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配信なのに数量限定!? Buffalo Daughterのマスターと同等の音源が配信中文/國枝志郎
新世代の箏奏者LEOのアルバムもこれが6作目となると言う。箏は日本の伝統楽器であり、1998年生まれのLEOも沢井一恵に師事して東京藝術大学で学んだ正統派でありながら、現代のプレイヤーらしく、箏のために書かれた邦楽以外にも西洋のクラシックやジャズ、ポップスなどを積極的に取り上げ、伝統にとどまらない活動を初期から繰り広げていたけれど、この新作でいよいよ本格的に拡大された世界を自分のものとしてきた観がある。
LEO自作のオープニング・トラック「DEEP BLUE」が導入としてまず、とてもいい。注目の作曲家、坂東祐大がサウンド・プロデュースし、ロー摩秀のピアノとジャズ方面での活躍が目覚ましい伊藤ハルトシのチェロがLEOの箏に静かに華を添えつつタイトルどおりの深く、青い世界に聴き手を誘う。ロー摩秀と伊藤ハルトシのふたりは、アルメニア出身のジャズ・ピアニスト、ティグラン・ハマシアン作による7曲目「Vardavar」におけるすさまじいまでの高揚感に一役も二役も買っていてこちらも聴きもの。
続く2曲目の網守将平「Perpetuum Mobile Phunk」は、まさにタイトルどおりの無窮動ファンクで、ミニマルに盛り上がる。その高揚感はそのまま木村麻耶の25絃箏とのデュオによるライヒの「Nagoya Marimbas」へと突入する。
インタールード的な儚い美しさをたたえた「空へ」を経て現れるのは、なんとデトロイト・テクノの雄デリック・メイがRhythim Is Rhythim名義で1987年に発表したテクノ・クラシック「Strings of Life」! オリジナルのイントロの印象的なピアノのリフが、イェル(1e1)の久保暖のサウンド・プロデュースによってなんの違和感もなくLEOの箏で奏でられる。初めからこのリフは箏のために書かれたのではとすら思えてしまうほどだ。
坂本龍一の「Andata」(アレンジは網守将平)、吉松隆による箏のためのオリジナル「すばるの七ツ」、坂東祐大の箏とチェロのためのモダンなデュオ「もっと上手にステップが踏めますように」(チェロは山澤慧)、そして最後はLEOのしっとりとした「松風」でアルバムは閉じられる。アルバムの流れも素晴らしく、トップDJの流麗なミックスを聴いているような感覚すら覚える。とにかくあちこちにさまざまな仕掛けがあって飽きさせない。ハイレゾ(96kHz/24bit)の高音質で何度でもリピートしたくなる。
ロックンロール道を貫いたバンド、ザ・ストリート・スライダーズ。1983年に結成され、21世紀を迎える直前の2000年に日本武道館でのライヴを最後に解散したこの稀有なロック・バンドにとって今年2023年は結成40周年にあたるが、それにあわせて特設サイトが公開され、40周年を祝うべくさまざまなニュースが続々と届けられている。中でも大きなニュースはこの『On The Street Again-The Street Sliders Tribute & Origin-』のリリースだった。
タイトルの「Tribute & Origin」という言葉どおり、フィジカルCDは2枚組となっていて、DISC 1はさまざまなアーティストによるスライダーズ楽曲のカヴァー12曲、そしてDISC 2はトリビュートされた12曲のオリジナルに、スライダーズの記念すべきファースト・シングルのタイトル・トラック「Blow The Night!」を含む4曲を加えた16曲が収録されている。
このアルバムでまず注目されるのはDISC 1のトリビュート作の数々だ。The Birthdayの「Let's go down the street」がぐっとタメの効いたプレイでスタートしたと思えば、スライダーズ最大のヒット・ナンバー「Boys Jump The Midnight」を、ザ・クロマニヨンズが対照的にタメ排除の爽快な疾走感で突っ走る。続くALIは「EASY ACTION」をダンサブルなスカ・ビートでアッパーに料理し、いっぽうSuchmosのフロントマンYONCEは「愛の痛手が一晩中」を、くぐもったサウンドでプログレッシヴな長尺ナンバー(7分超え)へと作り替えている。こうしてひとつひとつ書いていくとキリがないのでここまでにしておくが、そのあとにはGEZAN、仲井戸麗市、中島美嘉、渡辺美里、斉藤和義、T字路s、SUPER BEAVER、エレファントカシマシといったアーティストによるスライダーズの新解釈が続く。
