[注目タイトル Pick Up]ポップなディスコ・チューン満載、SPANK HAPPYの2003年作がハイレゾ配信開始 / 2006年にDXD352.8kHz/24bitの高スペックで録音されたグレゴリオ聖歌を聴く
掲載日:2023年12月26日
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注目タイトル Pick Up
ポップなディスコ・チューン満載、SPANK HAPPYの2003年作がハイレゾ配信開始
文/國枝志郎

 基本的にはジャズのサックス奏者として知られている菊地成孔。彼はソロ名義のほかDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN(DC/PRG、dCprG)、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、菊地成孔ダブ・セクステット(および菊地成孔ダブ・セプテット)、JAZZ DOMMUNISTERSなど多くのユニットで活動し、録音も意欲的に行なっている。ハイレゾで配信されているものも多く、とくにソロ名義とペペ・トルメント・アスカラール時代はSACDハイブリッド制作に力を入れていたソニー・ミュージックからのリリースということもあり、PCMはもちろんのこと、SACD用に作られたマスターからDSDデータ(DSD64)も配信された事実は重要だ。まだDSD配信が少なかった時代だったから、これらの菊地のDSD配信はDSDマニアの渇望をいやしてくれた貴重な存在であったし、今でも感謝しかない。しかしながら最近の菊地は音楽面ではサウンドトラックなどの活動が多いせいか、ハイレゾ系の活動が少なめとなっていて、いささか残念に思っていたのも事実である。
 そんな折、唐突に彼の作品の新たなハイレゾが投下された。しかも、DSD64での配信! 飢えたマニアの心を見透かしてるのか(笑)。さらに驚きなのは、それが菊地のポップ・ユニット、SPANK HAPPYのアルバムだったことだ。SPANK HAPPYは第一期、第二期、そして現在も続く第三期(現在はFINAL SPANK HAPPY名義)で音楽性がだいぶ異なるが、ヴォーカルに現役OLと喧伝された岩澤瞳を迎えて渋谷系めいた打ち込みポップスを展開した第二期(1999年~2004年)がもっとも華やかな時代だった。この第二期に彼らは2枚のアルバムを制作したけれど、今回配信されたのは2枚目、通算3作目の『Vendôme, la sick KAISEKI』(2003年)のほう。デヴィッド・ボウイの「FAME」やオリビア・ニュートン・ジョンの「PHYSICAL」のカヴァーも含め、表面的にはポップなディスコ・チューン満載なアルバムだが、そこはそれ、菊地成孔の作品であるから一筋縄ではいきません。いったい裏側に何があるのか、ついついそこを突き詰めたくなるアルバムでもあるわけで……それを見越したDSD配信なのか、というのは勘ぐりすぎでしょうか。



 名エンジニアとしても知られるアラン・パーソンズによるアラン・パーソンズ・プロジェクトのアルバムが年の瀬に2枚、ハイレゾ(44.1kHz/24bit)で配信となった。
 アラン・パーソンズ・プロジェクトのアルバムといえば“音が抜群にいい”が定評。某オーディオ雑誌のアルバム録音評で、彼らのアルバムはリリースされるたびにいつも満点、100点だった。実際のところ点数を付けるほうにしてみれば、100点を付けるのはなかなか勇気がいる行為だ。伸びしろ(逃げ道とも言う)を残した99点ではなく、あえて最高の100点を付けて退路を断つ。ことによるとクレームをつけられる可能性だってあるわけですよ。これ以上の録音はないという意味も含まれるわけだから。それなのにこれが最高! と自信たっぷりに満点を付ける。それも1枚だけじゃなくて、連続して満点なのだ。アラン・パーソンズ・プロジェクトのアルバムなら音は間違いない。僕らはそう信じて彼らのアルバムを買ったし聴いて納得していたのだ。
 そんな彼らのアルバムだから、やはりもっといい音で聴きたいと思うのは当然のことだろう。つまりはハイレゾ・リリースである。ところが、だ。彼らのアルバムのハイレゾ化はどういうわけかなかなか進んでいない。これまでハイレゾ化されたのは『I Robot』(1977年)と『Eye In The Sky』(1982年)のみ。彼らのアルバムでもっともヒットした『Eye In The Sky』のハイレゾ化は35周年記念アニヴァーサリー・エディションのフィジカル・ボックス・セットにあわせて2017年になされている。それ以降続々と彼らのカタログがハイレゾ化されるものと期待して待っていたのだが、その願いは今のところ叶っていない。2020年には『Ammonia Avenue』(7作目、初出は1984年)のハイレゾリューション・ブルーレイ・オーディオ・エディションが発売されたものの配信はなく、また2023年9月には『The Turn of a Friendly Card』(5作目、初出は1980年。初出時の邦題は『運命の切り札』)のハイレゾ音源収録のブルーレイ・ディスクを含むボックス・セットが出たばかり。しかしこれも現時点でハイレゾ配信が実現していないのはどういうわけだ! と憤っていたところ、そうしたファンの思いをキャッチしたのか、突然彼らのアルバムが2枚、同時にハイレゾ配信されたのだった。
 今回配信されたのはどちらもオリジナル・アルバムではない。『The Sicilian Defence』は、1979年に録音され、『Eve』の次に5作目として発表されるはずだったがお蔵入りになっていたインスト・アルバムで、2014年にリリースされた『The Complete Albums Collection』で初めて世に出されたもの。もう1枚の『The Instrumental Works』は1988年にリリースされたタイトルどおり彼らのインスト作品のみを集めたベスト・アルバムである。ハイレゾとして若干スペックが見劣りする(44.1kHz/24bit)ことは気になるけれど、もちろんどちらのアルバムも水準は高い。この2枚を契機として、彼らの残りのオリジナル・アルバムがすべてハイスペックなハイレゾ・サウンドで楽しめる日がすぐそこまで迫っていると信じながら今はこの2枚を楽しみたいと思うのだ。


