川江美奈子連載『時雨月夜ニ君想フ―letters―』の第1回目は、プロローグということで、この連載が始まるきっかけとなった9月10日リリースのアルバム『letters』についてご本人にインタビュー!
『letters』は、川江美奈子が中島美嘉、今井美樹、平原綾香、一青窈、郷ひろみに提供した楽曲と、昨年発表したオリジナル曲「ピアノ」をセルフ・カヴァーした作品。“メッセージが伝わりやすいように”と、“ピアノと歌”のシンプルな編成でレコーディングされ、生々しいライヴ感や、ゆれる感情のグラデーションがダイレクトに伝わってくる一枚だ。 ――新作『letters』の収録曲は、いままで他のアーティストに提供した曲をセルフ・カヴァーした作品ですね。どのようにその着想に至ったんですか?
「他の方に書くときと、自分に書くときと、そんなに私のなかで曲の作り方に違いはなくて、いままでも曲を渡すデモ・テープは、自分のピアノと歌だけでお渡ししてきたので。他の方に提供した曲を歌うということにも違和感はなかったし、“いつかこういうことができたらいいな”という思いがあったんです。そこからですね」
――『letters』というタイトルはどんな意図で付けましたか?
「タイトルの“letters”は、いままで私の曲を歌ってくださった方たちに対して、今度は私の歌で返事をしたいという気持ちから浮かんだ言葉です」
――全曲、弾き語りのスタイルで一貫してますね。
「今まで自分のスタイルを自然と貫いてきたことで、他のアーティストの方々とも繋がれたんだという気持ちがあって……セルフ・カヴァーするなら弾き語りだと思ったんです。ピアノと唄でシンプルに作ってきたことで、それを気に入って歌ってくれた方もいると思います。それぞれのアーティストが思い思いの色付けで歌ってくれたその曲を、一番最初の鉛筆書きのようなタッチで皆さんに聴いていただけたら、自分らしさが一番伝わる気がしました。デジタルなことは不得意なんだけど、自分ができる範囲の中でこつこつ作ってます。たとえばデモ・テープ作りでも、コーラスとかを一人で部屋で重ねていく作業とかが好きで。今までのアルバム2枚も、設計図を書いてからレコーディングでこつこつ重ねていったり。そういう作っていく過程がすごく好きなんです。私レコーディングが大好きなんですけど、そういう意味でいうと今回のアルバムはライヴのようなレコーディングだったので緊張感の方が強かったですね。すごい特殊な経験でした」
――デジタル全盛の時代だからこそ、ものづくりにおいては、むしろアナログ的な手法に価値観が生まれやすいですよね。作品の重みも、深みも違ってきます。確かに絵画のデッサンのように作者の意図が見えやすいというか、このアルバムからも歌にこめられた感情のコントラストははっきりと聴こえてます。以前から「“歌”“言葉”を伝えるために、ピアノがある」と言われてましたが、ピアノに対してはいまどう感じてますか?
「前は自分が弾き語りをする人っていうことを感じたことがなかったんです、自信がなかったから。けれど曲をシンプルに聴いてもらうためには、“ピアノと歌で届けるのが私らしい”ということに辿り着いたんです。技術的なものが追いつかないんじゃないかという思いもあったんですけど、続けていくと自分がどう弾けばいいのかがわかってくるもので。“いま弾けることを弾けばいいか”と割り切れてできた感じです。でも、ふだん、ライヴで弾いてなかった曲もあったから、ピアノに気を取られすぎちゃうのは嫌だなと思ったりもしました。もちろん別々にやればもっと言葉を大事に歌えるという葛藤はあったんですけどね。だけど、いつもピアノと一緒にやってるから、そのほうが伝わるものもあるかもしれないと」
――レコーディング中はどんな感じでした?
「録ってるのは私一人だけだったんですね。だからその空間の中で空気作りみたいなものを私なりにしていたんです。それで、向こうのブースにいるプロデューサーの
武部(聡志)さんとやり取りをするときに、自分の緊張感をどう保つかみたいな苦労もあって(笑)。武部さんはピアニストだから、弾き語りのレコーディングに四苦八苦する私に“何でこんなのが弾けないんだ”という思いが伝わってきたりして。昔だったら、その空気に焦ったりしたんですけれど(笑)。私の弾き語りを客観的に聴いていてくれて“歌とピアノのベストテイク”を選んでくれることには凄く信頼していました。でも前よりもいろいろな感情をぶつけあったかもしれないですね。そういう感情をぶつけ合うのも重ねた月日の分、お互い露骨になってます。昔だったら“そんな言い方されたら泣いちゃう”みたいなところでも、“ここで泣くと声が変わっちゃうしな?”っていろいろ考えたりして(笑)」
――最後に収録された一曲だけご自身で歌っている曲「ピアノ」が収録されていますね。
「〈ピアノ〉は、シングルでリリースした時はバンド編成のアレンジで出したんですけど、それ以降は、ずっと弾き語りで歌ってきてて、自分の転機にもなった曲だし、弾き語りでレコーディングしてみたいっていうのが前からあったんです。今回は弾き語りのアルバムだから、この曲の原型というものを聴いてもらうのもいいかなと」
――「ピアノ」は、昨年、ご病気をされたときに手術の直前に“旅立つ人の気持ち”を綴られた曲でした。それからいままでの1年はどんな時期でした?
「〈ピアノ〉をレコーディングして、手術からまもない時期は、なんて言ったらわからないんですけど、自分がちょっと透明みたいな感じでした。ちょっと違うところから世の中を見ているような感じというか。浮遊している感じというか。“もしかしたら死ぬかも”ってことを本気で考えると、そういうスタンスになるのかもしれないですね。世の中で起きていることも遠くに感じるような。復帰した一番最初のライヴは、歌える悦びというか、体力的に無事終えてよかったという気持ちでした。今はすっかり元気で色濃い日々に戻っています(笑)」
――さて、このアルバムのコンセプトに沿って企画した連載『時雨月夜ニ君想フ』が始まります。“WEB上で文通”ということで、楽曲提供されたアーティストの方たちに手紙を書いていただくことを柱とした企画ですが、何か抱負はありますか?
「歌以外の文章というか、手紙とかをあまり見せてきたことがないからどうなるかわからないんですけど、次も読みたいと思っていただけると嬉しいですね」
取材・文/清水 隆
撮影/高木あつ子
(2008年8月)
【LIVE SCHEDULE】 川江美奈子 夜想フ会〜letters〜