こちらハイレゾ商會
第49回 寺尾聰の大ヒット作『Reflections』を分厚く伸びやかな音で
寺尾聰と言えば押しも押されぬ俳優である。新人だった頃こそ、父親でこれまた名優だった宇野重吉の息子という呼ばれ方をしていたものだが、今では宇野重吉のほうを知らない方のほうが多くなったのではないか。
そんな俳優の寺尾聰が、大ヒット曲を飛ばした“歌手”でもあることは僕らの世代では常識だ。映画やテレビドラマ、CMで寺尾聰を見ると、さすがに“宇野重吉の息子”とは思わなくなった僕も、寺尾聰が歌手でもあるという認識は続いている。
「ルビーの指環」は1981年に大ヒットした。最初こそ“2世俳優が歌っている”と珍しがられていたと思うが、あれよあれよという間に社会現象になった。「ルビーの指環」はヒット・チャートやテレビの音楽番組で数々の記録を打ち立て、その年の日本レコード大賞を受賞。寺尾聰はNHK紅白歌合戦にも出演した。
ここまで国民的ヒットを放っても、普通なら俳優の余技と捉えられるところだろう。しかし寺尾聰の場合は違った。なぜなら「ルビーの指環」を作曲したのが寺尾自身だったからである(作詞は松本隆)。ビートルズ以来、洋楽リスナーはアーティスト自身による作詞作曲に弱い。寺尾聰の場合は作曲だけであるが、キャッチーなメロディは俳優の余技とは思えないほど才能にあふれていた。
それは「ルビーの指環」を収録したアルバム『Reflections』を聴けばさらにわかる。『Reflections』もいろいろな記録を打ち立てて、邦楽史に残る作品となった。このアルバムの全曲も寺尾聰自身の作曲なのだ(作詞は松本隆や有川正沙子など)。そしてどれも名曲。
このレコードは当時兄貴が買ったので、僕も本当によく聴いたものだ。最初は、どうせ「ルビーの指環」だのみのLPだろうと思っていたのだが、全然違った。1曲目の「HABANA EXPRESS」から“おっ!”と思った。これは本格的だ、と。続いて「渚のカンパリ・ソーダ」。これも憎らしいほどキャッチーなメロディ。
つまり『Reflections』は、たとえ「ルビーの指環」が収録されていなくても素晴らしいアルバムだったのである。それも歌謡曲というよりも、当時同じくよく聴いていた山下達郎の『RIDE ON TIME』のようなシティ・ポップのアルバムとして聴いていた。テレビの歌番組だけで「ルビーの指環」を聴いていた人は別として、『Reflections』を聴いた人は寺尾聰を邦楽アーティストとして認めるのにやぶさかではなかったのではあるまいか。
で、お待たせしました。ハイレゾである。そんな『Reflections』がようやくハイレゾでリリースされたので聴いてみた。
ハイレゾでも1曲目の「HABANA EXPRESS」から“おっ!”ときたものである。昔は曲の良さに感嘆した“おっ!”だったけど、今回は音質の良さに感嘆した“おっ!”だ。音が厚い。
80年代のシティ・ポップというと、演奏はスマートだけど音は硬め、薄いという印象だった(だから都会的に聴こえた)。『Reflections』のLPレコードもそんな記憶がある。それが今聴いているハイレゾでは分厚く伸びやかな音なのである。重心が低く、中域や低域の充実した音だ。当時は「お経のようだ」と冷やかされた寺尾聰のヴォーカルも憂いが増した気がする。
そのかわりと言うべきか、ハイレゾだとシティ・ポップと思っていた『Reflections』のなかに歌謡曲のように感じられる部分が出てきたのが面白い。表層的なサウンドにごまかされない分、結果として日本人の“歌謡性”が際立ってしまうのかもしれない。演奏とアレンジは昔以上に素晴らしく感じるのだから。ハイレゾ配信を機会に『Reflections』がまた多くの人に聴かれることを望んでやまない。
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