 ピアニスト・作曲家のHideyuki Hashimotoは2012年にアルバム『earth』でデビューし、以後現在にいたるまで10枚近い作品をリリースしているけれど、僕が彼の名を知ったのはじつはつい最近であることを告白しておかねばならない。
 そのきっかけを作ってくれたのはポスト・クラシカルの旗手ニルス・フラームだった。2022年の秋にニルス・フラームがアルバム『Music for Animals』をリリースした際、彼がそのアルバムでそれまでの彼のトレードマークだったピアノの音を(一時的にせよ)捨て去り、フィールド・レコーディングや電子音による3時間超えの超大作を作り出したことに興味を持ち、彼にコンタクトを取ったことがあった。そのときに彼が創設したPiano Day(1年の始まりから数えてピアノの鍵盤数と同じ88日目に世界各地でコンサートが行なわれる)のことを彼の口から聞いたことが、2023年3月の東京でのPiano Dayに足を運ぼうと思ったきっかけとなり、それがHideyuki Hashimoto(とHiroko Murakami)を発見する契機となったのである。ちょうどPiano DayでHashimotoの出演する前日に出演していたDaigo Hanada(彼もPiano Dayの常連)とHashimotoとMurakamiの3人による「Seis」がハイレゾで配信されていたことも知った。それは期待に違わぬ美しさにあふれた作品だったが、曲としては「Seis」1曲で、そのヴァージョン集という趣だったので、ちょっと物足りないなと考えていたところ、年の瀬になってHashimotoとMurakami(Hiroco.M名義)の共作となるミニ・アルバム『Epistrophy』がハイレゾ(96kHz/24bit)で登場。うれしいクリスマス・プレゼントとなったのだった。
 共同名義ではあるが、ピアノの演奏は1曲を除いてHiroco.Mが担当。Hashimotoはミキシング・エンジニアとしてクレジットされているのが興味深い。つまり、このアルバムのサウンド・デザインをHashimotoが行なっているということだ。Hashimotoのこれまでのアルバムでも特徴的な、ハンマーが弦にあたるポコポコした感じの音、ペダルを踏むような音はここでも健在である。またラスト・トラックの「Memory」で、アルペジオに同期したキー(もしくはパッド)ノイズがまるでリズムのように聞こえ、ある種のディープなクラブ・トラック(たとえばBasic Channelの諸作やエイフェックス・ツインの「Quino-Phec」や「Blue Calx」)を思わせもする。7曲で15分という短い収録時間が信じられないほど、引き伸ばされた時間感覚を聴き手にもたらす佳品。

