20世紀をまたぐ時代のパリに、どれほどの才能が集い、刺激的な音楽が生まれたことか! 芸術が交差する当時の豊かな空気感と人間模様を思い浮かべつつ演奏会をハシゴすると、今回のラ・フォル・ジュルネ(以下、LFJ)をより立体的に堪能することができるだろう。
サン=サーンスや
フォーレらが活躍して若い作曲家を育て、
ドビュッシーや
ラヴェルはこうした先達に導かれながらも、まったく独自の世界を確立した。そんな中、たとえば
サティは音楽院の古い体制に馴染めず早々にドロップアウトし、カフェ・コンセールでピアノを弾きながら、ドビュシーらとともに
ピカソや
ココ・シャネルと交流する。スペインをはじめとする世界各地の気鋭作曲家たちも、みずからの腕を試すべくパリにやってきた。
芸術家が新たなものに挑み、それを受け入れる気風の高まっていた当時のパリ。この頃に生まれたピアノ作品は、やはり楽器が持つ可能性を追求するような、鮮烈なハーモニーに満ちた音楽が多い。そんな珠玉の作品を、“ピアノおたく”として知られるルネ・マルタンの采配で選ばれたピアニストたちが、独自の音色で輝かせる。
■LFJ常連組が聴かせるフランスの粋 まず注目したいのは、フランスものを得意とするLFJ常連組の公演だ。アブデル・ラーマン・エル=バシャは全3回の公演でラヴェルのピアノ・ソロ作品全曲演奏を行なう
[171/253/374] 。ナントでその演奏の一部を聴いてきたが、男性的で強くしなやか、匂い立つようなピアノ。新鮮なラヴェルの印象をもたらす音楽は、一聴の価値がある。
アンヌ・ケフェレックは、サティや
セヴラックなどの瀟洒な小品を集めたソロ・リサイタル
[333] に加えて、
ラムルー管弦楽団との共演でサン=サーンスのピアノ協奏曲
[212] を、また
仲道郁代との連弾でラヴェル
[273] を演奏する。気品と優しさに満ちたケフェレックのピアノは、こうした作品を弾かせると生き生きと光る。
ボリス・ベレゾフスキー
(C)Carole Bellaiche
一方、
ボリス・ベレゾフスキーのラヴェル、
デュティユー、ドビュッシーというプログラムも聴きもの
[175/354] 。こちらもナントでひと足先に演奏を聴いた。パワフルな印象が強い彼のピアノが、フランスもので一体どのように鳴るのか興味を持っていると、闇にじわりと響くようなふんわりした「夜のガスパール」がはじまって、いい意味で予想を覆された。デュティユーとドビュッシーではキレのよいリズム感とともに骨太な音を響かせる。心地よく耳を傾けるうち、気が付くとやはりベレゾフスキー・ワールドになっているという楽しい展開が期待できるだろう。ベレゾフスキーはほかにも、
シンフォニア・ヴァルソヴィアとの共演によるラヴェルの「左手のための協奏曲」
[216] 、また、ポーランドのアニメーション作家によるライヴ・ドローイング付き「動物の謝肉祭」
[223/322] でも登場する。
■ベテランから注目の若手まで、日本の実力派も清水和音
(C)K.Miura
日本の実力派の公演も聴き逃せない。
小山実稚恵が注目のフェイサル・カルイ指揮ラムルー管と
[215] 、また
清水和音が香港シンフォニエッタと
[126] 、それぞれラヴェルのピアノ協奏曲を演奏する。清水和音は、ラヴェルの「夜のガスパール」とドビュッシーの「映像」第1集によるソロ公演でも登場するので、濃厚で色彩豊かなピア二ズムを堪能したいところだ
[373] 。
小曽根真と
塩谷哲のデュオもやはり楽しみ
[147] 。
チック・コリアの「スペイン」に加え、ラヴェルの「クープランの墓」がジャズ色に仕立て上げられるというから必聴だ。
最近ますます実力を伸ばし、現在とくに室内楽に力を入れているという萩原麻未は、
竹澤恭子 [172] や
青柳いづみこ [255] との共演で登場。また、小さなホールなのでチケット完売は必至だが、優れたドビュッシーのアルバムをリリースしたばかりの
福間洸太朗も出演する
[362] 。こうした今回のテーマならではの若手がしっかり入っているのは嬉しい。
マリー=カトリーヌ・ジロー
ルイス・フェルナンド・ペレス
(C)Myriam Florez
■ルネ・マルタンいち押しピアニストに注目! 最後に、今回のテーマに見事にマッチする、ルネ・マルタンいち押しのピアニストを紹介しておこう。マリー=カトリーヌ・ジロー
[266/356] は、
デュポンや
ショーソンなど近現代のフランスものに積極的に取り組み、“知られざる名曲の救世主”とまで呼ばれる。多くの人にとって未知の作品を聴かせるにあたっても、まずなにより、インパクトある温かい音色で心を掴んでしまうピアニストだ。
また、スペインの
ルイス・フェルナンド・ペレスは、得意とする
アルベニスの「イベリア」全曲演奏を行なう
[256/257] 。スペインの光とオレンジの木のアロマ……情景と香りが脳裏に浮かぶような、個性的で洗練された音楽を届ける。
ナントで行なったインタビューにおけるペレスの言葉で、印象的だったものがある。
「もしもこの時代のパリに自分が生きていたら……とよく想いを馳せます。才能あふれるいろいろな芸術家と交流し、ボヘミアンな雰囲気の中で、人生、そしてお酒や遊びを楽しみすぎて、早死にしていたかも(笑)! とても豊かで、ちょっとキケンな時代です」 我々もそんなふうにイマジネーションを膨らませて音楽に身を任せれば、新たな刺激と発見を受け取ることができるに違いない。どっぷり今回のテーマに浸って、存分にLFJを楽しもう!