11月11日にリリースされる、
川江美奈子の3年半ぶりのオリジナル・アルバム
『LIFE375』。本人が“最高傑作”と公言する本作についてロング・インタビューを敢行!
【Chapter.1】
New Album『LIFE375』ロング・インタビュー
さまざまな“LIFE”と重ねられる
3年半ぶりの新作『LIFE375』
川江美奈子(以下、同) 「昨年発表した
『letters』はいろいろな人に提供した楽曲の弾き語りセルフ・カヴァー・アルバムだったので、オリジナル・アルバムとしては久しぶりですね。私、なにしろレコーディングが大好きで、アレンジしてくださる方の色とか、すごく楽しみにしてるんです。早く作りたいなと思いながら……3年以上も経ってたんですね」
――その3年半は長く感じましたか?
「そうですね。その間はライヴをたくさんして、弾き語りに集中した時期って感じでした。シンプルな弾き語りは私の基本スタイルですけど、一方でアレンジが醸し出す世界はすごく大切に思っていて……そういうものをまた集中して作れる時を待っていたので、本当にレコーディングが楽しかったです」
――『letters』の発売以降も、楽曲提供の方もたくさんしてましたね。
「そうですね。
今井美樹さんや、
新垣結衣さんや、
森山良子さんや……。その都度、すごく楽しんでやらせていただきました。美樹さんには〈宝物〉〈re-born〉〈ひとひら〉……など書かせていただいて。美樹さんは“今の自分”というものをきちんと考えている方なので、そこにちゃんとリンクしたものを書きたい、といつも思いながら」
――では、アルバムの話に戻します。選曲はスムーズにいきましたか?
「選曲はわりとスムーズだったかな。これまでに“絶対これは入れたいね”って思ってた曲を並べてみたら、意外と残り少なくなっちゃって。最後はちょっと絞り込むような感じで」
――今回ってコンセプトみたいなものは最初からあったんですか?
「今回はあえて“コンセプト・アルバムにしよう”っていう今までのこだわりをとっぱらおうとしたのですが……おのずとコンセプトは付いてきた気がします。そもそも曲に向かう姿勢っていうのが、前とは少し変わってきていて……。前は“自分自身の身を削ってます!”みたいな、“これは私小説です!”みたいな自負がすごく強くあったんですけど……今回のアルバムでは、身は削っているけれど、どこかで客観視していたい、というような感じがあって。11曲で11人のLIFEを描くような気持ちで作りたかったんですよ。37年生きてきた川江美奈子の視点から見た“色とりどりのLIFE”。さまざまだけど、懸命ってところでアルバム通して繋がっている、みたいな。“今の私だからこそ書けるもの”を作りたいという気持ちは、デビューの時からずっと変わらないんですけど」
――アルバム・タイトルの“LIFE”のあとに“375”を付けたのにはどういう意味が込められているんですか?
「アルバムの最後に〈LIFE〉という曲があって、それは表題曲というべき大切にしている曲だったんです。まず素直にそこからアルバムのタイトルをとって。でも何かだけじゃなくて、そこに自分らしい“しるし”みたいなものを付けたくなったんですよね。それで思いついたのが“375”。“37歳、5年目の美奈子です”っていう意味を込めて(笑)。“見て見て”というわりには自分を隠したい……でも、さり気なく主張したい、という中途半端な自分好きの表われですね(笑)」
――今回、プロデューサーの武部聡志さんはどのような関わり方でしたか? 「武部さんは今回もトータル・プロデューサーとして全体を見渡しながら……アレンジは他の方にもお願いしました。武部聡志さん、河野圭さん、藤井理央さんの3人のアレンジャーですね。他のアレンジャーの方のレコーディングには武部さんは立ち会わないこともあったり、とお互いが信頼し合っている中で進んでいきました」
――河野圭さんとは、今井美樹さんへの楽曲提供がきっかけで知り合われたとか?
「はい。その後、美樹さんのツアーでもご一緒させていただいて。アレンジに独自の世界観を持っている方なので、丸投げしてみたらどんな色を出してくれるんだろう??ってわくわくさせられるところがあって。お願いした<春待月夜>はライヴで長く弾き語りをやってた曲で、自分の中でもイメージが馴染んでいたので……あえて河野さんの力にゆだねてみたかったんです。まずは私が心の中のイメージを簡単な言葉で伝えて。“これは引きこもっちゃってて、穴の中で膝を抱えてて、そこに光がこう差して……”みたいな。そうすると“へー”とかって聞きながらも、ちゃんとそれを音にしてくれるんですよ」
――〈Rainy story〉も河野さんのアレンジですね。
「〈Rainy story〉は、周りに“この曲好きだから絶対入れよう!”と強く言ってくれた人がいて。ただ、懐メロみたいに古っぽくもなり得る曲だし、アレンジ次第でどうなるのかなって、みんな不安と期待があったんです。そんな時こそ河野さんですよ! スゴ腕を見せてくれました。録りながら“アーバン・サウンド”って呼んでたんですけど(笑)、お洒落だけどお洒落すぎない落としどころというか。お洒落すぎて流れちゃうようなものは、自分っぽくないなという思いもあって。そのさじ加減がすごく成功したんじゃないかと思っています」
――〈プレゼント〉はクリスマス・ソングらしくとお願いしたんですか?
