〈Autumn Tour 2009 はなよりほかに〉のツアーもいよいよ大詰め。今回は、過去の作品とともに彼女の軌跡を振り返ります。また、さまざまな質問にも答えてもらいました。ニュー・アルバム
『はなよりほかに』をさらに深く楽しむため、シンガー・ソングライターとしての
熊木杏里の魅力を掘り下げました。
過去作品で辿る熊木杏里の“私小説”
文/永堀アツオ
熊木杏里の音楽を聴いていると
私小説を読んでいるような錯覚に陥る
熊木杏里は、現在27歳のシンガー・ソングライターである。ひとり静かに自身の内面と向き合い、自分の感情をまるで刺繍でもするかのように紡いでいく彼女の音楽を聴いていると、私小説を読んでいるような錯覚に陥ることがある。読書をするとき、自分ひとりで本の世界の中に入っていくのと同じように、彼女の音楽は、ひとりで向き合う聴き方が似合う。そして、その音盤のなかには、数多くのドラマや映画、CMなどの映像作品とコラボレーションしながらも決して揺るがない、その時々の“人間・熊木杏里”の嘘偽りのない心情が色濃く塗り込まれている。つまり、彼女の作品を振り返るということは、そのまま彼女の環境や心境の変化、人生そのものを振り返ることと相違ないのだ。
父親の影響で
井上陽水や
吉田拓郎、
森田童子などの70年代フォーク・ソングを愛するようになった彼女は、当時、ヴォイス・トレーニングが目的で通っていたタレントスクールの講師の勧めでオーディションに参加し、見事に合格。2002年2月21日にシングル
「窓絵」でデビューを果たした。翌年3月26日には、映画『冷静と情熱のあいだ』やドラマ『ランチの女王』などの劇中音楽を手がけていた
吉俣良をプロデューサーに迎えた1stアルバム
『殺風景』をリリース。〈窓から見える空には雨も雪も降るけど心の天気に晴れはない〉と歌った「窓絵」や、自身の心と身体の不一致を描いた「二人の会話」、心のなかの見えない友達が主人公の「心の友〜WiLSON」など、現実的というよりは、これからの人生にやや悲観的な態度で夢を見ているような “今はまだなにも見えない”殺風景な心象風景を表わした作品となっていた。
3枚のシングルと1枚のアルバムをリリース後、レコード会社を移籍した彼女は、2005年2月23日に、前作から約1年6ヵ月となる2枚目のアルバム
『無から出た錆』を発表。前作は物悲しくも、窓の外の景色を見る余裕もあり、傍らにはギターを持った父親をはじめとした家族の存在も感じられていたのだが、本作は、完全に心のなかに閉じこもった内容となっている。思春期の悩みや葛藤、混乱や戸惑いをぶつけたノートをめくりながら、自身の人生を嘆き、過去ばかりに引きずられ、ひとりで塞ぎ込んでいる彼女がいるのだが、聴き心地は決して暗くはない。それどころか、彼女が抱えている孤独が実に気持ちよさそうにも見える。過去を振り返ること。夢を見ること。空想を楽しむこと。誰かを想うこと。それは私的な行為であり、孤独を伴うものである。彼女は強烈な寂しさに揺さぶられながらも、本作で自由を選んでいる。自分自身に向き合って、自分が“豊かになる”、“誰でもない自分になる”という実感のなかに小さな幸せを見いだすことを選んだのだろう。そんな彼女の選択に凛とした強さを見つつ、彼女は本作に収録されたボーナス・トラック「私をたどる物語」で新たな道を歩み始めることになる。
“繊細だけれども、誰にも依らない強さ”は、
さまざまな映像クリエイターたちの心を動かし続ける
ドラマ『3年B組金八先生』の挿入歌として制作された「私をたどる物語」は、当初、
武田鉄矢自身が歌うつもりで作詞し、彼女に作曲を依頼した楽曲であったが、彼女が自分で歌ったデモ・テープを武田氏と番組スタッフが気に入り、彼女が歌うことになった。アルバムにはオンエアバージョンが収録されていたが、改めて歌を録り直したフル・バージョンとして、同年4月6日に
シングル・カット。同盤には、2003年にNHK朝の連続テレビ小説ドラマ『こころ』劇中挿入歌として制作された「ヒトツ/フタツ」も初音源化されているが、この頃から映像クリエイターたちの脳裏に“熊木杏里”という、繊細だけれども、誰にも依らない強さを持ったシンガー・ソングライターの名前が刻まれるようになった。
2ndアルバムでしんとした心のなかに浸りきっていた彼女は、重い腰を上げて、部屋の窓を開け放ち、過去ではなく、遠い未来でもなく、少しだけ先の明日を見ようと決意した。2006年9月27日にリリースした3枚目のアルバム
『風の中の行進』には、〈まだなにも見えないけど、自分の行く道を探っていこう。後ろ向きな自分を変えていきたいんだ〉という彼女の熱意や勢いが詰まっていた。無理矢理にでも前を向こうと決め、勢い良くドアを開け放ち、風通しのよくなった部屋からは、過去の自分を悔やむばかりで淀んでいた空気が一掃され、自然と人の出入りが多くなっていった。
まず、彼女の歌声がCMディレクターの中島信也氏の耳に届き、資生堂の企業CMへの起用が決定。中島が作詞を手がけ、熊木が作曲と歌を担当したCMソング