2006年にDXD352.8kHz/24bitの高スペックで録音されたグレゴリオ聖歌を聴く
文/長谷川教通

 ノルウェーの「2L」レーベルが、ハイレゾとサラウンドに並々ならぬ情熱で取り組んできたのは、音楽&オーディオファンなら誰もが知っている。『四旬節と聖週間(受難週)のグレゴリオ聖歌(EXAUDIAM EUM - Gregorian Chant for Lent and Holy Week)』は2006年の収録だが、オリジナルのフォーマットはなんとDXD352.8kHz/24bitだ。JEITA(電子情報技術産業協会)や日本オーディオ協会が、ハイレゾの呼称や定義を公表したのが2014年。その8年も前に、現在でも最高スペックと言えるサンプリング周波数352.8kHzでの録音を行なっていたのだから、その先進性には脱帽するしかない。しかもサラウンドでの収録なのだ。この5.1ch音源はe-onkyo musicで入手できる。最近ではイマーシブ(没入型)オーディオといって、水平方向のサラウンドに加え上層方向の音情報を再現することを意図したサラウンドが注目されているが、2Lレーベルはイマーシブオーディオのトップランナーでもあり、2006年の時点でも当然ながら上層から降り注ぐ響きの成分も意識して録音していたに違いない。というわけで、5.1ch音源をノーマルな5.1chだけでなく、Auro 3Dモードの10.1chで再生してみる。
 グレゴリオ聖歌は中世から続くヨーロッパ音楽の原点でもあり、単旋律で描かれる崇高で独特の美しさを聴かせてくれる。現代の五線譜の原点とも言えるネウマ譜で書かれ、その写本は美しい装飾で彩られている。収録場所はノルウェーのリングサケル教会。オスロから北へ100kmほどの、中世に建てられた石造りの教会で、高い屋根の上にとんがり帽子のような尖塔が特徴的だ。内部の壁もアーチ型の天井も石造り。この空間に響くモノフォニーが心に染みる。歌っているのはオスロ・コンソルティウム・ヴォカーレ。オスロ大聖堂の8人による男声アンサンブルだ。指揮するアレクサンダー・M.シュヴァイツァーはグレゴリオ暦を専門とする神学者でもあり、グレゴリオ聖歌のスペシャリストだ。グレゴリオ聖歌の録音ではフランスのサン・ピエール・ド・ソレーム修道院聖歌隊によるソレーム唱法が広く知られているが、すべての音符を同じ長さで歌うソレーム唱法に対して、現在ではさまざまな解釈も提唱されていて、このオスロでの歌唱もそのような研究の成果と言える。単調なリズムゆえに陶酔的でたゆたうように時間が流れていくソレーム唱法に比べ、リズムの扱いがいくぶん多様化することで、朗唱がより音楽的な歌唱に変容していくように感じられる。これをAuro 3Dで聴くとどうなるだろうか。ノーマルな5.1chとはあきらかに違う。スーッと3次元的な音響空間が拡がるではないか。平面的なサラウンドの中にも、上方からの響きがしっかりと含まれているのだ。なぜAuro 3Dがヨーロッパで生まれたのかがよく理解できる。どの街のどの教会を訪れても、この響きが日常なのだから。復活祭を前にした大切な時を過ごす祈りの聖歌が穏やかな合唱で綴られていく。クラシック音楽の発展でつねにインスピレーションの源泉となったグレゴリオ聖歌を、ぜひともAuro 3Dで収録してほしい。そして17年前に収録された録音は、ハイレゾ&3Dサラウンドの原点でもあるのだと気づかせてくれる。


