音楽よりもでっかい目玉のかぶりものとタキシード、トップハットで知られるアヴァン・ロック・バンド、レジデンツ。知られる、といっても、その存在は匿名性がすごい、というか謎そのものだった。そもそもメンバーの名前も謎なら顔はかぶりもので隠されているので不明。サンフランシスコを活動拠点にしていたものの、どこの出身かも不明(2011年にソニドス・デ・ラ・ノーチェ名義でリリースした『Coochie Brake』がレジデンツの成り立ちを題材にした作品で、これが契機となってレジデンツの構成メンバーや彼らがルイジアナ出身であることがあきらかになっていったけれど)。インタビューもほとんど受けないこのグループは1972年にシングル「Santa Dog」を彼ら自身のレーベル、ラルフ(Ralph)からリリースして正式デビューを飾り、1974年にはビートルズをおちょくったデビュー・アルバム『Meet The Residents』(ジャケットはビートルズの『Meet The Beatles』に落書きしたもの)をリリース。その後、約半世紀という長い期間でライヴ・アルバム、シングルを含めると100枚以上の作品をリリースしている。一部のメンバーは物故しているものの、現在に至るまで活動は休止していない。
そんな彼らは2017年にイギリスのチェリー・レッド・レコードに移籍。新作に加えてこれまで出したカタログの新版(pREServed Editionと銘打たれ、2枚組や3枚組まで増強されたトラックと豪華ブックレットによる愛蔵版フィジカル)が相次いでリリースされている。そのうち、くだんのビートルズ・パロディ・ジャケットのデビュー・アルバムのみが現時点でハイレゾ(48kHz/24bit)で配信されているが、なぜか急に13周年記念ツアーのライヴ・アルバム3枚(東京、クリーヴランド、ニューヨーク)を核としたライヴ・アルバム(正確には1枚はライヴのためのデモ・アルバム)が5枚、ハイレゾ(44.1kHz/24bit)で登場。こと日本のリスナーにとっては、1985年10月に渋谷PARCO SPACE PART3で行なわれたライヴがまずは聴きものだ。当時の彼らがやっていたとんでもなく大掛かりなライヴ「ザ・モール・ショウ」ではなく、比較的簡素なステージだったものの、なんとレジデンツのコラボレーターとして人気の高かったイギリス人スネークフィンガーも同行しての「ピクニック・イン・ザ・ジャングル」「アンバー」「監獄ロック」の快演(怪演?)に大盛り上がりとなった伝説の公演だった。この公演は西武百貨店のレコード販売部門であるWAVEがその5周年を祝うために企画されたもの。それもあってかこのライヴ・アルバム、当時は『アイボール・ショウ』のタイトルで、世界に先駆けて日本のWAVEレーベルが発売していたことも懐かしい。タイガー立石のイラストを使ったミルキィ・イソベのデザインによるジャケットも目を見張る素晴らしさだが、この増強された90分のフルセットに収められた“楽しい実験音楽の旅”をぜひハイレゾで堪能してほしい。
そんな彼らのアルバムは、これまで最初の2枚のスタジオ・アルバムに関してはいずれもすでにハイレゾ配信が実現していた(さらに言えば、サディスティック・ミカ・バンドの解散後に高橋幸宏、高中正義、後藤次利、今井裕によって1976年春に結成されたサディスティックスも、2枚のスタジオ・アルバムと1枚のライヴ・アルバムがハイレゾ化されている。こちらもチェックされたし)ものの、3作目にしてラストとなったアルバム『HOT! MENU』と、解散後にリリースされたライヴ・アルバム『Live In London』(1976年リリース当時のタイトルは『ミカ・バンド・ライヴ・イン・ロンドン』だった)の2枚に関しては今回が初めてのハイレゾ化となる。『HOT! MENU』は、その前作『黒船』同様クリス・トーマスのプロデュースではあるが、前作のプログレ的なトータル感は薄く、むしろその後のクロスオーバー / フュージョン・ブームに先駆けたようなサウンドとなっているのが興味深いし、伝説のロキシー・ミュージックの全英ツアー帯同時に録音された『Live In London』は、最初からアルバム化が目論まれていたわけではなく、ロキシー・ミュージックのミキサーが録音していたカセットテープ(!)