熊木杏里連載 「聴こえる書斎〜はなよりほかに」 - Chapter.1 熊木杏里、ニュー・アルバム『はなよりほかに』インタビュー
掲載日:2009年10月30日
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 「君の名前は私にとって 優しさと同じ」――。熊木杏里が今年の初夏に発表したシングル「君の名前」は、恋した人の“名前”にまで深い想いを寄せる恋の歌。以前より「ラブ・ソングがなかなか書けなくて……」と語っていた彼女だが、この曲をきっかけにちょっとした変化があったという。なにしろニュー・アルバム『はなよりほかに』のテーマはずばり“ラブ・ソング”だ。
 「最近よく女友達と恋の話をするんです。失恋の話だったり、結婚の話だったり……それがすごく楽しくて、いい時間だなあと思って。私は今までずっと“生きていくこと”とか“明日はどっちだ!?”みたいな歌を書くことが多かったんですけど、今回はもう少し身近なことを歌ってみようかなと。なんといっても私、もう27歳ですし(笑)」
 女性にとって恋愛はいつも等身大のテーマ。では、熊木杏里にとっての恋愛とは? そう訊ねてみたら、「恋愛感情は逐一おもしろい!」という彼女らしい言葉が返ってきた。
 「相手のことで頭がいっぱいになったり、振りまわされたり、“人”がどんどん関わってくるのが不思議だなあと思いますね。でも最近は、相手を包みこんであげたいと思うようになったかな。以前の私はいちいち相手の言動に反応してしまって、連絡がないだけですぐ考えこんじゃったりもしたけど、今は無謀にも相手の懐に飛び込んで、なにがあっても自分の想いを差し出したいと思う。それが〈未来写真〉の“未来写真 撮ってあげる”っていう、ちょっと押しつけがましいくらい強い言葉につながっているんです」
 前作『ひとヒナタ』はさまざまな人との出逢いから刺激を受け、“もっともっと人に触れたい”という想いを素直に反映したアルバムだった。今回も“人に触れたい”という気持ちは同じ。でも、その視線の向かう先が少し変わってきた。
 「今回はいろんな人と触れあうというより、“個人”に立ち返りました。誰かと1対1で向き合うと、自分自身の姿が見えてくる。それは怖いことでもあるから拒絶してた時期もあったんですが、最近は親しい人とは言いたいことを言い合って、ときには喧嘩もしたほうがいいと思う。そう思うようになったのは今、なにがあっても好きだと思える人たちがいるからなんですよね」
 1対1で向き合って、相手に映った自分を(いやがおうでも)見つめて、自分を知る。人と深く関われば関わるほど、思いがけない自分自身に出会ったりもする。だから彼女はこのアルバムを、住友紀人坂本昌之というなじみ深いアレンジャーとじっくり制作することによって、新しい扉を開けようとした。
 「今回は多くの方と作業するより、お二人と密に作り上げたかったんです。住友さんも坂本さんもデモ・テープのイメージやフレーズを生かしてくださったので、歌い方もムダな力を抜いて、すなおな感情をそのまま出しました。たとえば〈祈り〉の最後に口ずさんでるメロディは、デモ・テープに入ってる何気ない鼻歌をスタジオで再現したものなんです。歌のパートが終わっても、まだまだ伝えたい気持ちがある……それなら言葉が乗ってなくても“ラララ”でいいじゃん、全部伝えようと思って。そういう表現方法ひとつをとっても、だいぶん柔軟に考えられるようになってきました」

 ピアノやアコースティック・ギターなど生楽器の音色を生かした静謐な楽曲が並ぶなか、唯一「未来写真」はアップ・テンポのバンド・サウンド。デモ・テープの段階ではバラード調だったが、アレンジャーの坂本昌之が“この曲はポップにしよう”と明るい色をつけた。
 「いつもピアノで作曲をするんですが、じつは〈天使〉だけギターで作ったんですよ。まだ上手には弾けないんですけど、ギターを持って勢いのまま自由に作っていたら、不思議とほかの曲とは違うテンションになりました。歌詞もとめどない言葉をそのまま書きとめてみたり、歌い方も感情にまかせて強く発声してみたり、いろんなことを試しています。楽器ひとつでこんなに曲調が変わるなんて、すごくおもしろい。もしマンドリンを使ってみたら、陽気な曲が生まれたりするのかな(笑)」
 二人のアレンジャーと濃密な時間を過ごし、完成したニュー・アルバム『はなよりほかに』。そのタイトルは小倉百人一首より、“もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし”という歌の一節を引用した。季節の光景や気候に自分の心を託す和歌の奥ゆかしい表現方法が、彼女の考える“ラブ・ソング”の定義に当てはまったからだ。
 「『ちはやふる』という百人一首をテーマにしたマンガを読んだときに、一首読むにも人によって受け取り方がまったく違うという美学を感じて、百人一首を読み直してみたんです。改めて読んでみたら、限られた言葉で見えない気持ちを描いて、あざやかな画を見せてくれるのがすてきだなと思って。情景描写で人の気持ちの色添えをするというか、すべてを言わずに雰囲気で伝えるというか……私もそういうプロセスを大事にしたいから、“君と私”じゃなくて“夜空に星が”みたいなことを言っちゃう(笑)。ラブ・ソングってそういう曖昧な表現もできるところがいいなと思うんです」
 熊木杏里のラブ・ソングが詰まったラブレター。そんなふうにこのアルバムをたとえるとしたら、その形式はきっとケータイのメールではなく、直筆の手紙だと思う。いまどき手紙は手間も時間もかかる。でも、そのもどかしい時間のなかで、言葉にできない気持ちが心に定着していくこともある。
 「ポストをのぞいたときに手紙が入ってたときの嬉しさ――『はなよりほかに』は、そんなアルバムであってほしいと思います。ここには多くの言葉も絵文字もないけど(笑)、私というひとりの人間がいる。きっと手にとってくれる人の心境によってまったく違う印象を与えるアルバムだと思うので、ひとりの時間に、ほっこり聴いてほしいです」

取材・文/廿楽玲子(2009年9月)
撮影/関 暁

【6th アルバム『はなよりほかに』】
11月6日発売
(初回限定盤:11曲+ボーナストラック2曲入り3,000円)
(通常盤:全11曲入り2,800円)

【熊木杏里 Autumn Tour 2009 はなよりほかに】
11/6 広島クラブクアトロ 開場18:00/開演19:00
チケット:前売¥3500/当日¥4000(整理No.付、別途ドリンク代要)発売中
info:夢番地広島/082-249-3571

11/7 福岡Gate's7 開場18:00/開演18:30
チケット:全自由 前売¥3500/当日¥4000(整理No付、別途ドリンク代要)発売中
info:BEA/092-712-422121

11/13 大阪なんばHatch 開場18:30/開演19:00
チケット:前売¥3500/当日¥4000.(別途ドリンク代要)
YUMEBANCHI WEB販売8/31〜9/4
一般発売:9/27(日)
info:夢番地大阪/06-6341-3525

11/15 東京国際フォーラムC 開場17:15/開演18:00
チケット:全席指定 前売¥4500.9/13〜発売中
info:FLIP SIDE/03-3466-1100

11/22 浜松 K-MIX space-K 開場16:30/開演17:00
チケット:指定¥3500.立見¥3300.(整理No.付)
一般販売:9/19(土)10:00〜
info:サンデーフォーク静岡/054-284-9999

11/23 名古屋ダイアモンドホール 開場16:30/開演17:00
チケット:指定¥3500.(整理No.付、別途ドリンク代要) 一般販売:9/19(土)10:00〜
info:サンデーフォーク/052-320-9100

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