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1985年の日本公演を含むレジデンツのライヴ盤5タイトルがハイレゾ化!文/國枝志郎
音楽よりもでっかい目玉のかぶりものとタキシード、トップハットで知られるアヴァン・ロック・バンド、レジデンツ。知られる、といっても、その存在は匿名性がすごい、というか謎そのものだった。そもそもメンバーの名前も謎なら顔はかぶりもので隠されているので不明。サンフランシスコを活動拠点にしていたものの、どこの出身かも不明(2011年にソニドス・デ・ラ・ノーチェ名義でリリースした『Coochie Brake』がレジデンツの成り立ちを題材にした作品で、これが契機となってレジデンツの構成メンバーや彼らがルイジアナ出身であることがあきらかになっていったけれど)。インタビューもほとんど受けないこのグループは1972年にシングル「Santa Dog」を彼ら自身のレーベル、ラルフ(Ralph)からリリースして正式デビューを飾り、1974年にはビートルズをおちょくったデビュー・アルバム『Meet The Residents』(ジャケットはビートルズの『Meet The Beatles』に落書きしたもの)をリリース。その後、約半世紀という長い期間でライヴ・アルバム、シングルを含めると100枚以上の作品をリリースしている。一部のメンバーは物故しているものの、現在に至るまで活動は休止していない。
そんな彼らは2017年にイギリスのチェリー・レッド・レコードに移籍。新作に加えてこれまで出したカタログの新版(pREServed Editionと銘打たれ、2枚組や3枚組まで増強されたトラックと豪華ブックレットによる愛蔵版フィジカル)が相次いでリリースされている。そのうち、くだんのビートルズ・パロディ・ジャケットのデビュー・アルバムのみが現時点でハイレゾ(48kHz/24bit)で配信されているが、なぜか急に13周年記念ツアーのライヴ・アルバム3枚(東京、クリーヴランド、ニューヨーク)を核としたライヴ・アルバム(正確には1枚はライヴのためのデモ・アルバム)が5枚、ハイレゾ(44.1kHz/24bit)で登場。こと日本のリスナーにとっては、1985年10月に渋谷PARCO SPACE PART3で行なわれたライヴがまずは聴きものだ。当時の彼らがやっていたとんでもなく大掛かりなライヴ「ザ・モール・ショウ」ではなく、比較的簡素なステージだったものの、なんとレジデンツのコラボレーターとして人気の高かったイギリス人スネークフィンガーも同行しての「ピクニック・イン・ザ・ジャングル」「アンバー」「監獄ロック」の快演(怪演?)に大盛り上がりとなった伝説の公演だった。この公演は西武百貨店のレコード販売部門であるWAVEがその5周年を祝うために企画されたもの。それもあってかこのライヴ・アルバム、当時は『アイボール・ショウ』のタイトルで、世界に先駆けて日本のWAVEレーベルが発売していたことも懐かしい。タイガー立石のイラストを使ったミルキィ・イソベのデザインによるジャケットも目を見張る素晴らしさだが、この増強された90分のフルセットに収められた“楽しい実験音楽の旅”をぜひハイレゾで堪能してほしい。
ビートルズやピンク・フロイド、セックス・ピストルズなどを手がけたクリス・トーマスをプロデューサーに迎えたアルバムがアメリカとイギリスで発売され、ロキシー・ミュージックの全英ツアーのオープニング・アクトも務める……これが1970年代中頃のことだから、日本のバンドの海外進出例としてはフラワー・トラベリン・バンドに続くものとして当時話題になったものである。加藤和彦(ギター、ヴォーカル)と当時の奥様であったミカ(ヴォーカル)を中心として、高中正義(ギター)、小原礼(ベース)、高橋幸宏(ドラムス)という腕利きのメンバーによるサディスティック・ミカ・バンドは、1973年にファースト・アルバム『サディスティック・ミカ・バンド』、1974年に前述したクリス・トーマスのプロデュースによるセカンド『黒船』、1975年にサード・アルバム『HOT! MENU』を出したが、そこでバンドは残念なことに解散してしまう。かように実質的に3年ちょっとという短い活動期間であるにもかかわらず、一部のメンバー・チェンジもあったユニットだったが、海外での高い評価と加藤和彦をはじめとするメンバーたちのずば抜けたセンスによっていまだに聴き継がれているわけである。