 上野星矢がフランスの作曲家の作品をラインナップしたアルバムをリリースした。“満を持して”あるいは“絶対の自信を込めて”と表現していいのではないだろうか。パリ国立高等音楽院に学び、最優秀の成績で卒業した上野が、音楽院の卒業試験の課題曲を中心に演奏したアルバムだ。20世紀を代表する名手の名を冠したジャン=ピエール・ランパル国際フルートコンクールを、わずか19歳で制した彼が、フルートを愛する音楽ファンに向けて、そしてプロ&アマチュアを問わずフルート吹きならかならず演奏するであろう作品をズラリと並べている。“いまの俺なら、こう吹く”という自信が漲るプログラムだ。ちなみにジョルジュ・エネスクはルーマニア生まれだが、十代の半ばでパリ音楽院に学び、フランクやダンディ、ショーソンらの影響を受け、第二次大戦後は故国に戻ることなく、パリの墓地に埋葬されている。フランスのテイストを感じさせる作品ととらえていいだろう。
 ピアノは前作『フルート“三大”ソナタ』でも共演した岡田奏。彼女もパリ国立高等音楽院の出身だ。フランス音楽って息づかいと間の取り方が意味を持つ……そんなフレージングが生命線だと思う。収録された作品にはそんなフランス的な面白さを聴かせるツボがちりばめられている。そのツボを外すと、どんなに巧いフルートであっても、つまらない演奏になってしまう。上野のフルートはとにかく巧い! でも、それだけじゃない。まず音色が美しい。しかも明るさや輝かしさの度合いを絶妙に変化させる。その彩りの豊かさは、まさにフランス音楽の神髄。音と音のつながりに変化を持たせ、強弱もテンポの揺らしもあって、まさにアーティキュレーションの妙。そしてピアノがいい。フルートの揺らぎに呼応して間を合わせ、デリケートにタッチをコントロールし、日の陰りを奏でるかと思えば、キラッと輝く高音域の音色を聴かせたり、すぎた音量や個性を主張することはないのにツボを外さない。タファネルの「アンダンテ・パストラーレとスケルツェッティーノ」を聴いてほしい。「アンダンテ・パストラーレ」での伸びやかで美しいフルートにさりげなく寄り添いながらフッとエスプリを効かせる。とても味のあるピアノだ。「スケルツェッティーノ」では表情を変え、軽やかに舞ってみせる。ゴーベールの作品でもアップダウンを軽やかに弾いていく。ここで展開されるフルートとピアノの掛け合いがすばらしい。アルバムのラストに置かれたシャミナードの「コンチェルティーノ」も、おなじみの旋律が自在に宙を舞うかのような卓抜な演奏。“うわー、巧い! いいなー、このフルート!”と感激してしまう。録音も鮮明で、音色に濁りがまったく感じられず、ピアノが奏でる弱音の和音まで克明にとらえている。


 いまやアメリカでもヨーロッパでも女性指揮者の進出が目覚ましい。それらの中でも、ひときわ注目度の高い指揮者が沖澤のどかだ。青森県三沢市に生まれ、青森市で育った彼女は、普通高校から東京藝大の指揮科へ現役合格。本格的な指揮の勉強は大学へ入ってからだというが、その才能はグングンと花開いていく。もっと指揮を勉強したいと大学院に進み、その後はオーケストラ・アンサンブル金沢でアシスタントを務め、音楽だけでなく事務の仕事もこなしていたという。さらにベルリンのハンス・アイスラー音楽大学で学び、ヨーロッパ各地で行なわれるマスター・クラスを積極的に受講したり、さまざまな機会をとらえて腕を磨いていった。そしてブザンソン国際指揮者コンクールだ。小澤征爾が第9回を制してから60年後の2019年、松尾葉子に続く日本人女性2人目の優勝(日本人としては10人目)に輝いた沖澤。翌年にはベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーから奨学金を受け、キリル・ペトレンコの助手をつとめていたし、2022年にはペトレンコの代役でベルリン・フィルを振っている。現在は京都市交響楽団の常任指揮者をつとめる。
 ブザンソンのファイナルでのR.シュトラウスを振った映像を見ても、とても明快な指揮ぶりで表情も豊か。“のどか”という名前にふさわしい笑顔が素敵だ。この指揮ならオケは弾きやすいだろうなと感じる。最新録音のシベリウスでは読響を振っている。交響曲第2番といえばあふれんばかりの高揚感とダイナミックなサウンドに心奪われる……そんなイメージを持たれるが、沖澤のどかのシベリウスはちょっと違う。やや遅めにテンポをとり、オケに思いきって伸びやかに旋律を歌わせる。どこまでも自然な音楽の流れ。すべてのパートをていねいに扱い、全体の響きがきれいになるように整理していく。そう、ダイナミックで美しい自然の風景を眺めたとき、さまざまな草花が咲く草原の拡がりから、山肌の美しいディテール、山々の稜線が日差しを受けてクッキリと浮かび上がり、雲が漂う……自然のパーツが階層状に積み上げられてパノラマを形成するのだ。沖澤のシベリウスは、雄大で大音響の中でも微細な音を見失うことなく、ディテールを大切にする。ところどころで“あれ、こんな音まで入っていたんだっけ”と驚くこともある。全合奏でも響きが飽和したり、混濁したりはしない。クライマックスに向かう盛り上がりでもけっして急がない。むしろテンポを落とすことで高揚感があふれ出てくる。すばらしい録音だ。沖澤の指揮の醍醐味を発揮させるためにも、ぜひ解像度の高いスピーカーで再生してほしいと思う。

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