【Chapter.4】
ワンマン・ライヴ 2008〈夜想フ会〜letters〉回顧
マジックのように特別な“なにか”が降りてきた
〈夜想フ会〜letters〉(2008.11.20)
文/廿楽玲子
撮影/TAMJIN
どんなアーティストにも特別なライヴがある。日程や場所といった諸々の条件だけではなく、マジックのように特別な“なにか”が降りてくる一日。川江美奈子が2008年に東京・品川グローリア・チャペルで行なったライヴが、その“特別なライヴ”のひとつだったと、1年越しでリリースされたDVDを観てそう思った。
オープニング映像はまるで中世ヨーロッパを舞台にした映画のよう。荘厳なストリングスの音が響く「時のテーマ」とともに、カメラはパイプオルガンのショットから、青いライトに浮かび上がる十字架、そしてピアノの前にゆっくりと腰掛ける川江美奈子の姿を映していく。そして彼女は「そのとき」を祈るように歌い出す。しんとした静けさのなかで、凛とした歌声とピアノの音色だけが響き渡る。もうこの幕開けだけで、この日が特別な一夜であると確信できる。
彼女が年末におこなっているワンマン公演「夜想フ会」。2008年はこの年の秋に発表したセルフ・カヴァー・アルバム『letters』と同じ、“letters”というサブ・タイトルが付けられた。大切な人に向けて上手に言えなかった気持ちを“歌の手紙”に託してきたという彼女。「今日は一枚一枚みなさんに手紙を贈るような気持ちで歌を届けられたら」と微笑んで、バンドの仲間たちをステージ上に呼ぶ。この日のバンド・メンバーは、パーカッションの
朝倉真司、ベースの
種子田健、ギターの
遠山哲朗、そして彼女が敬愛するアレンジャーであり、鍵盤奏者でもある
武部聡志。川江美奈子の世界を知り尽くしたミュージシャンたちが奏でる音に身をゆだね、彼女はじつに表情豊かな顔を見せる。大きなジェスチャーを交えて愛の言葉を伝えたり、グルーヴに身を任せて指をスナップしたり。音と戯れるのが楽しくてしょうがないといわんばかりの笑顔がまぶしい。
川江美奈子の音楽の旅は、
いくつもの季節をめぐりながら続いていく
中盤ではバンドがいちどステージを去り、彼女は再びピアノの前へ。さまざまなアーティストに贈ってきた楽曲を“デモテープというかたちのラブレター”だと言い表し、楽曲を贈ったアーティストからは歌声で返事をもらってきたと語る。そして「今度はその手紙を、みなさんに当てて贈りたい」という気持ちで制作したアルバム『letters』の収録曲を披露していく。それにしても不思議なのは、歌という手紙をめぐる川江美奈子という人の立ち位置だ。彼女は手紙のなかに生きるヒロインにもなれば、主人公の運命を司るストーリーテラーにもなる。そして一人称と神の視点を行き来しながら、登場人物の心情にどっぷり浸かることなく、エレガントに物語を綴っていく。さらに手紙の“書き手”と“読み手”、この二者の間に的確な距離感があるから、彼女の歌には品がある。ときには高ぶる気持ちのまま、ときには登場人物たちの気持ちを包み込むように歌う姿は、激しさと静けさが同居して、どのアングルから見ても美しい。
そしてアンコールでは、自身の歌声を多重録音した自家製ハーモニーとともに「relationship」を歌うというサプライズも。その後に歌われた「春待月夜」は、いま観ると、今冬にリリースされたニュー・アルバム『LIFE375』、そして今年の“夜想フ会”へと繋がっているように思える。こうして川江美奈子の音楽の旅は、いくつもの季節をめぐりながら続いていく。
※次回は、2009.11.20@東京・品川グローリアチャペルで行なわれた〈夜想フ会〜LIFE375〉のライヴ・レポートを掲載します。
【Chapter.4】
川江美奈子 Special Essay “E”
川江美奈子さんによる特別エッセイ。毎回、あるキーワードから発想されるテーマで書いていただきます。今回はアルファベットの「E」から導き出された『Entertainment〜魅せること』についてです。