そんな彼らのアルバムは、これまで最初の2枚のスタジオ・アルバムに関してはいずれもすでにハイレゾ配信が実現していた(さらに言えば、サディスティック・ミカ・バンドの解散後に高橋幸宏、高中正義、後藤次利、今井裕によって1976年春に結成されたサディスティックスも、2枚のスタジオ・アルバムと1枚のライヴ・アルバムがハイレゾ化されている。こちらもチェックされたし)ものの、3作目にしてラストとなったアルバム『HOT! MENU』と、解散後にリリースされたライヴ・アルバム『Live In London』(1976年リリース当時のタイトルは『ミカ・バンド・ライヴ・イン・ロンドン』だった)の2枚に関しては今回が初めてのハイレゾ化となる。『HOT! MENU』は、その前作『黒船』同様クリス・トーマスのプロデュースではあるが、前作のプログレ的なトータル感は薄く、むしろその後のクロスオーバー / フュージョン・ブームに先駆けたようなサウンドとなっているのが興味深いし、伝説のロキシー・ミュージックの全英ツアー帯同時に録音された『Live In London』は、最初からアルバム化が目論まれていたわけではなく、ロキシー・ミュージックのミキサーが録音していたカセットテープ(!)がおおもとのマスターという悪条件はあったものの、ここには歴史の証言という事実以上のエレメンツがたしかに存在していて、ハイレゾ化(96kHz/24bit)は大成功と言っていい。鋤田正義による加藤和彦の躍動感あふれるショットを使ったジャケットがまた最高の雰囲気を醸し出すこれはやっぱり大判のLPジャケットが欲しくなるとも言えるけれど。
以前ハイレゾで出ている初期の2枚の新たなリマスターは、劇的な変化ではないものの、音が一段前に出てきていておおむね好ましいサウンドとなっている。以前のものも併売されているので気になったら聴き比べてみるのも一興かも。
夏だ! ダブだ!
……と条件反射的に思ってしまう今日も暑い。そんなときに聴きたい、クールなのに熱い一枚が音楽プロデューサーとして80年代から高感度な音楽ファンを中心に支持されるシーンを作り上げてきた井出靖の最新作『Dr. Steven Stanley Meets Yasushi Ide Cosmic Disco Dub』だ。
コロナ禍直前あたりからの井出の活動はとてつもない熱量を帯びているように思える。2019年夏には、自身のプレゼンツによるThe Million Image Orchestra(このネーミングにふさわしい豪華な布陣!)名義でのアルバム『熱狂の誕生』がリリースされ、同年10月にはリリース・ライヴが行なわれたが、その後ご存じのように世界は奇禍に見舞われることとなるものの、それからじつに3年8ヵ月後となる2023年6月に奇跡の再演を果たしたこのドリーム・バンドの夢のような2時間は、今でも脳裏に焼き付いて離れないほどの素晴らしさだった。
2020年秋には全1曲36分のアルバム『Cosmic Suite』が登場。The Million Image Orchestraでもおなじみのメンバーのほか、デトロイト・テクノDJジェフ・ミルズをはじめとする井出のワールドワイドな交流による世界中の友人たちが参加したジャンルレスの大作は、ひさしぶりの井出靖単独名義のアルバムとなった。
そして2022年6月。“宇宙組曲”の世界のさらなる拡張版(演奏時間も倍の70分!)とも言える壮大なアルバム『Cosmic Suite 2 - New Beginning』がドロップされる。ダブをベースにレゲエ、ヒップホップ、ジャズ、ロック、ドラムンベースまで、次々と繰り広げられる壮大きわまりないサウンドスケープは、コンセプターであり、ミュージシャンであり、コンダクターでもある井出の面目躍如といった趣で、井出の長きにわたる音楽人生の中でももっとも突出した作品と言えるものになっていた。
だが、その物語には続きがあった。それがこの『Dr. Steven Stanley Meets Yasushi Ide Cosmic Disco Dub』である。
このアルバムは、『Cosmic Suite 2 - New Beginning』のバックトラック素材を使って全編にわたってダブ・ミックスを施した作品。ダブ・ミックスを担当したスティーヴン・スタンレーはジャマイカ在住のサウンド・エンジニアで、トーキング・ヘッズやトム・トム・クラブ、ブラック・ウフルの作品を手がけ、グラミー賞も受賞したほどの凄腕エンジニアだが、ここでの彼の仕事ぶりはたんにリバーブなどを加えたおざなりなダブではなく、まさに再構築、いや再創造と言ってもいいもの。『Cosmic Suite 2 - New Beginning』はもちろん世紀の名作だと言えるが、その名作を換骨奪胎してさらにここまでクオリティを高めたダブ・アルバムは古今例がないとさえ言い切れる。オリジナル・アルバムも本ダブ・アルバムもどちらもハイレゾ(48kHz/24bit)で聴くにふさわしい名作だ。
