走り続ける人と、支える存在との絆が描かれた
「孤高の君へ」
――〈孤高の君へ〉は、BSのドキュメンタリー番組のテーマ・ソングになったんですよね?
「はい。高橋尚子さんが参加されている<スマイル アフリカ プロジェクト>という活動を追ったドキュメンタリー番組です。もう小さくて履けなくなった靴などをアフリカの子どもたちに送ろう! という活動なんですけど。本当にガラスだらけの地面を、靴を持てない子どもたちが裸足で駆け回っているんですよ。怪我も深刻な状況で。そこへ靴を届けて、尚子さんが現地の子たちと一緒にマラソンをしたりするその模様をおさめた番組なんです」
――この曲は、そもそもが高橋尚子さんにインスパイアされて作った曲ということですけど、いつくらいの、どんなシーンの高橋さんを見て作った曲ですか?
「“最後のオリンピックにチャレンジする”って言われてた頃だと思います。私は例によって当時、曲づくりの壁にぶつかっていて、誰に言えるでもなく孤独だな……なんて感じていて。そのときちょうどテレビで高橋尚子さんが会見をしていたんです。彼女ってよく笑うじゃないですか。走ったあとも、コメントでも。笑いながら、はっきりと、不特定多数の人々に向けて宣言する。それってすごいことだなぁって改めて感じて。なぜそこまで、そんなふうになれるんだろう? って考えたときに、彼女のダーク・サイドを支える存在……人かもしれないし、自分の意志かもしれないけれど、そういう存在が絶対に目の前に見えてるんだって勝手に感じたんです」
スタッフ 「補足なんですけど。川江はずっと前から、高橋尚子さんご本人にいつかこの曲を届けたいと秘かな願いを持っていて。タイアップのエピソードとはまたちがう話なんですけどね。スタッフ間をめぐりめぐって……。先日ついにご本人に曲を届けられたんです。川江の手紙と一緒に。その手紙っていうのが、なにやらすごく分厚かったんですよ! それでスタッフ同士、“これ……一応中身チェックする?”となったんですが、“まぁだいじょうぶでしょう”ってことで、誰も内容を知らないまま渡されました(笑)」
「そうそう。お会いしたことないのにね。ずいぶん重い手紙になっちゃったの。便箋6枚ぐらいだったかな(笑)」
――「ピアノ」と「旋律」はシングルとしてリリースされてから、かなり時間が経ちましたが、今改めて聴くとどうですか?
「〈ピアノ〉は年月が経って、私にとってまた新しい、大切な意味を持っている曲です。アルバムのどこに入れようかという話になったとき、これをもしラストに持ってくるとこの曲の重さが強調されすぎる気がして、あえてさらっとまぎれさせたい、と選曲の時に主張しました。爽やかに、さり気なくこの曲があるっていうのがいいな、と」
――「真実」はどうですか?
「この曲は何年も前からライヴで唄っていて。作ったのはかなり前かな。ライヴではしっとりスローに唄うことが多かったけれど、今回のアルバムの中ではちょっとポップな感じに仕上がってますね。自分でも好きな曲なんですよ、あまり難しいこと言ってないですし、気持ちが自然と入りやすい。お互いをよく知った者だからこその、“支える愛情”を描きたかったんですよね」
――「いつも通り」はドライブの時に書いた曲ですか?
「そうですね、風景としてはドライブがヒントになってますね。国道134号線。鎌倉の先の、湘南につづく私の好きな道があってよく行くんですよ。テーマとしては……自分の弱さやコンプレックスが曲を書かせてるんだってことは自分でよく感じていて。弱さって実は原動力だったりしますよね?あるとき“そこにスポットを当てて書いてみたらどう?”って武部さんから提案されて。あえて重い曲調にせず、シンプルに明日も歩き出したくなるような曲にしたいって思いました」
――「三年目」は別れてから長い時間が経った2人のストーリーですね。時間的な感覚のなかにある情景描写が感じられる曲です。
「もう会わない二人。どこかで負けまいみたいな気持ちもあったかもしれない……でもその先につづく気持ちを描きたくて」
――「I love you」は、すごくストレートに感情を表現している曲ですね。
「そうですね。“これぞ私”という性格が出てる曲です。勢いで書いたんですけど。アルバム用に書き下ろした何曲かのデモの中でも、内心、私としては“これはないな”って思ってた曲なんです。あまりにストレートすぎるかな、って。ところが武部さんが“これ絶対入れた方がいいよ”とおっしゃって。デモの時の感じを残したいから、ピアノと唄の一発録りで行こう!ってことになり、いざレコーディングしてみたら、すごく存在感のある曲になりました」
――アルバムの最後を飾る「LIFE」についてはどうですか?
「人生を四季にたとえた曲なんですけど。私、なんでも四季にたとえるのが好きなんですかね(笑)。実は私の中でこれはどこか“職人の歌”なんですよ。音楽に限らず、何かに向かう人の、一生の熱意。私自身は今37歳で、そうですね……四季で言えば夏の終わりくらいかなって感じなんですけど、この曲を通していろんな年齢のいろんな視点に立ちたかったんですよ。“なぜこれをやってるんだろう”“この熱意はどこからくるんだろう”って考えたとき、そこには“何かを残したい”って気持ちがあるんだって思って。スピリットというか、生きた証というか。そしてそれは“大切な人がいるからこそ”生まれる気持ちなんですよね」
――今の時代のムードもあって、そういう気持ちになったんですかね?
「いつの時代も、何かに向かう衝動って、静かに熱くその人の中にあるものだと思うんです」
――この曲の歌詞に関して、武部さんとのやりとりはあったんですか?
「構成とか、だいぶ話し合いましたね。“僕のLIFE いつか君に残したい”っていうテーマ、曲の柱を最初にちゃんと提示しようってことになってサビ始まりにしたりとか」
――それでは、川江さんにとって、37歳はどんな年でした?
「まだ終わってないんですけど、振り返ればいろんなことがありましたね。私は結婚もしてないし子供もいなくて、かなり自由に好き勝手やってる子どもみたいな37歳なんですけど……同世代の友達にもいろんな変化が起こっているのを身近に見たりして、自分にできることっていうのをすごく考えますね。日々、一生が過ぎていくということを感じるようになった。数字にこだわるわけじゃないんだけど、37歳になったとき“あ、美奈子のミナ(37)だし、今年はラッキー・ナンバーかな〜”なんて浮かれてたんですよ(笑)。現実はそうでもなく“あれ〜”ってこともあるんですけどね(笑)」
――最後に、11月20日は恒例のワンマン・ライヴが行なわれますね。抱負は?
「アルバムの中の曲たくさん聴いてほしいと思ってます。細かい内容はこれから詰めるんですけどね(笑)! 前回のライヴと、自分がどう変わったかってことも楽しみなんです。とにかく……落ち着いてやりたいなと思ってます(笑)」
取材・文/清水 隆(2009年10月)
【Chapter.1】
川江美奈子 Special Essay “L”
川江美奈子さんによる特別エッセイ。毎回、あるキーワードから発想できる言葉をテーマに書いていただきます。今回はアルファベットの「L」から導き出された『LOVE=愛』です。この壮大なテーマを川江さんはいかに書くか……。