オリジナルもロックンロールをベースとしつつも、さまざまな音楽要素を内包していたけれど、これだけの解釈の幅を聞かせるアーティストたちの力量をあらためて知らされるカヴァーばかりだ。だから、このアルバムがまずトリビュートを1枚目としているのはある意味正しいのだろう。トリビュートを聴いたあとは、オリジナルを聴き返したくなるからだ。今回のハイレゾ版は、CDと違ってトリビュート版とオリジナル版を分売しているが、CDに倣ってまずはトリビュート版を聴いてみていただきたい。
ちなみにスライダーズのハイレゾは2018年のベスト盤『THE SingleS』が初だった(96kHz/24bit)。今回のDISC 2はスペックがややダウン(48kHz/24bit)しているが、聴いていて物足りなさは皆無。むしろ目の詰まったサウンドが楽しめる。また選曲も異なるので、どちらも揃えて楽しんでいただきたい。
まずこのアーティスト名とアルバム・タイトルとジャケット写真を見て、既視感を覚えたひとも多いかと思うのだけれど、実際このバッファロー・ドーターのセカンド・アルバム『New Rock』と、サード・アルバム『I』の、オノ セイゲンによるリマスターのハイレゾ(96kHz/24bit)は先月の当欄にて大絶賛したばかり。それをなぜ今回も取り上げるのか? それにはもちろんれっきとした理由がある。
筆者は前回の当コラムで「オノのリマスターの特徴として、おそらく今回もコルグ社製の1bit USB-DAC / ADC“Nu-1”を駆使してDSD領域でのトリートメントを施しているであろうことは想像できる。今回のハイレゾ配信はPCM(96kHz/24bit)だけなのが残念だが、近い将来DSD配信、もしくはスーパーオーディオCDでの登場も期待されるところだ」と締めくくっている。オノがNu-1でDSDリマスタリングをするのであれば、DSD11.2領域で行なうはずだということはわかっていたし、おそらく遠からずDSDでの配信も行なわれるだろうなと踏んではいたものの、実際にはそんな筆者の思惑を遥かに飛び越し、とんでもないものが配信されてしまったというしかない。なぜなら、これはコンシューマー・レベルに音を整えたり化粧したりすることのない、もうマスターそのものの音だからだ。
じつはこのハイレゾDSD11.2ヴァージョンが発売になったその日、当該アルバムのDSD11.2ヴァージョンの(ほぼ全曲)試聴会が東京は代官山にある音が抜群に良いライヴハウス(アコースティックリバイブのケーブルをふんだんに使用しているとか)「晴れたら空に豆まいて」においてバンド・メンバーも同席のもと行なわれたのだが(その際ももちろんステージ上にはNu-1が鎮座していた)、その際にオノの口からは「このDSD11.2は、完全に現時点での最高音質のマスターそのもの。DCカットすらしていない」ということが語られた。あまりにも生々しいその音を聴くとそれも納得だが、実際には一般レベルでの再生にはやや困難が伴うのも事実である。筆者の場合は複数のソフトウェアとDAコンバーターを使用しているが、組み合わせによっては音が途切れたりアラートが出て再生が止まることがあった。そもそも今回のDSD11.2ヴァージョンは、「分売なしの2枚同時販売」「アルバム1枚につき1トラック(トラック分けされてない)」「価格は2万円」。これだけでも相当だが、極め付けは「30セット限定配信」! フィジカルCDならわかるが、データ販売で限定というのはそうそうあるものではないだろう。だが、これらの困難を乗り越えてもチャレンジするだけの価値がこの音源には確実にある。ちなみにオノ曰く「このデータはマスターそのものなので、万が一オリジナルのデータがなくなっても、世の中には30の最高のオリジナルデータが残っていることになるので安心です」とのこと。オウンリスクにはなるけれど、あなたもオリジナルマスター(とほぼ同等のハイレゾ音源)の所持者の一人になってみては?