がおおもとのマスターという悪条件はあったものの、ここには歴史の証言という事実以上のエレメンツがたしかに存在していて、ハイレゾ化(96kHz/24bit)は大成功と言っていい。鋤田正義による加藤和彦の躍動感あふれるショットを使ったジャケットがまた最高の雰囲気を醸し出すこれはやっぱり大判のLPジャケットが欲しくなるとも言えるけれど。
……と条件反射的に思ってしまう今日も暑い。そんなときに聴きたい、クールなのに熱い一枚が音楽プロデューサーとして80年代から高感度な音楽ファンを中心に支持されるシーンを作り上げてきた井出靖の最新作『Dr. Steven Stanley Meets Yasushi Ide Cosmic Disco Dub』だ。
コロナ禍直前あたりからの井出の活動はとてつもない熱量を帯びているように思える。2019年夏には、自身のプレゼンツによるThe Million Image Orchestra(このネーミングにふさわしい豪華な布陣!)名義でのアルバム『熱狂の誕生』がリリースされ、同年10月にはリリース・ライヴが行なわれたが、その後ご存じのように世界は奇禍に見舞われることとなるものの、それからじつに3年8ヵ月後となる2023年6月に奇跡の再演を果たしたこのドリーム・バンドの夢のような2時間は、今でも脳裏に焼き付いて離れないほどの素晴らしさだった。
2020年秋には全1曲36分のアルバム『Cosmic Suite』が登場。The Million Image Orchestraでもおなじみのメンバーのほか、デトロイト・テクノDJジェフ・ミルズをはじめとする井出のワールドワイドな交流による世界中の友人たちが参加したジャンルレスの大作は、ひさしぶりの井出靖単独名義のアルバムとなった。
そして2022年6月。“宇宙組曲”の世界のさらなる拡張版(演奏時間も倍の70分!)とも言える壮大なアルバム『Cosmic Suite 2 - New Beginning』がドロップされる。ダブをベースにレゲエ、ヒップホップ、ジャズ、ロック、ドラムンベースまで、次々と繰り広げられる壮大きわまりないサウンドスケープは、コンセプターであり、ミュージシャンであり、コンダクターでもある井出の面目躍如といった趣で、井出の長きにわたる音楽人生の中でももっとも突出した作品と言えるものになっていた。
だが、その物語には続きがあった。それがこの『Dr. Steven Stanley Meets Yasushi Ide Cosmic Disco Dub』である。
このアルバムは、『Cosmic Suite 2 - New Beginning』のバックトラック素材を使って全編にわたってダブ・ミックスを施した作品。ダブ・ミックスを担当したスティーヴン・スタンレーはジャマイカ在住のサウンド・エンジニアで、トーキング・ヘッズやトム・トム・クラブ、ブラック・ウフルの作品を手がけ、グラミー賞も受賞したほどの凄腕エンジニアだが、ここでの彼の仕事ぶりはたんにリバーブなどを加えたおざなりなダブではなく、まさに再構築、いや再創造と言ってもいいもの。『Cosmic Suite 2 - New Beginning』はもちろん世紀の名作だと言えるが、その名作を換骨奪胎してさらにここまでクオリティを高めたダブ・アルバムは古今例がないとさえ言い切れる。オリジナル・アルバムも本ダブ・アルバムもどちらもハイレゾ(48kHz/24bit)で聴くにふさわしい名作だ。
そういえばこのアルバムはジャケットもまた素晴らしい。今回取り上げたサディスティック・ミカ・バンドの『Live In London』のジャケットの鋤田正義の写真と同様に、本作のジャケットの伊藤桂司のイラストもまたアルバム自体の価値を高めている。音はハイレゾ最高! だけど、このジャケットはLPで欲しくなるなあ……。