こちらハイレゾ商會
第30回 ハイレゾでエロチシズム
今回はエロチシズムがテーマである。
エロチシズムをふりまくアーティストといえば、なんといっても
マーヴィン・ゲイを挙げないわけにはいかないだろう。マーヴィンには『レッツ・ゲット・イット・オン』という性愛をテーマにしたアルバムがハイレゾでもリリースされているが、僕にしてみれば音楽自体は(マーヴィン・ゲイにしては)まだエロくない。マーヴィンのアルバムでもっともエロチシズム全開なのは『アイ・ウォント・ユー』だと思う。さっそくハイレゾで聴いてみる。
マーヴィンの歌声はやわらかく、じつに官能的だ。もう“耳たぶに息を吹きかけられる”というレベルではない。ゆっくりと、やさしく、女性の身体を愛撫しているかのようなヴォーカルである。これには男の僕だってゾクゾクしてしまう。その一方でリズムの切れがハードなのがさらに興奮をそそる。
それでも『アイ・ウォント・ユー』がエロ・アルバムにならないのは、マーヴィンの音楽がメッチャカッコいいからである。リズム隊にストリングスと多重コーラス。こんな甘〜い編成でもハード・ロックなみにカッコいい。一流のエロチシズムは一流の音楽にこそ宿るのであろう。なお曲によっては女性の喘ぎ声が入っているから、くれぐれも家族のいるリビングでは聴かないように(笑)。
マーヴィン・ゲイ
『アイ・ウォント・ユー』
(1976年)
では女性シンガーでエロチシズム全開といえば誰だろうか。
僕としては
チャカ・カーンを挙げたい。ソウル&ファンク系のチャカ・カーンが“どうしてエロチックなの?”と思われるかもしれない。でも僕の場合、囁くような女性ヴォーカルにはエロチシズムを感じないのである。それは音楽上の技巧として感じてしまうからだ。だから僕としてはチャカ・カーンの“絶叫ヴォーカル”にこそ、エロチシズムを感じるのである。これはマーヴィン・ゲイとは真逆で、もうスポーツとしてのセックスと言ったほうがふさわしいかもしれない。
さっそく代表作『ワッチャ・ゴナ・ドゥ・フォー・ミー』のハイレゾを聴いてみる。ハイレゾは、いかにも80年代初期のソリッドな音を伝えながらも、キツくない案配で耳元に届く。1曲目の「We Can Work It Out」からチャカのヴォーカルは全開だ。いきなり僕の上にまたがるや騎乗位で始まる感じ。曲中では何度もオルガスムのようなハイトーン。続くタイトル曲「What Cha Gonna Do For Me」(邦題「恋するチャカ」)も、まあ〜カッコいい曲で、チャカのエロチシズムがグイグイと腰を押しあててくる。しかし僕がはてるのは許されず、アルバムが終わるまでチャカと濃厚な時間をすごすのであった。
チャカ・カーン
『ワッチャ・ゴナ・ドゥ・フォー・ミー』
(1981年)
エロチシズムはソウルだけの専売特許ではない。クラシック音楽にもエロチシズムはある。その筆頭は間違いなく
R.シュトラウスの歌劇『サロメ』だろう。有名な「七つのヴェールの踊り」はサロメが躍りながら衣服を脱いでいく場面である。いってみればストリップであるが、実際の公演では演出はさまざまだ。過激な演出もあれば、肩すかしをくらう演出もある。
むしろ音楽だけを聴くだけのほうが、妄想がふくらんでエロチシズムをより感じることだろう。「七つのヴェールの踊り」は単独の管弦楽曲として演奏されるくらい有名なので、ハイレゾでも
カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、
山田和樹指揮
スイス・ロマンド管弦楽団の2種類が配信されている。カラヤン盤なら70年代アナログ録音の厚味と、カラヤン指揮ベルリン・フィルの紡ぎだすネットリとした演奏が聴ける。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
『R.シュトラウス: ツァラトゥストラはかく語りき、「サロメ」〜七つのヴェールの踊り 他』
(1972, 1973年録音)
いっぽう、山田和樹盤なら高音質レーベルで有名なペンタトーンの最新録音を堪能できる。ちなみに山田和樹盤には同じR.シュトラウスの歌劇『ばらの騎士』よりワルツ第1番も収録している。これも僕にはエロチックなクラシック曲だから、最後に触れておこう。
歌劇『ばらの騎士』の導入曲も考えようによってはエロチックだ。幕が上がると、そこには元帥夫人と愛人の若者オクタヴィアンがベッドの中でまどろんでいる。ふたりは昨夜の余韻にひたっているのだ。ここでR.シュトラウスが書いた導入部の音楽には、2人の愛の行為が描写されていて、ホルンの猛々しい旋律はオクタヴィアンの射精を意味するという説を聞いたことがある。そう考えると男性としてはなんともスッキリした(笑)エロチシズムに襲われるのである(『ばらの騎士』というオペラ自体は、エロチシズムというよりも愛を歌った感動的ものなので誤解なきよう)。歌劇『ばらの騎士』よりワルツ第1番はその導入部が含まれた管弦楽曲である。これもハイレゾでぜひ聴いていただきたい。
山田和樹指揮
スイス・ロマンド管弦楽団
『R.シュトラウス: 「サロメ」〜七つのヴェールの踊り 他』
(2013年録音)