マルティン・フレストが描くモーツァルトの「輝きと深淵」文/長谷川教通
マルティン・フレストがモーツァルトの晩年に焦点を当てたプログラムだ。そのテーマは「Ecstasy & Abyss」。モーツァルトの最高傑作「クラリネット協奏曲」はフレストにとって3回目の録音となる。最初の録音は20年前、2回目は10年前。この間に世界は激変した、演奏家としての自分も変わったし、人間的にも……と彼は言う。10年という節目ごとに作品を見直すとき、モーツァルトのあふれ出る才能の輝きと、その陰に潜む深く暗い哀しみに向き合わざるを得ない。今回の録音では、バセットクラリネットを吹き、指揮も行なっている。オケは活躍が目覚ましいスウェーデン室内管だ。指揮をすると言っても、クラリネットを吹きながらだからタクトを振るわけにはいかない。彼は身体を左右、上下と大きく揺すりながら抑揚を付け、まるでクラリネットを吹くようなフレージングを要求する。じつは、今回のアルバムはフレストの指揮者としてのデビュー録音とも言えるもので、クラリネットの吹き振りだけでなく、すべての作品で指揮を行っているのだ。
「1789」という数字の付いたアルバムは、1789年5月にモーツァルトがライプツィヒで行ったコンサートからインスピレーションを受けたプログラムで構成されており、ジュピター交響曲では溌剌として力強く、それでいてしなやかで個性的なアーティキュレーションが随所に聴かれる。第2楽章では伸びやかなフレージングとアタックのコントラストが絶妙。第4楽章の二重フーガの勢いと感情の高まり……これ、名演です!
イーリン・ロムブが歌う2曲のアリアを挟んで注目のピアノ協奏曲25番。ソロはリュカ・ドゥバルグだ。2015年のチャイコフスキー・コンクールでは結果は4位だったものの、誰もがその才能の輝きに驚きと賞賛を与えたのだった。フレストが意図したテーマからすれば、ピアノはドゥバルグしか考えられないとオファーしたのかもしれない。第2楽章など、導入からして「えっ、そう弾くの?」と意表を突いてくるし、でも聴いているうちに納得させられてしまう。第3楽章も、単に指がよく回るなんていうレベルじゃない。自在な指使いで、キラキラと多彩な反射光を放射してくる。これほど聴いて愉しくて、しかもモーツァルトの「アビス」を感じさせてくれる演奏は滅多にないだろう。
そして1791年8月はモーツァルト最後のプラハへの旅。9月にはオペラ「皇帝ティートの慈悲」が初演されたが、その年の12月に彼は世を去る。アルバムのプログラムは交響曲「プラハ」からスタートし「皇帝ティート……」のアリアを挟んでクラリネット協奏曲へとつながる。モーツァルトの音楽に潜む「輝きと深淵」を描いたアルバムだ。モーツァルト好きにはたまらない。作品の見方に新たな光が差し込んだように感じるに違いない。
ヨーロッパの音楽界で注目の的といえば、フィンランド出身の指揮者クラウス・マケラをあげないわけにはいかない。2022年には来日コンサート行ない、その才能と力量を印象づけたことは記憶に新しい。その来日直前の2022年10月5~7日、フィルハーモニ・ド・パリでの録音。オーケストラはもちろんパリ管だ。2021年に首席指揮者に就任したばかりのオケが、わずか1年でこれほど精妙な響きを聴かせるって、これはほんとうに驚異だ。まだ20代の若者がヨーロッパを代表するオケの首席に? しかも、最近の発表ではロイヤル・コンセルトヘボウが2027年から10年契約でマケラを首席指揮者に招くという。そうか、アムステルダムはマケラを選んだのか。