「はい、これは初のクリスマス・ソング的な曲で。河野さんには“こんな気持ちがぎゃんちゃん(川江のニックネーム)にもまだあったんだねぇ”とか言われましたけどね(笑)。“曲を書いてれば何歳にでもなれるのよ!”とか言いながら。この曲は実話のエピソードでもあって、実際、人と待ち合わせていたときに自分がすごく好きな曲(
ジョニ・ミッチェルの「River」)が流れてきて嬉しくなったことをずっと覚えていて。そんな些細な出来事から膨らませて書いた曲なんです」
――藤井理央さんのアレンジはどうでした?
「藤井さんは、以前私が平原綾香ちゃんに提供した曲のアレンジを手掛けてらしたこともあって、面識はあったんです。でもしっかりご一緒させていただいたのは今回が初めてで。そのやわらかい人柄に重なる持ち味がアレンジにもあって……たとえば
コブクロさんのアレンジの中にもあるような、泣かせるストリングス・アレンジなんて、とくにいいんですよね。本当にお三方ともそれぞれの持ち味があって素晴らしいと思いました」
――武部さんと制作した曲は。
「武部さんアレンジの曲は、新曲、書き下ろしたてのものが多いです。<いつも通り〉とか。アルバムの中で一番サウンド的に派手な曲なんですけど、武部さんはつねづね“君の曲は言葉が聴こえないと意味がないから”と言っていて。だから盛り上げつつも歌詞の世界を大事にしようと考えましたね」
――では、歌詞について聞いていきます。〈春待月夜〉の歌詞はどんなシチュエーションで書いた曲ですか?
「武部さんがNHKの『プロフェッショナル〜仕事の流儀』という番組に出演されたときに、曲を書くことに悩んでいるアーティストという立場で私も少し関わらせていただいて。<春待月夜>はちょうどあのドキュメンタリー収録と並行してできあがった曲なんです。もがきながら曲ができていく過程をカメラが撮ったりして。“もっと生々しい、自分をさらけ出した感情をそのまま書かないと、人には伝わらないよ”ってことをずいぶん武部さんと話した時期でした。言われてることはわかるけど、どうすればそういう曲になるのかわかんない!って支離滅裂にキレたりもして。そういうなかで、もうぜんぶ自分が消えちゃえばいいことなのかもしれない、でもそれじゃフェアじゃないな……みたいなことを悶々と考えていて。うまくいかなくて、穴にこもっているくせに、世界との関わりを絶つ勇気なんてないという矛盾に気づいて。そんな気持ちをぶつけた曲なんです」
――川江さんの歌詞は文学的なので、歌詞の深いところを読み解く楽しさがあるんですけどね。その深さを探す楽しみというか。
「読み解いてもらおう、みたいなことを考えてるわけじゃないんですけど、最初に読んだだけでは伝わらない、とはよく言われていて。そんな、“どうぞ深読みしてください”みたいな音楽じゃダメなんじゃないかって、ずいぶん考えもしました。今は……自然とそうなることはあってもいい、でも自分でもその曲の世界を客観視できるようでいたいな、と思っています。今回の歌詞はあえて、シンプルで直球的な言い方にした部分もありましたね」
――“春待月”という言葉は、庭園美術館でのライヴ・タイトルにあった言葉ですよね?
「はい。あれは病気療養したあとの、久しぶりの大きなライヴということもあって……自分の中の特別な思いがいっぱい詰まった言葉なんですよ。“春待月”って12月のことなんですけどね。<春待月夜>という曲は私の中で、最初からつよい心象風景の中にありました。絵本みたいにね。その風景の中に衝動がつまったような曲だから……いつライヴで唄っても、なんだかすごく演奏も衝動的になっちゃうんですよ」
――〈Rainy story〉を書いたのはずいぶん前なんですか?
「そうですね。“あえて、ちょっと自分っぽくない曲を書いてみたい”って思って。まぁどう書いても結局は自分っぽくなってしまうんですけど。そう、私ね、昔から世界中のタワーになぜか心惹かれるんですけど、東京だったらけやき坂から見える東京タワーがすごく好きで。友達とあの付近で語り合った夜、けやき坂をふわふわ歩きながら、心の中でこの詞を書こうって思ったんです」