、たしかにプッチーニよりはオーケストレーションの表現力が物足りないと思う。しかし派手にまとめて最後まで聴かせてくれる。それだけでもたいしたものではないか。
ちなみに現代音楽作曲家のルチアーノ・ベリオも『トゥーランドット』の未完成部分を補筆作曲しているが、静かに終わるエンディングは非常に興味深いものの、プッチーニの作曲部分との違和感はところどころにあった。それほどにピンチヒッターで曲を完成させるのは難しいということだ。トスカニーニのカットが妥当かどうかは別として、アルファーノの補筆初稿版も愛聴に値すると思う。

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