「新しい私になって」が大きな話題を呼び、同年11月22日にシングル化され、翌年の第47回ACC CMフェスティバルにおいて特別賞ベストサウンズを受賞。また、デビュー以来プロデュースを務めてきた吉俣がサントラを描ける映画『バッテリー』の現場に同行し、もともと原作のファンだった彼女が勝手に書いた楽曲「春の風」がそのまま映画主題歌に決定。2007年10月24日には、中島信也によるユニクロ『Wide Leg』CMソングに起用された「朝日の誓い」など含む4枚目のアルバム
『私は私をあとにして』がリリースされた。部屋を出て、積極的に人と接し、他人のなかに身を置くことで見える自分を描き出した彼女の交流は、さらに加速度を増していく。2008年11月25日にリリースされた5枚目のアルバム
『ひとヒナタ』は、デビュー作で〈心に晴れはない〉と歌っていた彼女にとっては、キャリア史上最も日なた感と体温感のある作品となっている。ユニクロの「ブラトップ」CMソング「夏のきまぐれ」や映画『天国はまだ遠く』のEDテーマ「こと」など、それぞれ異なるテーマをもった曲がバラバラにならんでいるが、それは、彼女がさまざまなクリエイターや仕事仲間、友人や観客と濃密なコミュニケーションを図ってきた証でもあるだろう。
そして、今年の11月6日にリリースされた6枚目のアルバム『はなよりほかに』に至るわけだが、本作は前作とは一転し、彼女自身の心と声だけに焦点を当てた、孤独感が強い作品となっている。前2作がいろんな人が集まっている賑やかな飲み会だとすれば、本作は、帰り道に、まだ言葉としてまとまっていない感情を吐き出している独り言のような印象。しかも、フラレてしまった“君”の名前に対する思いをストレートな言葉で綴った失恋ソング「君の名前」や“君”からの連絡がこないもやもやを吐き出した「祈り」をはじめ、全11曲が全てラブ・ソングとなっているのも大きな変化のひとつ。これまで自身の生き方をテーマとして歌ってきた彼女にとっては、デビュー8年目にして初めてのラブ・ソング集なのだ。4枚目のアルバムのボーナス・トラックとして収録された「ひみつ」や、5枚目のアルバムに収録された自己完結型の失恋ソング「こと」には、相手には決して分からない、自分のなかに巻き起こっている“秘密”めいた心の揺れ動きの萌芽が見受けられる。デビュー以来、孤独に打ち勝つタフさを希求し、長らくラブ・ソングとは距離を置いてきた彼女が27歳となり、どうしてラブ・ソングという聴き手との共感度の高いテーマに辿り着いたのか。これまで紹介したアルバムを振り返って聴いてみると、その理由が分かるのではないかと思う。
熊木杏里をもっと深〜く知る“Q&A”
前項では彼女の音楽的なキャリアを振り返り、彼女の作品は“私小説”であり、“熊木杏里の人生”に触れられるものでもある、ということがわかりました。ここでは作品以外のさまざまな角度から、さらに深く彼女自身の志向を探ります! 本項を見た後に、歌詞を読みながら過去作品や新作を改めて聴くと、さらなる熊木杏里ワールドが拓けるでしょう。
※ 上の画像をクリックすると「熊木杏里をもっと深〜く知る“Q&A”」がご覧になれます。
【6th アルバム『はなよりほかに』】11月6日発売
(初回限定盤:11曲+ボーナストラック2曲入り¥3,000円)
(通常盤:全11曲入り¥2,800円)
【熊木杏里 Autumn Tour 2009 はなよりほかに】11/6 広島クラブクアトロ 開場18:00 / 開演19:00
チケット:前売¥3500/当日¥4000(整理No.付、別途ドリンク代要)発売中
info:夢番地広島/082-249-3571
11/7 福岡Gate's7 開場18:00/開演18:30
チケット:全自由 前売¥3500/当日¥4000(整理No付、別途ドリンク代要)発売中
info:BEA/092-712-422121
11/13 大阪なんばHatch 開場18:30 / 開演19:00
チケット:前売¥3500/当日¥4000.(別途ドリンク代要)
YUMEBANCHI WEB販売8/31〜9/4
一般発売:9/27(日)
info:夢番地大阪/06-6341-3525
11/15 東京国際フォーラムC 開場17:15/開演18:00
チケット:全席指定 前売¥4500.9/13〜発売中
info:FLIP SIDE/03-3466-1100
11/22 浜松 K-MIX space-K 開場16:30/開演17:00
チケット:指定¥3500.立見¥3300.(整理No.付)
一般販売:9/19(土)10:00〜
info:サンデーフォーク静岡/054-284-9999
11/23 名古屋ダイアモンドホール 開場16:30/開演17:00
チケット:指定¥3500.(整理No.付、別途ドリンク代要) 一般販売:9/19(土)10:00〜
info:サンデーフォーク/052-320-9100
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