できれば「火の鳥」から聴いたらいいと思う。すご腕揃いのパリ管がピアニシモで奏でるアンサンブルの妙! 管楽器の色彩感がすばらしい。弦楽合奏とのバランスもコントロールされており、響きの純度がきわめて高いことに気がつくはず。指揮者の意図とそれを実現するための指摘と指示が明確な証拠だと言える。各セクションごとの合わせ込みを徹底しているのがわかる。大音量になっても響きの精度は落ちないし、崩れることもない。それを確認して「春の祭典」を聴く。木管も表情の豊かさ金管の輝きなど、さすがパリ管と感動させられる。マケラはけっして極端なテンポや表現を行なっているわけではない。理知的にテクニカルに曲を組み立てながら、その精度を上げることで多彩で豊かな感情表現を創り出す。それが天才指揮者と評される由縁なのだと思う。クライマックスの全合奏でも騒々しさとは無縁。アンサンブルが少々崩れても野性味という名の荒々しさでストラヴィンスキーを演奏する時代はとっくの昔に終わっている。ストラヴィンスキーの書いた複雑なテンポと音の重なりを、どれだけ精緻に再現するか。そのことによって作品の真価を引き出してくる……マケラとパリ管の演奏を聴いて、そのことを意識させられる。録音のダイナミックレンジは広大だが、ひずみ感が少ないので、オーディオのレファレンス音源としても推薦したい。
こういう小品集って、とても大切だと思う。世界にあまた存在する作品から何を選んで弾くか。それはピアニストの好み? いやピアニストの感性をはかる尺度にもなるから、安易には弾けない。だから思いのほか名演が少ないのだ。田部京子の弾くアルバム。これはとてもいい。まず2020年に亡くなったウクライナの作曲家ミロスラフ・スコリクの「メロディー」から始まる。アルバム・タイトルの『メロディー』もこの題名からとっているのだろう。「こんな曲があったのか」という知る人ぞ知る作品だ。田部は感傷的になりすぎず、とっても美しく弾いている。そしてブラームス晩年の名品。ひげ面の肖像画を思い出して「えーっ、これブラームスなの?」とびっくりする人も……。また、メンデルスゾーンの「ベニスのゴンドラの歌」など、つい情を込めすぎてしまいがちなのに、弱音でそっとトリルが入ってくるあたりの巧さ。シベリウスの「もみの木」もいい曲。これを聴いてシベリウスが好きになり、北欧への憧れを抱いた人もいるのではないだろうか。グリンカの「ひばり」とか、いわゆる小曲集とはひと味違った選曲が田部らしい。過剰な表情付けは避けつつも、抒情的で優しいピアノ。彼女にとって2023年はデビュー30周年にあたる。その記念にこんな素敵なアルバムをリリースするなんてさすがだなーと感心してしまった。
収録は2022年の秋、ヤマハホールで行なわれた。ピアノはベーゼンドルファーのModel280 VC(Vienna Concert)。21世紀のコンサート・ピアノとして開発された新シリーズだが、艶やかな高音域と厚みのある中低域はいかにもベーゼンらしい。録音はそんなベーゼンの特長を生かそうと意図しているようで、直接的な打鍵音は控えめながら、そのぶん響きの豊かさが際立っている。だからボリュームを絞ったときも響きが痩せず、逆にボリュームをグーッと上げていくと、バーンとした和音の鳴りが聴き手を圧倒する。ぜひ手元に置いておきたい音源だ。
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