そういえばこのアルバムはジャケットもまた素晴らしい。今回取り上げたサディスティック・ミカ・バンドの『Live In London』のジャケットの鋤田正義の写真と同様に、本作のジャケットの伊藤桂司のイラストもまたアルバム自体の価値を高めている。音はハイレゾ最高! だけど、このジャケットはLPで欲しくなるなあ……。
アリス=紗良・オット、12年ぶりのベートーヴェンに聴く豊かな感性文/長谷川教通
アリス=紗良・オットによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番だ。ベートーヴェンの作品では2010年のピアノ・ソナタ第3番と第21番「ワルトシュタイン」他があるから、彼女にとってのベートーヴェンは12年ぶりの録音ということになる。あの清新で直感的な感性がちりばめられた演奏からどんな変化を見せてくれるだろうか。2019年に多発性硬化症と診断され、苦しんだ末の活動再開。そこで聴こえてきた2021年の『エコーズ・オブ・ライズ』。ショパンの「24の前奏曲」を中心に、彼女の感性を刺激し共鳴する7つの作品を間奏曲的に配置したプログラムだ。“これが今の自分!”とピアノに向かう。アルヴォ・ペルトの作品など、病を宣告されたときの心の衝撃を表しているかのようだ。それでも治療を続けながら“私はピアニストとして生きる”のだ、という決意。そしてアリス=紗良・オットは次のステージへと歩を進める。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番は、2022年の収録だ。オケがオランダ放送フィルとくれば、指揮はもちろんカリーナ・カネラキスだ。2019年以来首席指揮者を務め、躍進著しい女性指揮者の中でももっとも注目されている一人。まず導入の弦合奏。とてもていねいで、テンポはけっして速くはないのだが、拍は明瞭で音楽は躍動にあふれている。作品の構造をしっかりと組み上げていく感じ。ハイドン的な様式も十分に意識された指揮ぶりに、さあピアノはどうするの? カネラキスが描いた構造の上に明確なタッチで彩りを添えていく。けっして恣意的な表情を見せることなく、それなのにアリスらしい豊かな感性を発散させる。微妙なルバートも使いながら、オケとのコントラストも鮮やかに展開する。第2楽章の旋律がとても美しい。ここでのカネラキスは、ピアノの息づかいを感じとりながら、オケを巧みにコントロールする。第3楽章のロンドは、高速なタッチを押しつけることなく、デリケートな変化を加えながら弾むように音楽を進める。カデンツァが鮮やかで、オケにも勢いがあって、聴き手に愉悦感を与えてくれる。すばらしい演奏!
さらにピアノ・ソナタ第14番「月光」が続く。アリス=紗良・オットは、自分の感性を素直に作品に反影させ、あえて個性的であることを意図とせず、自然な流れの上にインスピレーションの冴えた閃きを映し出す。3楽章での中音域から低音域にかけて厚みのある響きは、成熟の証といえそうだ。再録音となる「エリーゼのために」も優しい。これまでDGのハイレゾ配信では96kHz/24bitが多かったが、このベートーヴェンは192kHz/24bit。音の一粒一粒まで聴きとれるような解像度の高さとストレスなく立ち上がる鳴りの良さ。オーディオ・ファンにもオススメだ。
「Myrios Classics」は、日本での認知度はまだ高いとは言えないが、2009年に設立されたレーベルで、ヴィオラの大御所タベア・ツィンマーマンやハーゲン四重奏団、指揮のフランソワ=グザヴィエ・ロトなどとタッグを組んで注目されるアルバムを次々とリリースしている。ちなみに“Myrios”はギリシャ語で“無限大”を意味するらしい。このレーベルがスタートするにあたって最初にリリースされたアルバムが、タベア・ツィンマーマンのヴィオラによる『Solo』と、古楽合奏団アルテ・ムジーク・ケルンによる『Rome』だ。どちらも録音は2008年だから、創設者のシュテファン・カーエンはレーベル立ち上げの前年から録音活動を行なっていたことになる。その意気込みが反影された名録音だと言える。
