こちらハイレゾ商會
第39回 ハイレゾが“モノラルのストーンズの良さ”を伝えてくれる
レコード業界はあの手この手の企画を考えている。とくに僕ら“レコード世代”を狙ったものは多い。昔の名盤をリマスターしたり、“×周年デラックス・エディション”と銘打ってボックス・セットを発売したり。これらはすっかり定着し、今後もなくなることはないと思うが、ここにきて、また新たなアイディアが登場してきた。それがモノラル音源の発売である。
モノラルはステレオの登場以来、“古い技術で音が悪い”と思われてきた。本当はそうではないのだが、僕らの世代はステレオ全盛期であったから、あっさりと信じてしまったのだ。僕が“モノラルにはモノラルの良さがある”と知ったのは、90年代ではなかったかと思う。きっかけは
ビートルズのUKモノラル盤だった。たしかにステレオよりもガッツのある音だった。
しかしレコード会社でモノラルに注目していたのはインディペンデントのレーベルだけだった。彼らは60年代のロックの名盤を、そもそもはオリジナルであるモノラルLPで発売し、一部のマニアの目をひいた。しかしメジャーのレコード会社はあいかわらずステレオ盤の発売しか頭になかった。メジャーのレコード会社がモノラルに注目しだしたのは2000年代になってからだと思う。
これもやはりビートルズからだと思うのだが、2009年にビートルズのモノラル盤CD
『ザ・ビートルズ・モノ・ボックス』が発売。さらに2014年にはアナログ・レコードで復刻した『ザ・ビートルズ MONO LP BOX』が発売。これでモノラルに対する興味が一般にまで広まったのか、はたまたモノラル盤がビジネスになったのか、とにかく以後はいろいろなアーティストのモノラル音源が発売されるようになった。
それで、ようやく
ストーンズである。『The Rolling Stones In Mono』。60年代のスタジオ・アルバムとシングル / EPに収録された曲がモノラルで登場だ。しかし、これはCDボックスである。CDを買った方には申し訳ないけれど、“アナログの権化”であるモノラルと“デジタルの中途半端な落とし子”のCDではミスマッチに思えてしょうがない。モノラルの妙味を最大に引き出すなら、同時発売のアナログLPかハイレゾのほうがふさわしいと思う。
ということでハイレゾの『The Rolling Stones In Mono』である。さっそく聴いてみると、ビートルズの場合と同じように、ストーンズのモノラルもガッツのある音である。
しかし正直に言って、同じモノラルでも録音のクオリティはビートルズのほうが上だ。ストーンズの場合、とくに初期の録音はそれほど粒立ちのいい音ではないから、オーディオ的な妙味はビートルズより劣る。ただ、モノラルが噴出する“ガッツ度”の伸びしろはストーンズのほうがあった気がした。
というのもストーンズの音楽はステレオで左右に分ける、すなわちパーツに分けてしまうと、ビートルズ以上に、音楽の持つパワーが伝わらない気がするのである。ストーンズの音楽をハンマーにたとえたら、頭部と柄の部分が左右に離れてしまう感じだ。これではガツンとやられようがない。やはりモノラルのほうがストーンズらしさを感じる。とくに彼らのルーツであるブルースの曲では、モノラルのほうがノリがよく楽しく聴くことができる。
60年代末のステレオが一般的になった時期のアルバムになると、さらに違った印象を持つ。すなわち『ベガーズ・バンケット』や『レット・イット・ブリード』などだ。これらはステレオでも悪くないと思う。とくに「悪魔を憐れむ歌」や「無情の世界」などの壮大な曲はステレオの広がり感があってこそ、だろう。
しかしこれらのアルバムのモノラルも悪くない。聴いてみるとわかるが、モノラルだって広がるのだ。ただステレオの扇状の広がりではなく、直線的に伸びてくる広がりである。そのほか、シングルのみの曲もモノラルのほうが、変な言い方だが“ドーナツ盤”を聴いている感じがして楽しい。
結局、60年代のローリング・ストーンズも“モノラルで聴いてこそ、ストーンズ”となった。モノラルが再び脚光を浴びる時期が、ハイレゾの時代とちょうど重なったことが幸運だと思う。ハイレゾのおかげで、デジタル世代にもモノラルの良さを伝えることができるようになったのだから。
ザ・ローリング・ストーンズ
『The Rolling Stones In Mono』