【Chapter.5】
ワンマン・ライヴ 2009〈夜想フ会〜LIFE375〉
ライヴ・レポート
昨年のワンマン・ライヴ〈夜想フ会〜letters〉に引き続き、今年も11月20日(金)に東京・キリスト品川教会グローリア・チャペルで行なわれた、
川江美奈子ワンマン・ライヴ〈夜想フ会〜LIFE375〉。新作
『LIFE375』のリリースもあり、本作からの曲が中心となった今回の公演をここでレポートします。
ライヴはまず、独唱による「ずっとはるかあなたと」で始まった。深い祈りにも通じる、生々しいエモーションをたたえた声が、心地よい余韻を残しながら響き渡る。さらにピアノの弾き語りによる「春待月夜」、ギター、ベース、パーカションを加えた「真実」へと続く。彩りを増していく演奏が楽曲の世界観をゆったりと広げていき、観客は目の前に美しく、切ない情景が浮かんでくるような感覚に包まれていく……。そう、この時点で彼女は、自らの音楽をオーディエンスのひとりひとりにしっかりと浸透させていたのだ。
4曲目の「Rainy story」からはアンサンブルに武部のピアノが加わる。ジャズ、ボサ・ノヴァのテイストをさりげなく取り入れたアレンジによって、会場の空気が少しずつ変化していく。その中心にあるのはやはり、ピアノと歌だった。歌を伝えるということを基本にしながら、ときにスリリングな印象を与える武部と川江の“セッション”。特にスキャット・パートにおけるあまりにも心地よいスウィング感は強く印象に残った。そして、「この気持ちを死ぬまで忘れたなくない、と思って書いた曲。旅立つ自分から、残る人たちへのメッセージです」という言葉に導かれた「ピアノ」の素晴らしさと言ったら……。シリアスなテーマを持つ楽曲を、決して重くなりすぎず、むしろどこか爽やかなイメージとともに描き出す。それはおそらく、シンガー・ソングライター川江美奈子の真骨頂なのだと思う。
ライヴ中盤は、ピアノの弾き語りによる構成。“いつか、大事な人をしっかり支えられる存在になりたい”という思いが込められた「宿り木」、日常のなかにある、さりげない幸せを描き出した「ななくせ」、そして、「ひねくれた自分をそのまま出したラブ・ソング」という「I love you」(武部もライヴ中「いい曲。アルバムの(『LIFE375』)のなかでいちばん好き」と絶賛していた)。楽曲が重ねられるたびに、ひとつひとつのフレーズが、奥深い意味と叙情的なエモーションをともなって広がっていく。やはりピアノの弾き語りは、彼女の音楽の基軸になっている。そのことをあらためて感じた瞬間だった。
武部とのデュオによる未発表曲「夢紀行」も深い印象を残した。川江が二十歳の頃、かつて在籍していたア・カペラ・グループ、
TRY-TONEのために書いたというこの曲は、ドラマティックな構成とどこかノスタルジックなムードを持つメロディがひとつになったミディアム・チューン。ソングライターとしての原点を感じさせてくれたという意味でも、きわめて貴重な演奏だったと思う。
ふたたびバンドを加えた「candy」からはポップな手触りのナンバーが続いていく。ジャズのエッセンスを含ませながら、遠山哲朗(g)、種子田健(b)、朝倉真司(perc)がそれぞれの個性を十分に発揮した演奏を展開。リズムに身体をまかせながら、オーディエンスとのコミュニケーションを深めていく川江も、その瞬間、その場所でしか生まれない音をしっかりと堪能しているようだった。そして本編の最後は、「孤高の君へ」。いつか、ひとりで何かに立ち向かわなくちゃいけないときもあると思う。でも、その先にはきっと大切な人への愛があるはず――そんな言葉とともに歌われたこの曲は、観客ひとりひとりの心を強く揺り動かしたはずだ。
グロッケンで「もみの木」を演奏するなど、クリスマスのムードを感じさせてくれたアンコールでも、彼女は強くて深い感情を宿らせた歌を披露。最後の「願い唄」を歌う前に彼女は、こんなことを語った。「今日は何かと決別しようと思ってたんです。でも、これまでの積み重ねがあって、いまがあるんだなって感じました」。切実な気持ちを丁寧に重ねた歌、そして、心地よい洗練と叙情豊かなイメージを持ったサウンド。この夜のライヴで彼女は、その本質をしっかりと表現した。そこにあるのは、聴く者の心を包み込み、癒し、新しい日々へと向っていく強さを与えてくれる、音楽本来の力だったと思う。
取材・文/森 朋之
撮影/関 暁
【Chapter.5】
川江美奈子 Special Essay “37”
川江美奈子さんによる特別エッセイ。毎回、あるキーワードから発想されるテーマで書いていただきます。今回は数字の「37」から導き出された『37〜37歳の私的思想』についてです。