とくにヴィオラの『Solo』はCDだけでなくSACD化されこともあって大きな注目を集め、“ヴィオラなら、これを聴け”的な名盤として知られている。プログラムはマックス・レーガーの「無伴奏ヴィオラ組曲」の第1番からスタートし、バッハの「無伴奏チェロ組曲」ヴィオラ版の第1番、そしてレーガーの第2番、バッハの第2番、レーガーの第3番と、交互に弾いていく。配信されたフォーマットはオーディオ・ファンも納得の192kHz/24bitで、音質はとても鮮烈。低音域など、ゾクッとするほどのリアリティだ。「これこそヴィオラの音色だ!」とぞっこん惚れ込んでしまう。演奏楽器は1980年製のエティエンヌ・ヴァテロとのこと。とてもパワフルで、深い音色と明確な輪郭、レスポンスの良さをあわせ持っている。そしてレーガーとバッハの作品が200年の時を経ても相通じることを再認識させられる。タベアは10年後の2018年に『Solo』第2弾として『バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番、第4番(ヴィオラ版)、クルターグ:「サイン、ゲームとメッセージ」より』をMyriosレーベルに録音しているが、こちらも聴きものだ。
『Roma』に収録されている作曲家は、ほとんど知られていないのではないだろうか。こういうアルバムを録音しようという野心的なアプローチがいい。現在ではほとんど演奏されることのない作品ばかりだが、こんな魅力的な音楽があったのかと感心させられる。「アルテ・ムジーク・ケルン」は2006年に設立された古楽器アンサンブル。アルバムではバロック・ヴァイオリンで阿部千春がソロをとっている。彼女は武蔵野音楽大学を卒業後ドイツに渡り、シュトゥットガルトやケルンの音楽大学で古楽を学んでおり、ケルンを拠点にヨーロッパはもちろん国内でも活躍する。バロック・ヴァイオリンに加え、ヴィオラ・ダモーレやハーディングフェレ(ノルウェーの民族楽器)も弾きこなす才人だ。バロック音楽の多彩さや奥深さを感じとってほしい。
バッハの「ゴルトベルク変奏曲」といえばグレン・グールドの代名詞。古くはワンダ・ランドフスカなど、これまで多くの名ピアニスト&名チェンバリストによって弾かれてきた作品であれば、これを現代のピアニストが演奏会で弾き、録音するというのは、おそらく相当なプレッシャーに違いない。なおかつ、どうしても弾きたい……という気持ちが身体の奥底から湧き上がってこなければ、とても聴衆の前で披露できるものではないだろう。菊池洋子にとってその契機となったのは、アンドラーシュ・シフの演奏をボローニャでのコンサートで聴いたことだったという。バッハが創り出した作品の全体像が初めて見えたのだ。あまりに感動したので、楽屋に押しかけて「今日初めて作品の真価が理解できた」と伝えたという。シフにしても子供の頃から何十年にもわたって弾き込んできた作品の真の姿を若いピアニストに届けられたのだ。「嬉しい」と言ってくれたという。そのときから「ゴルトベルク変奏曲」は、長い時間をかけ、覚悟を持って取り組むべき作品になったのだ。新型コロナのパンデミックでスケジュールが途切れた時間を使い、彼女は半年間この作品だけに向き合うことに決めたのだった。
「ゴルトベルク変奏曲」はアリアで始まり、30の変奏曲を経てアリアで終わる長大な作品だが、まず最初のアリアを聴く。そのきれいな音色、透明感。そして変奏曲が続き、声部がどんどん複雑になっていく。その各声部がなんと生き生きしていることだろうか。バッハが腕によりをかけて作った音による構造体がクッキリと見えてくる。これ、誰にでもできることではない。有名なピアニストでも、低音の声部がまるで単調な伴奏にしか聴こえない演奏って少なくない。“そうか、こんなふうに音をからませたり、動かしたりしているのか”と、動きの面白さや鮮やかな音の対比の妙に感心させられ、どんどん惹き込まれてしまう。繰り返し部分でも微妙に変化が加えられているのだが、勢いで弾き飛ばしたり、わざとらしかったり、これ見よがしな表現などはいっさいない。あくまでバッハの楽譜に誠実に向き合ったすばらしいピアノだと思う。菊池洋子は「バッハの音楽は心の支えであり、癒やしであり祈りでもあった」と言う。録音もよく、雑味のないクリーンな音響空間が再現される。何度でも聴いていたい演奏だ。
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